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『ゲームAI技術入門』の入門

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はじめに

デジタルゲームの人工知能は1970年以来40年の歴史を持ちます。デジタルゲームは基本一人でプレイするものであったため,いかなるゲームにも人工知能技術が必要とされます。人はゲームで人工知能に出会います。そのような人工知能技術はデジタルゲームの発展とともに進化し,多様な可能性をその時代ごとに示してきました。書籍ゲームAI技術入門⁠以下,本書)では,その40年にわたるデジタルゲームの人工知能のエッセンスが込められています。しかしここでは,少し広いスタンスに立ってデジタルゲームの大きな姿を分類して示していきましょう。

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ゲームの中のAI

ゲームの中のAIとは,ゲームタイトルに実装する人工知能のことです。人工知能は,主にゲームキャラクターの知能としてゲームのダイナミクスを支えています。ゲームが必要する役割を果たすのです。しかし,ゲームは大規模化し複雑になっているので,キャラクターはますます複雑化する局面に直面し,単一の動作では不十分です。そこで,キャラクターAIの高度化が求められて来ました。デジタルゲームでは「好きなだけ」キャラクターに高度な試練(ミッション)を施すことができるので,リアルタイムの意志決定分野では,抜きん出た進化をこの15年果たして来ました。キャラクターAIは長い年月の進化を経て,局所的な状況に対応できるようになって来たのです。

しかし,ゲームはシミュレーションではなく,エンターテインメントなので,それだけでは十分ではありません。ゲーム全体を知能化した「メタAI」が常にゲーム状態を監視し,それぞれのユーザーに適した状況へ,その場その時においてゲームを変化させています。

さらに,ゲーム状態を解析するためのナビゲーションAIが存在し,ゲーム状態をわかりやすい「データ表現」⁠知識表現)として,メタAI,キャラクターAIに必要とされる形で提示します。さらに開発者・プレイヤーに向けてもメニューやグラフの形で提示します。

ゲームの中のAIの最も古典的な分野はキャラクターAIです。その背景には,ロボティクスの技術から引用したエージェントアーキテクチャ,センサー,意思決定,身体運動の技術があります。次にナビゲーションAIもまた,その起源を1960年代から続く「環境解析技術」に求めることができます。ところが,メタAIはデジタルゲーム発祥の技術です。

そのためメタAI技術は,これからデジタルゲームの外,すなわち現実世界の産業応用が待たれています。現在,理論的な枠組みが急速に整備され,メタAIの理論・実装双方にわたる研究が発展しています。

ゲームの外のAI

ゲームの外のAIとは,ゲーム開発工程における人工知能です。すなわち,人の作業を助ける人工知能です。これからの時代の人工知能の在り方は,人と協調する人工知能であり,ゲーム産業は最も早く人間と人工知能が協調する開発現場の典型例の一つとなるでしょう。ゲームの外のAIは,ゲームの中のAIのようにメモリや計算量の制限,リアルタイム性といった厳しい制約が無く,開発環境の豊富なリソースをふんだんに使うことができます。例えば,ゲームマップの作成は,かつては全てのアセットをデザイナーが作成していました。ところが現在では,地形生成,植物自動生成,テクスチャ自動生成,雲自動生成など,自動生成機能が充実しており,デザイナーは人工知能が自動生成によって提案する様々なリソースを上手く利用しながらゲームマップを組み立てることになります。

また,ゲームの外の最も大きな人工知能の役割は,デバック,品質保証における人工知能です。これは「QA-AI」⁠キューエーエーアイ)と呼ばれます。現在人間のテスターがテストプレイしている作業を,人工知能に置き換えようという試みです。このような「QA-AI」の探求は世界中のゲーム産業でなされており,最もホットな研究分野となりつつあります。本書でもこれまでの成果をまとめて解説しています。

ゲームの外のAIの特徴的な点は,アカデミックとの共同研究がされやすいところです。ゲームの中のAIは製品であるため,コラボレーションすることは難しいですが,ゲームの外のAIは,ゲームそのものに直接関与するのではなく,間接的な関与に留まるため,コラボレーションがしやすいです。ゲームの外のAIは2015年以降,大規模化するゲームに対して大きな需要があり,急速に発展しており,これからゲーム産業に足りない知見をアカデミックから吸収する必要があります。本書でも,ゲームの外のAIを大きく取り上げており,これはゲーム産業のみならず,アカデミック全体に対して話題を共有したいという意図を持っています。

また,ゲーム自動バランス調整という分野があります。現在のゲームのパラメーターは数百から数千である。これらを現在は手動で数値を打ち込み,変更しつつバランス調整していますが,きちんとバランシングされているという根拠は,当人によるテストプレイヤ,テスターのテスト結果など,直感的なものでしかありません。シミュレーションによるゲームバランスの検証が急務であり,これは特に継続的な追加コンテンツが求められるソーシャルゲームにおいて必要とされています。

学習進化アルゴリズム

ゲームAI技術は今,大きな岐路に差し掛かろうとしています。⁠記号主義型人工知能」から「学習型人工知能」への転換です。つまりルールベース,ビヘイビアベース,ステイトベースのような「シンボルによって明確に表現される人工知能」から,ニューラルネットワークや遺伝的アルゴリズム,強化学習のように数学的ダイナミクスによって「非明示的に表現される人工知能」に置き換えられようとしています。記号主義型人工知能は,AIエンジニアがツールを作成し,ゲームデザイナーがそのツールを用いて必要なデータを入力することによって開発されます。ところが学習型人工知能は,ゲームプレイ,シミュレーション,強化学習などによって,数学的な原理によって「自動的にキャラクターの振る舞いや意思決定機能が形成」されていくのです。

特に意思決定理論は,近年極めてドラスティックな変化に晒されつつあります。これまで記号主義型人工知能がメインであったゲームAIの意思決定は,ディープラーニングなど学習進化型AIへの変化に向けて試行錯誤がなされているのです。

しかし,ゲームAI技術には,三つの属性が必要だと言われている。⁠多様性」⁠拡張性」⁠カスタマイズ性」です。つまり,多様な意思決定の姿,継続した開発に求められる拡張性,そしてゲームデザイナーがいつでも調整することができるカスタマイズ性を持ち合わせていなければならないのです。しかし現在のディープラーニングは,多様性はあるが拡張性とカスタマイズ性に問題があります。拡張とカスタマイズも決して手軽ではないからです。このような要求をディープラーニングに対して行うフィールドはゲーム産業が最も強く,これが一般世間に比較してディープラーニング導入の遅れの原因となっています。逆に言えば,ディープラーニングに拡張性とカスタマイズ性を持たせるという極めてユニークな問題にゲーム産業は直面しており,この可能性を拓くことは他の産業においても人工知能の導入に大きな貢献をすることになるのです。

「記号主義型人工知能」から「学習型人工知能」への変化は長期的に見れば,確実なものです。本書でも,一章を割りあてて解説しています。しかしその急激な変化に,ポイントが2020年なのか2025年なのか,正確なタイミングを見定めることは難しいです。しかし,現在,世界中のゲーム企業において,学習進化型アルゴリズムのゲーム内への応用が着実に探求されており,そのブレイクのタイミングをそれぞれの会社が狙っています。それらの技術の同時並行的進化は確実に技術的水面を上げており,その漠然とした雰囲気は様々なゲームカンファレンスを通じて感じることができます。

一つのクリティカルな変化の目安が,機械学習を学んだ修士,博士のゲーム産業への流入です。ゲーム産業では,数年経つと若手がリードを執るようになります。そうすると,機械学習を学んだエンジニアがリードを執るタイミングは,これから約5年後であると思われます。つまりこれから5年以内に大きな変化がもたらされる確率が極めて大きいのです。

本書は,これまでの人工知能の歴史を内包しつつ,それをさらに打ち破る新しい流れの萌芽を内包しています。岐路に立つゲームAIの解説書として,古典から現代に至る人工知能グ技術を一望できます。読者の皆様のお役に立てれば幸いです。

著者プロフィール

三宅陽一郎(みやけよういちろう)

ゲームAI開発者
京都大学で数学を専攻,大阪大学(物理学修士),東京大学工学系研究科博士課程を経て,2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発/研究に従事。九州大学客員教授,理化学研究所客員研究員,東京大学客員研究員,国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会チェア,日本デジタルゲーム学会理事,芸術科学会理事,人工知能学会編集委員。連続セミナー「人工知能のための哲学塾」を主催。著書に『人工知能の作り方』(技術評論社)など。共著に『高校生のための ゲームで考える人工知能』(筑摩書房),『FINAL FANTASY XV の人工知能』(ボーンデジタル)など。

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