徹底取材!注目企業たちのクラウドコンピューティングへの取り組み

日本IBM編

インタビュイー

三崎文敬氏

http://www.ibm.com/ibm/jp/cloud/

日本IBM

クラウド・コンピューティング事業 事業企画担当

クラウド・コンピューティング事業推進 部長

今回は、クラウドシーンを牽引する日本IBMに取材を実施しました。日本IBMが考えるクラウド、さらに、これから求められるオープンクラウドの本質についてお話を伺いました。

Q:まず、IBMにおけるクラウドへの取り組みについて教えてください。

A:IBMでは仮想化技術については40年の歴史があり、また2000年頃からはグリッドやオートノミックコンピューティングにも取り組んでいました。本格的にクラウドコンピューティングのプロジェクトが始まったのは2006年から2007年で、研究所向けにクラウド環境を提供する「RC2 (Research Compute Cloud)⁠⁠、そしてIBM社内で新規技術を試行するためのプログラムである「TAP(IBM Technology Adoption Program⁠⁠」のためのクラウドを構築しています。また2007年にはGoogleと共同でアカデミック・クラウド・イニシアチブという活動を始めました。これは教育研究目的で大学に大規模なクラウド環境を提供する支援プログラムで、日本でも九州大学に参加して頂いています。

ビジネスとしての取り組みは、2007年にIBMにおけるクラウド・コンピューティングの製品ラインをまとめた「Blue Cloud」を発表し、さらにクラウドのデモや検証を行うための施設である「クラウド・コンピューティング・センター」を世界各所に展開し、日本でも晴海に開設しました。2009年にはクラウド関連の全製品・サービス体系を公開しています。上流のコンサルティングサービスからパブリッククラウドのオファリング、プライベートクラウドのための製品とサービスまでカバーしたもので、現在も強化を続けています。

Q:TCO削減などの観点から積極的にクラウドを活用したいと考えている企業は少なくありませんが、一方でどの領域にクラウドを適用するべきなのか難しいという声もあります。どういった用途にクラウドが向いているのでしょうか。

A:クラウドの技術要素である、自動化と標準化、そして仮想化にマッチしているかどうかが重要です。たとえばシステム稼働率の変化に柔軟に対応するといったケースでは仮想化が役立ちます。またシステム環境の構築、あるいはアプリケーションの改変といったニーズには、自動化や標準化を行うことにより高い効果が期待できます。こうした技術要素が適用できる分野では、クラウドの利用が向いているといえます。

具体的な用途で考えていくと、従業員間のコミュニケーションを支えるコラボレーションのためのインフラ、あるいはハイパフォーマンスコンピューティングと呼ばれる数値計算の分野、ソフトウェア開発、そして外部から多数のアクセスがあるWebインフラといった用途はクラウドでの利用に向いています。クライアントPCの環境をクラウドで提供するデスクトップクラウドも挙げられるでしょう。まずこういった分野で、クラウドが広がっていくと考えています。

Q:では逆にどういった用途がクラウドには向いていないのでしょうか。

A:クラウドを適用すべきかどうかの判断のポイントとして、CPUやストレージの稼働率があります。一般的には平均稼働率が低く、突発的に高負荷状態になるようなピーク性のあるシステムは仮想化のメリットが活かせるので相性が良い。逆にワークロードが極めて高いレベルで安定しているアプリケーションやトランザクション系のシステムに関しては、仮想化によるオーバーヘッドが大きくなる可能性もあり、向いているとは言えません。

またカスタマイズ性が高いアプリケーションもクラウドは向かないでしょう。たとえば個々の企業に合わせてアドオンなどを作り込むERPなどのアプリケーションの場合、サービス自体の標準化が難しく、たとえクラウドを適用したとしても満足できない可能性が高いと考えています。

Q:クラウドを適用するとした場合でも、さらにパブリッククラウドとプライベートクラウドのどちらを利用するべきかが問題となるケースも少なくありません。この判断はどのように行うべきでしょうか。

A:まず考えるべきなのはITシステムのガバナンスとセキュリティ、カスタマイズ性の問題です。既存システムとの連係やパブリック利用時のコストをどのように考えるのかもポイントになるでしょう。クラウドを適用する用途に対して、こうした観点からも検証を行ってプライベートクラウドで対応するのか、それとパブリッククラウドを利用するのかを考えるべきです。

パブリックとプライベートのどちらを使うべきかは、コスト面からも考える必要があります。現状ではパブリッククラウドの方が安いと言われていますし、確かにイニシャルコストは抑えられます。ただ、たとえばIaaSをヘビーに使うといったような場合には、プライベートクラウドを導入した方が最終的にコストを抑えられるというケースもあるでしょう。そういった意味で、コストの見積りもしっかり行っていくべきです。

またガバナンスやセキュリティの観点で考えると、プライベートクラウドを利用することで従来よりもコントロールを強化できるメリットがあります。たとえば、ユーザ部門が独自に導入したサーバが適切に管理されないまま放置されているというケースの場合、本来であればIT部門が管理すべきなのかもしれませんが、実際にはそこまで面倒を見られないという場合が多い。ただユーザ部門側でも適切に管理していなくて、たとえばOSのパッチすら適用されていないというのはセキュリティの観点から考えた場合は極めて重要な問題となります。

しかしプライベートクラウドを導入すれば、こうした各部門のサーバを統合してIT部門で一元的に管理できるようになり、ガバナンスを徹底することも、そしてセキュリティ対策を万全に施すことも可能になります。さらにユーザ部門のニーズを汲み上げ、オンデマンドで応えていくためのインフラを構築することができるのもメリットではないでしょうか。

Q:ユーザ部門が勝手に導入する、いわゆる野良サーバの問題は、今後勝手にクラウドを利用するようなケースに発展し、やはりガバナンス面での問題となるケースも考えられるのではないでしょうか。

A:確かに、たとえばなかなかIT部門が要求を受け入れてくれないようなケースにおいて、ユーザ部門が勝手にパブリック・クラウドを利用するというようなケースは十分に考えられます。部門の予算があれば、IT部門に頼まずにパブリッククラウドを利用するというわけです。

ただ、これを許してしまえばITガバナンスの崩壊につながります。パブリッククラウド、とくにSaaSであれば容易に使い始められるため、勝手に社内の重要なデータを外部に保存しているということにもなりかねません。実際、こうした問題を危惧しているCIOの方もいらっしゃいますね。

では、これに対してどのように対処するべきかというと、やはりIT部門からクラウドの利用に対するガイダンスを提示する必要があるでしょう。そういった意味では、クラウド対応はIT部門がリーダーシップを発揮するきっかけになるのかもしれません。

Q:従量課金のパブリッククラウドは予算化が難しく、企業では使いにくいという話もあります。これについてはどのようにお考えでしょうか。

A:確かにIT予算という枠組みで考えた場合、請求額がどの程度になるのか事前にわからないのは使いづらい面があります。ただ、一方で従量課金制のメリットが活きる分野もあります。たとえば新規ビジネスを支えるITサービスとして展開するといったケースの場合です。新たなサービスの立ち上げにはビジネスリスクが伴うため、当然投資を抑えたいところでしょう。こうした用途では、初期投資を抑えられて、なおかつ利用した分だけが課金されるパブリッククラウドの課金体系は好都合です。ビジネスが拡大して利用率が向上すれば課金額も上昇しますが、収益が伸びていれば問題ありません。現在多くのスタートアップ企業がパブリッククラウドを利用していますが、その背景にはこうしたニーズがあるわけです。

Q:ガバナンスやコストについてのお話を伺っていると、クラウドの導入には事前の検討を入念に行う必要性を感じます。

A:クラウドをどのように利用するのかは、業種や業態、企業規模、適用分野、さらにはそこで扱うデータの種類などにも左右されるため、クラウドを使いたいがどこから手を付ければいいのかわからないというユーザ企業は少なくありません。そうしたニーズに対して、日本IBMでは「クラウド適合度簡易分析セッション」を提供しています。システムのどの部分からクラウド化するのか、ROIをどのように考えるのか、あるいはオンプレミスとどう使い分けるのかなど、インフラとアプリケーションの両面からクラウド導入計画策定をお手伝いするコンサルテーションサービスです。

このサービスでは、従来のシステムを仕分けし、クラウドに向いているものとそうでないものを分類した上で、クラウド導入に向けた検討をサポートしています。

Q:IBMではクラウドの標準化に向けて、⁠オープン・クラウド・マニフェスト」を複数のベンダーと共同で提唱しています。これにはどういった意図があるのでしょうか。

A:多くのユーザ企業で、クラウドに対して懸念されているのが特定のベンダーのシステムにロックインしてしまう問題です。そこに対するアクションは重要だと認識しており、そうした背景もあってIBMも参加してマニフェストを公開しました。

とくにプライベートクラウドとパブリッククラウドを連係させるハイブリッドクラウドでは、オープン化が重要なキーワードになります。そうした中で、IBMとしてもオープンスタンダードに向けた取り組みを行っているわけです。この活動の成果が具体的に出始めているので、この夏からクラウドに関心の高いコミュニティなどに対して情報を公開していく予定です。

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