CONBUの無線LAN構築術―カンファレンスネットワークの作り方

第2章 カンファレンス向け高密度無線LANの作り方―成功のカギは電波特性を活かすこと

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今や,日常の無線LAN利用においては,電波のことなど意識せずとも簡単に使える時代です。しかし,カンファレンスネットワークでは,その特性上,電波のことを理解していないと,快適な無線LAN環境は構築できません。本章では,電波について少しだけ知ることによって,より良い無線LAN環境を作れるようになることをめざします。

無線LANが遅くなるのはどうして?

無線LAN(IEEE802.11)は,快適なときは有線接続と比較しても遜色なく通信できますが,遅くなったり,通信が切断されたりすることもしばしばあります。有線は非常に安定しているのに,どうして無線LANは不安定になるのでしょうか。原因として次の2点が考えられます。

① 電波の強度と通信速度
無線LANの親機であるアクセスポイント(AP)が遠くて,電波が弱い。ノイズが多い
② 無線LANの混雑
多くの端末が使っていて,無線が混雑している

これらは,互いにあまり関係なく独立して起こる事象です。ほかにユーザはいないけれどAPが遠い。APは近くにあるけれど混雑している。APが遠くにあって,なおかつ混雑している。一般家庭で問題になるのは①のケースが多く,クライアントが高密度なカンファレンスネットワークでは②が問題になります。この2点についてそれぞれ考えてみましょう。

パソコンやスマートフォンなどの端末では,画面上のアイコンなどによってAPの電波強度を大まかに知ることができます。混雑しているかどうかを調べるにはアイコンだけではわからないため,若干難しくなります。

①電波の強度と通信速度

有線LANでは,ケーブルの長さが規格内であればリンク速度は一定で実用速度もほぼ一定です。これに対し,無線LANは電波強度(≒距離)やノイズによって端末ごとにデータレート(伝送速度)をリアルタイムに変更するしくみになっています。これは,データレートが遅ければ遅いほど通信状況の悪化に対して耐性があるためです。周囲の状況に応じて最適な速度に調整されます図1)⁠

図1 理想的な空間での距離とデータレートのシミュレーション

図1 理想的な空間での距離とデータレートのシミュレーション

意外なことに,周囲の電波状況が理想的であることは,まれです。問題なく使えていても,多くの場合,何かしら悪い状況があるものです。無線LANは通信状況の悪化を前提とした規格であり,それをリカバリできるようなしくみを持っています。これは,伝送媒体が空間そのものであることに起因します。空間に何が存在するかわかりませんし,不要なものもどんどん入ってきてしまいます。ケーブルという伝送媒体の品質が一定水準以上であることを前提としているイーサネットとは,大きな違いがありますね。

電波強度が非常に強ければ,多少のノイズは無視できます。無線LANの干渉源として有名なものに電子レンジがありますが,APと端末をものすごく近くすることで,相対的に電子レンジをないものとして考えることができます(現実的な解決法ではありませんが)⁠また,干渉源を減らすことで,無線LANの電波強度を上げたのと同じ効果があります。

OS Xでは[Option]キーを押しながらWi-Fiアイコンをクリックすると,現在のデータレートを確認できます図2)⁠押すごとに目まぐるしく変化しているのが確認できる場合も,あるかもしれませんね。

図2 OS XにおけるWi-Fiのデータレート確認画面

図2 OS XにおけるWi-Fiのデータレート確認画面

②無線LANの混雑

無線通信は,ある瞬間の空間を占有して行います。複数の端末が同時に通信しているように見えますが,実際には,さまざまな方法でリソースを分割して通信を実現しています。有線LANであるイーサネット(IEEE 802.3)も同様ですが,無線LANには無線ならではのリソース共有の難しさがあります表1)⁠

表1 イーサネットと無線LANの違い

イーサネット無線LAN
全二重注1できるできない
スイッチングできるできない
衝突検知できるできない
リンク速度ほとんど皆同じ端末および状況によってまちまち
端末同士の存在検知全端末同士が見える電波強度によって互いに検知できない場合あり
チャネル線を増やせばほぼ無限法律で決められた数~十数チャネル
注1)
誰かが送信中でもほかの端末が送信可能であること。

イーサネットでは,たとえばアップリンク1Gbpsのスイッチに収容できる端末の合計スループットは,余程のことがない限り大まかに1Gbpsであろうと予測できます。しかし,無線LANの場合は電波状況が理想的ではないことが多く,性能が予測しづらくなります。これはおもに,空間の状況が多様であることと,半二重であることによります。

ここでは,非常に単純化したモデルとして,1つの無線LANチャネルを5台の端末で共有して利用することを考えます。時間で区切って,それぞれの端末が順にデータを転送しますが,ある一瞬に注目すれば特定の端末とAPが1対1でチャネルを占有しています図3)⁠

図3 1つのチャネルを複数台の端末で共有(5台の端末に100KBずつ転送すると仮定)注2

図3 1つのチャネルを複数台の端末で共有(5台の端末に100KBずつ転送すると仮定)

実際には,占有時間は通信内容によってまちまちです図4)⁠無線LAN独自の制御フレームのため,転送すべきデータがなくとも通信が発生することもあります。

図4 占有時間は通信内容によってまちまち。送信されない時間もある時間チャネル

図4 占有時間は通信内容によってまちまち。送信されない時間もある時間チャネル

細かい手続きはいったん無視し,仮に図3のように5台の端末が100KBずつ同じ54Mbpsのデータレートで計500KB転送することを考えます。どの端末も同じ時間で転送が終了しました(めでたしめでたし)⁠ところが,次にまた同じデータを転送しようとしたら,特定の端末が遠くへ行ってしまったために通信状況が悪化し,データレートが2Mbpsに下がりました。同じく100KBずつ転送を行います図5)⁠

図5 全端末が54Mbps変調の場合(a)と,うち1台が2Mbps変調の場合(b)にかかる時間の比較(概念)

図5 全端末が54Mbps変調の場合(a)と,うち1台が2Mbps変調の場合(b)にかかる時間の比較(概念)

5台の端末が同じ100KBを転送したのですが,1台の端末のデータレートが遅いだけで全体の時間リソースが5倍ほど無駄になってしまいました。

図5での時間は,当然ながら有限です。データレートの遅い端末が1台あるだけで,そのチャネルに収容できる端末数が大幅に低下します。

通信速度の遅い端末が全体の能力を低下させる

遅い端末の存在は,空間全体の足を引っ張ることになります。無線LANでは制御も同一空間で行いますので,ここが輻輳(ふくそう)してしまうと制御も正常に行えなくなり,不安定になったり切断されたりすることになります。共有された空間において遅いデータレートは悪,とも言えます。

APによっては,遅いデータレートを禁止する機能を持ったものがあります。これを利用すれば利用効率の向上を図れます。

しかし,通信速度は電波状況によってリアルタイムに変化しています。速いデータレートほど通信状況の悪化に対して耐性が弱いため,遅いデータレートを禁止すると今度は少しの電波状況の悪化でも頻繁に切断されてしまうことになります。

注2)
分割された通信のあいだに少し隙間が空いていますが,ここは誰も送信していないことを確認する時間です(CSMA/CA方式)⁠

著者プロフィール

熊谷暁(くまがいあきら)

一般の家庭にインターネットが到達していないころから玩具としての無線とインターネットを触っていたら,ITバブルが到来して急に世界が変わり,玩具ではなくなってしまった。Web, 広告撮影業を経て,イベントWi-Fiネットワークを多数構築。趣味は地理情報システムや70年代の音楽。

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