ゲームAI技術入門 ──広大な人工知能の世界を体系的に学ぶ

はじめに

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人工知能とは

人工知能(AI,Artificial Intelligenceは,もし「知能とは何か」が解明されれば,数学や化学のように基礎から構築できるでしょう。しかし,物理学が「宇宙とは何か」という命題を巡って何度も基礎が再構築されてきたように,人工知能は「知能とは何か」という命題をめぐって繰り返し基礎を掘り返しながら,再構築されていくフィールドです。ですから,一つの時代をとってみれば,人工知能という学問は,その時々で利用可能な概念的な素材を生物学,認知科学,情報科学,心理学から借用しながら,巧みに組み合わせることで構築されてきました。そしてそれを実際に応用し,良い面と悪い面を研究して,さらに改良を続けます。ほかの分野で新しい知見が得られれば積極的に取り込んでいきます。

ですから,一見人工知能という学問は,自分自身ではオリジナルなコアを持たない学問のように見える,応用分野であるようで基礎分野であるような分野なのです。また完全に理科系とも言えず,文科系的視点,たとえば哲学的な視点というものさえ借用します注1⁠。

人工知能は人工知能それ自体の応用を展開しながら,同時に知能とは何かという問いに,モデル化と実験/検証を繰り返しながら迫る分野なのです。完全な人工知能が作られるとき,同時にそれは知能とは何かを知るタイミングになるでしょう。

注1)
三宅陽一郎著『人工知能のための哲学塾』ビー・エヌ・エヌ新社,2016年

デジタルゲームAIとは

本書の目的は,デジタルゲームAIの現時点における全容を示すことです。ではデジタルゲームAIとは何でしょうか? これが意味をするところは2つあり,ゲームをプレイする人工知能という意味合いと,デジタルゲームの中のゲームの構成要素としての人工知能という意味合いがあります。いずれにしろ重要なのは,人工知能が取り扱う問題がゲームという状況に限定されるということです。ちょうど生物学が実験室での研究と実世界でのフィールドワークに分かれるように,ゲームは人工知能の実験場を提供します。人工知能が応用できるゲームを作り出すことにも高度な技術が必要であり,現在のところ,デジタルゲーム産業が,広大で複雑なバーチャルなステージを作り出すことに長けています。

人工知能全体の中のデジタルゲームAI

ここで解説する人工知能技術は,そういったゲーム産業の中で,それまでのアカデミックな人工知能技術を基礎にしながら構築されてきた技術です。たくさんの製作の中からはぐくまれた知見と技術をお届けします。

人工知能には,大きくシンボルを基礎とする「記号主義」型人工知能と,ニューラルネットワークを基礎とする「コネクショニズム」人工知能があります図1⁠。デジタルゲームAIは,双方の技術をまたいで使用します。また学習を使う方法と学習を使わずに人の手でルールや知識の形をシンボルで準備する方法の双方を使い分けます。人工知能ほぼ全域を含む分野と言えます。またロボティクスと使用する知識が大きく被っています。

図1 人工知能の中のデジタルゲームAI

図1 人工知能の中のデジタルゲームAI

また人工知能の歴史は,⁠記号主義」⁠コネクショニズム」の2つの流れと,3回の人工知能ブームがあります図2⁠。

図2 人工知能の歴史

図2 人工知能の歴史

記号主義は,第一次ブームでは三段論法など「推論」が探求され,第二次ブームでは知識とルールの蓄積によって知能を高めようとする「ルールベース」が発展し,第三次ブームではインターネット上で蓄積されたシンボルのデータを基礎とする「データベース型」人工知能が探求されています。

一方コネクショニズムは,第一次ブーム前に誕生しその限界が示されるとともにブームが終焉し,第二次ブームでは逆伝播法という新しい学習アルゴリズムが発見され,第三次ブームではディープラーニングとしてさらに発展しました注2⁠。

この中でデジタルゲームAIは,1980年代から現在に至る人工知能の流れを吸収しつつ発展しました。2010年までは記号主義のほうに重心が置かれていましたが,以降,現在に至るまでコネクショニズムと機械学習のほうへ重心を移しつつあります。

デジタルゲームの人工知能は商品でもありますので,品質保証が重要になります。機械学習は学習の揺らぎがありますので,製品としてリリースするためにきっちりとシンボルで作る手法が1970年代から使われてきました。しかし,2010年代以降は機械学習分野の隆盛もあり,開発工程分野を中心に機械学習の導入が急速に広まっています。第10章まではゲームAIが蓄積してきた記号主義的人工知能の技術を,そして第11,12章では学習と品質保証について解説します。

注2)
人工知能黎明期の解説は,以下の本が優れています。杉本舞著『⁠⁠人工知能」前夜─⁠─コンピュータと脳は似ているか』青土社,2018年

デジタルゲームAIの目標

デジタルゲームの中で,人工知能を作るということはどういうことでしょうか? 一つの大きな目標は,いきいきとしたキャラクターを作ることです。

プレイヤーの周りの仲間,そして敵,ボスなど,ステージ上をさまざまなキャラクターたちが彩ります。究極的に,そのキャラクターたちに命を与えることが,デジタルゲームの人工知能の夢です。もちろん,そんなことはできないかもしれないし,できるとしても遠い夢です。我々は,生命とは何か,知能とは何か,記憶とは何か,判断とは何かさえ知らないのですから。

ですから本書で書かれることは,その道半ばのカケラたちです。でも,それはやがて未来で一つの知能として,生命として,組み合わされていくカケラたちです。ですので,一つ一つのトピック自体をまず理解し,それらがほかのトピックとどうつながっているか,そんな知のネットワークが徐々に形成されていくことを本書は目的としています。そして,知能とは個々の技術を超えて,それらを貫く何かとして形成されていきます。部分と全体が有機的に複雑系として構成されていくのが,自律的な人工知能の基本です。

この本の目標

この本を手に取ったあなたは,きっとゲームの人工知能ってどうなっているんだろう? どうやって作るんだろう? という疑問を持っていると思います。キャラクターに考えさせたい,もっとエキサイティングなゲームにしたいと思われていることでしょう。この本は最終的に,それらができるところまでみなさんを運んでいきたいと考えています。

私が立っている場所は,ゲームAIという山の中では少し先のほうかもしれませんが,みなさんからそんなに遠くありません。この山はまだ発見されたばかりで,皆,中腹を登りはじめたばかりです。ですから,たくさんの道が真ん中までは整備されていますので,この本では,その道のいくつかに沿ってみなさんをご案内できればと思います。

著者プロフィール

三宅陽一郎(みやけよういちろう)

ゲームAI開発者
京都大学で数学を専攻,大阪大学(物理学修士),東京大学工学系研究科博士課程を経て,2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発/研究に従事。九州大学客員教授,理化学研究所客員研究員,東京大学客員研究員,国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会チェア,日本デジタルゲーム学会理事,芸術科学会理事,人工知能学会編集委員。連続セミナー「人工知能のための哲学塾」を主催。著書に『人工知能の作り方』(技術評論社)など。共著に『高校生のための ゲームで考える人工知能』(筑摩書房),『FINAL FANTASY XV の人工知能』(ボーンデジタル)など。

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