IoTエンジニアを目指すには

IoTと向き合うことは、テクノロジーと「人」とのつながりを考えること

こんにちは、ソラコムでテクノロジー・エバンジェリストをしている松下(ニックネーム:Max)です。

本記事はIoTプラットフォームを提供しているソラコムのエンジニアが、全3回の記事「IoTエンジニアを目指すには」の第3回目です。第1回はIoTエンジニアの定義や役割、これからの社会における位置づけの解説、そして第2回ではIoTの技術要素と、Webや組み込み等の他のエンジニアリング要素を持つ方が、IoTエンジニアとして活動する際のポイントを紹介してきました。

筆者はIoTが話題になり始めた2014年頃からIoTに関わり、その変遷を目の当たりにしてきました。昨今ではIoTという単語を "モノのインターネット" という略語解説も無く使うようになり、IoTが市民権を得たと感じています。

さて、本連載の話題である「IoTエンジニア」は、2017年頃から言われるようになったと記憶しています。新しい考え方ではありますが、今後のデジタル社会においてIoTエンジニアは不可欠な存在です。そこで本記事では、日々進化するIoTと向き合うIoTエンジニアにおいて、今後の技術の学び方や活かし方、そしてIoT技術を用いる心構えについてご紹介します。

IoT技術の学び方と活かし方 ~ "作る" と "使う" のバランスは「人」

IoTは、必要とされる技術範囲の広さが1つの特徴であることは、第2回で解説しました。学ぶことが多いのです。一方でビジネス利用の視点では、一刻も早く市場投入をしたい要望もあります。そこで第1回では「ビルディングブロックの利用」すなわち、 "作る" から"使う" ことで、時間の圧縮ができることを紹介しました。

ここで1つの疑問が生じます。⁠何を "使い"、どこまでを "作る"」のか?というものです。これは設計やアーキテクチャーの方針とも言えるものです。その答えは「人」にあると、筆者は考えています。

IoTの構成要素をあらためて振り返る

IoTの構成要素を振り返ると「デバイス・ネットワーク・クラウド」という3つですが、実はデバイスの先にはセンシング対象物=現場があったり、クラウドの先には実際の利用者=人がいます。IoTは「現場と人をつなげるテクノロジー」とも言えるのです。

IoTというとセンサーで取得する情報の多さや精度、通信特性が話題となりますが、それと同じくらいデータ活用をする「人」にも注目しましょう。なぜならば、そのIoTシステムを便利と感じるのは人だからです。データ表示のフォーマットや文字色といった、人に寄りそう部分を「作る」ことはIoTシステム導入に対する評価に直結します。だからこそ、それ以外は「使う」ことで人に役立つIoTを、短期間で組み上げられるのです。

これからも新しい技術が出てくることは間違いありません。しかし、すべてを詳しく学ぶことは難しいでしょう。そこで「その技術と、人との距離」を知り、どの部分の作り込みに時間をかけるべきかを考えることが、使う技術・作るための技術のどちらになるかの見極めの1つとして使えるのではないでしょうか。

「動くモノ」が、人の心を動かす

筆者は多くのIoTプロジェクトを拝見してきましたが、⁠始めた結果、さらなる価値を探り当てた」ものも多くあります。決めた仕様に沿って作る・組み上げるだけでなく、仕様自体がアップデートしていくのです。

ここで1つご紹介したいのが、関西に本社を持つ製造業のJOHNAN株式会社です。同社の主力製品の1つに、工場の排水処理装置があります。この装置内には排水浄化を担うフィルタが内蔵されており、定期交換が不可欠なのですが、点検や交換が適切に行えていなかったのが課題でした。人力に頼らない仕組み、まさにIoTになりますが、このような取り組みは同社でも初めてであり、実現性から模索する状況でした。

そこで同社の情報システム部門の方が、コミュニティ主催のハンズオンイベントを通じてIoTを学び、自らが持つ仮説とIoT向けプラットフォームサービスやデバイスを組み合わせることで、低コスト・短期間で「フィルタ状況の見える化」のプロトタイプを一人で作り上げました。

JOHNAN株式会社の「フィルタ状況の見える化」システム

この結果、仕組みの必要性や開発の有無の議論を飛び越えて、実際に動くモノを目の前にすることで関係者の関心が一気に高まり、IoTプロジェクトを本格化させるきっかけになりました。この事例はソラコムでもお客様事例として紹介しており、利用しているクラウドやネットワークといった詳細もご覧いただけます。

この例からお伝えしたかったことは、IoTプロジェクトにおいて仕様を作ることは方向性の共有として大切ですが、仕様書や資料以上に人の心を動かすものがあります。それが「動くモノ」です。そして時間をかけずに動くモノを実現する方法論が、何度も紹介している「作ると使う」です。

IoTで変わる「モノづくり」

ここまでで、IoT技術の活かし方や心構えといった「これから」を紹介してきました。皆さんの中には、すでにスペシャリティーを持って活動されているエンジニアの方も数多くいらっしゃいます。ここでは、IoTによる「これまでとの違い」を、ハードウェア面とM2Mというキーワードからご紹介します。

モノづくり、特にハードウェアやデバイスに関わっている方からは「デバイスに通信モジュールを取り込んだハードウェア」というのが、IoTデバイスの見え方になるのではないでしょうか。これは機能面では100%正しい解釈です。しかしながら、IoTは「モノづくり」の定義を変化させています。

これまでは、センサーやモーターといったデバイスをマイコンと組み合わせることで「モノづくり」としていました。小型化や高機能化やコストパフォーマンスが競争力です。IoTは通信モジュールを用いて、クラウドと協調して動作します。この効果は、クラウドの膨大な資源を「あたかもハードウェアの一部のように動かす」ことができます。

クラウドの資源をハードウェアの一部のように動かす

この考え方に近いのが「スマートフォン上で配信されるゲーム」です。メニューやアクションはスマートフォン上で展開されますが、抽選や対戦結果などの重要なロジックはクラウドで処理しています。しかしこれらはゲームを遊ぶ側からはどこで処理されているか意識せずとも遊べる仕組みです。ここまで大掛かりでなくとも、たとえば長期にわたるデータ記録をするデバイスを考える時に、マイコン上のメモリーではなくクラウド上のストレージを使うことで「膨大な記憶容量を持つデバイス」を産み出すことができます。

これらと同様の発想で作られた通訳機がポケトークです。通信を用いてクラウド上の通訳AIを呼び出すことで、ハードウェア単体では成しえない対応言語数や、最新の翻訳精度を実現しています。

ポケトークはハードウェア単体では成しえない対応言語数や最新の翻訳精度を実現

このようにIoTは、モノづくりの考え方をハードウェア単体から「クラウドまで巻き込んだサービス」へと変化させています。Webやゲーム系のエンジニアの方でも「スマホゲームに似ている」となれば、IoTの技術要素を身近に感じていただけるのではないでしょうか。改めてハードウェアに目を向けると、近年はクラウドを中心にしたソフトウェアが重視される傾向があり、ハードウェアの価値が相対的に低くなっている印象もあります。しかしハードウェアは「人や現場をデジタル化するインターフェース」として、IoTにおいて重要な要素であることは間違いありません。

強く意識したいのは、IoT時代の競争力はハードウェア性能から、クラウドとの連携やクラウド上でのサービス品質に移り変わっている事です。

M2MとIoTの異なる点

通信を用いてデジタル化された現場をつなげるテクノロジーとしては、M2M(Machine to Machine)という言葉があります。M2MはIoTよりも歴史は古く、引き合いに出されるのが小松製作所のKOMTRAX(コムトラックス)です。1998年に開発された同サービスは建設機械を遠隔制御できるもので、通信を用いたM2M事例として紹介されます。

KOMTRAXの説明を見てもわかるように、M2MとIoTは本質的に同じです。異なる点は、通信の利用の仕方です。

M2MとIoTの異なる点

M2Mは、事業や要件に合わせて通信設備を自ら敷設したり運用します。たとえば、機器からの応答時間を数ミリ秒以内にしたり、大容量データ送受信という事業要件のために、大きな設備投資を行いネットワークを作ります。このネットワークは自社向けであることがほとんどであるため、他社との共用はあまり考えられていません。たとえるならば、大企業が持っている自社物流網のイメージです。昨今話題となるキーワード「ローカル5G(プライベート5G⁠⁠」は、5G技術を使ったM2Mとも言えます。

IoTは「宅配事業者を使う」イメージです。敷設済みのネットワーク、すなわちインターネットを使います。まさにInternet of Thingsの "Internet" ですね。最大の利点は安価に利用できる点です。また、オープン技術で構成されるため相互乗り入れやデータ交換も可能です。しかしインターネット利用による懸念事項、たとえばセキュリティ対策が求められることもあります。

このように、それぞれにメリットと考慮すべき点があるため、M2MとIoTは共存する考え方です。ただ、従来は大規模な投資が必要だった「通信を利用したビジネス」が、IoTによって誰でも実現できるようになり、多くのアイデアを世に送り出す土壌が整ったのは喜ばしい事です。

現実世界と人をつなげて価値を創り出すのが「IoTエンジニア」

IoTの構成要素「デバイス・ネットワーク・クラウド」は、どれも高品質かつ低コストで使える時代となりました。動くモノを個人でも作り上げることができることは、連載の一貫したメッセージです。このテクノロジーの進化を礎に、身近な例ではスマートフォンやスマートスピーカーをはじめとして、実はあらゆる「モノ」がつながり始め、ビジネスでも活用されています。

筆者が所属するソラコムでも、2022年2月時点でIoT契約回線数が400万を突破しました。これは400万を超えるIoTデバイスが、この瞬間もこの社会で動いている事を意味します。この流れは、さらに加速することは間違いありません。⁠モノがつながる事が、あたりまえの時代」が、もう目の前に広がっているのです。

1990年代に始まったパソコンやITの普及によって、個人の生産性は飛躍的に向上しました。1995年にはインターネットによって、人同士がつながることでコラボレーションによる働き方が確立しました。2005年にはクラウドによる「新たな価値を創り出すインフラ」が整ってきています。2015年からのIoTは、これらのムーブメントをすべて受け継ぎ、世界的なデジタル社会に貢献するでしょう。

その中心にいるのが、現実世界と人をつなげて価値を創り出す「IoTエンジニア」です。既存サービスやデバイスを組み合わせたり、時には人に寄りそう仕組みを提供したり、そしてパートナーとの協業でIoTを作り上げる存在です。今回の連載で、特にエンジニアの皆さんが「IoTエンジニア、面白そう!」と感じていただき、チャレンジするきっかけ作りになれば、とても嬉しく思います!

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