ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険

本書のダイジェストと読みどころ

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第3部 僕とオープンソースハードウェア

会社やVCの支援を受けていた頃よりはずっと慎ましい暮らしだけれど,僕はずっと独立している。黄金の手錠とアーロンチェアか,リュックサックとはるか彼方の面白そうな場所のどっちを選ぶかという話だったんだ。僕は,今も自分にとって大切なものを集めなおしているところだし,魅惑と不思議の価値について,まだゆっくりと学びなおしているところだ。

この部は,バニーが手がけたchumby,Novena,Chibitronicsというプロジェクトを通じて,技術だけでなく製品開発/経営/マーケティングについて総合的に語るものだ。分析的な内容ながら生き生きした文章に満ちたこの本の中で,自らの体験を1人称で語るこの部はさらにエモーショナルだ。大組織ではない,個人やコミュニティ,スタートアップから起こるイノベーションについて,オープンソースという手法がどれだけ有効で,今後も可能性に満ちているかをバニーは語る。

ほとんどのプロジェクトは,商業的にはうまくいっていない。世間に出る前に終わったものもある。そうしたプロジェクトの知見はまず共有されないから,彼の経験を追体験することは貴重だ。何よりも,製品を作り上げる具体的な行為である,企画,プロトタイプ,資金調達,量産設計,量産,資金繰り,宣伝,カスタマーサポートといったすべてを当事者として体験した彼の言葉は重い。

第6章のchumbyの物語は,その後のスマートフォンのコンセプトを先取りし,世界最初期のIoT端末ともいえたchumbyについて,製品開発の狙いから設計,製造,ビジネスモデルについて語るものだ。2007~8年当時のchumbyは話題のプロダクトで,当時chumbyを扱ったいくつかのブログは200ブックマークを超える大人気,2010年になってもSonyのインターネットビューアがchumby OSを採用するなど,1つの時代を築いたといっていいハードウェアだった。もちろん今chumbyを目にすることがないように,市場では成功しなかった。製品計画の見直し,事業のピボットなどのさまざまな生々しい施策を,当事者のレポートから追体験することができる。ハードウェアをどう設計し,どう製造するかは,資金繰りやプロモーションにまで影響する。逆も同じだ。スタートアップをするのであれば,小さいチーム,究極的には1人ですべての側面をハンドリングする必要がある。そして,すべてをハンドリングできたとしても,成功できるとは限らない。

プロジェクトを終えた後にバニーがたどり着いた,⁠オープンソースハードウェアの時代はこの後に来る」の節は,技術的な進化が,むしろ個人開発者の可能性をもたらす時代について,ポジティブで説得力のあるビジョンを見せてくれる。

第7章の「Novena自分自身のためのラップトップをつくる」で題材になった完全にオープンソースのノートPCであるNovenaは,クラウドファンディングで資金を集めた,バニー自身が欲しいハードウェアだ。自分で組み立てる必要があり,ネジ回しが同梱されている。あらゆる部品は,完全なデータシートがダウンロードできるもので構成されている。ほかにもハードウェアハッカーなら技術的にも法的にもうれしくなる仕組みが満載の,⁠電子版スイスアーミーナイフ」だ。

Chumbyでの彼は後からプロジェクトに参加しているが,Novenaは彼自身が始めた製品だ。Novenaを開発する彼は,Chumbyよりもさらに楽しそうに,⁠自分が作りたいモノを作る」喜びにあふれている。しかも,よりニッチで先鋭的なマーケットを狙ったこのプロジェクトは,プロジェクトの目的をしっかりと果たした。Novenaも世界のみんなが知っているとはいえない製品だが,クラウドファンディングキャンペーンは成功し,製品は出荷され,今もサポートを続けている。

第6章・第7章とも,技術的なディテールが参考になるのはもちろんだが,特にスタートアップではそうした技術的なディテールと製品コンセプトが不可分なこと,製品ごと・開発チームごとに最適なマーケットサイズやポジションがあることの発見は,大きなヒントになる。

技術的にも,ノートPCのような複雑なモノのすべてを少人数のチームで作りきるのはとてもチャレンジングなテーマだ。部品の調達,システムの設計はもちろん,プラスチックの射出成形や木工など,外装の構築について具体的に語られ,個人やメイカースペースのツールでは体験できない工業の段階の知識は大いに参考になる。

第8章の「Chibitronics:サーキットステッカーをつくる」で題材になっているサーキットステッカーは,曲げられるフレキシブル基板の技術を使って子供の教育用製品を作るという,より「これまで存在しなかった」製品だ。バニーはこの「シールのように剥がして,くっつけられる電子回路」で教育向けのプロダクトを作るスタートアップChibitronicsの共同創業者となった。ChibitronicsはchumbyやNovenaに比べればはるかにシンプルで安い,コンシューマ向けといっていい製品だ。そして,このChibitronicsは成功したスタートアップとなり,いまも成功し続けている。このプロジェクトは2013年頃,メイカームーブメントやSTEM教育の流れが大きくなっているときに生まれ,ついにバニーのスタートアップは成功した。

これまでのプロジェクトよりもデザイン性が高い製品をチームで作り,世界に類のない製品を実際に中国で製造して出荷するまでの難易度は,ほかのプロジェクトに劣らない。旧正月の具体的な影響や,船便と航空便の使い分けにまつわるトラブルなども,この章ではじめて具体的に説明されるものだ。

第4部 ハッカーという視点

エンジニアリングとリバースエンジニアリングは,同じコインの裏表にすぎない。最高のメイカーは自分のツールをハックする方法を知っているし,最高のハッカーはしょっちゅう新しいツールを作る。

この部の序章はすべて重要で,要約しづらい。

「エンジニアリングは創造的な活動だ。リバースエンジニアリングは学習的な活動だ。その2つを組み合わせれば,どんな難しい問題でもクリエイティブな学習体験として解決できる」

そう語るバニーのスキルは,彼の好奇心がもたらした,さまざまなハードウェアのリバースエンジニアリングによってもたらされたものだ。技術がますます重要になっていく時代に向けて,技術へのアクセスと学ぶ方法の重要性を訴え,実際の行動でその価値をバニーは立証していく。

第9章の「ハードウェア・ハッキング」では,マイコンのシリコンそのものやSDカードの中身をハッキングし,いじくり回して遊ぶ。⁠ハードウェアは物理的に存在するので,顕微鏡を使ってどんな情報も見ていくことが可能で,ソフトウェアのように保護することは実際にはできない」とバニーは語り,その実例が披露される。

マイコンのハックでは,通常コンピュータから操作するマイコンのパッケージを開いて紫外線を当てることで書き込み保護を無効にする。デジタルの壁をアナログ的に突破するハックだ。

SDカードのハックでは,なんとSDカード内のメモリコントローラを普通のコンピュータとして使ってしまう。このハックが,アメリカのサイバーセキュリティの一環として,DARPAの予算でおこなわれたのも面白い。

NeTVのハックでは,コンテンツ保護のための仕組みを合法的に乗り越えて,テレビ番組にTwitterなどを重ねて表示する製品を開発してしまう。このプロジェクトは現在も有効で,本書の発売後の2018年,NeTV2のクラウドファンディングキャンペーンが始まった。

そしてこの章の最後,山寨電話のオープンソース化プロジェクトFernvaleで,物理的,ソフトウェア,法的な問題すべてを駆使して山寨電話をハックし,オープンソースに移植する試みが詳細に語られる。Fernvaleは,開発中により有力なプラットフォームが出てきたことで,実質的な引退に向かう。そこの記述では,オープンソースのプロジェクトを牽引することの難しさがあわせて語られる。

第10章の「生物学とバイオインフォマティクス」では,これまで紹介してきたようなハッキングの考え方やツールを生物に適用する。

「コンピュータウィルスと豚インフルエンザを比べる」では,メモリの内容を読むようにDNAを読み,エミュレータを作るように中身を書き換える。⁠スーパーバグをリバースエンジニアリングする」では,SDカードのハックでおこなったように,異なる個体を比べることで特性を洗い出す。使われるツールも,Unixのシェルスクリプトだ。そして,この章の最終節「遺伝子解析についての神話を打ち壊す」では,よくある期待の中身を検証し,システムとしての限界を検証する。生き物も「ハードウェア」には違いない。

そして最後の11章では,バニーのキャリアを総括するインタビューが2本紹介される。全体のまとめでもあり導入部にもなっていて,ここから読み始めてもいいかもしれない。

著者プロフィール

高須正和(たかすまさかず)

翻訳者。日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』や『ニコ技深圳コミュニティ』の発起人。MakerFaire 深圳(中国),MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在,Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスのGlobal Business Developmentとして,中国深圳をベースに世界のさまざまなMaker Faireに参加。
著書に『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D),『世界ハッカースペースガイド』(翔泳社),『深圳の歩き方』(マッハ新書),編著に『進化するアカデミア』(イースト・プレス),『ニコニコ学会βを研究してみた』(河出書房新社)など。
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