プロジェクト化が進むWebの現場 企業と制作会社をつなぐヒントを探る

今、Webサイトに関わるプロジェクト、企業サイト制作やWeb システム構築でプロジェクトの失敗を耳にするケースが数多く、企業側も制作側もプロジェクトマネジメントの重要性を意識し始めてきました。一方、プロジェクトマネジメントと言えばPMBOKのような体系化されたテキストもありますが、そう簡単に導入できるものでもありません。

プロジェクトマネジメントに興味はあるけど……どこから始めようか。どうすればWeb・プロジェクトに取り入れることができるのか?

今回の座談会では、そういったプロジェクトマネジメントの実態や可能性について、企業・制作・コンサルティングというそれぞれの立場から、お話を伺いました。

写真:武田康宏
写真:武田康宏
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本記事はWebプロジェクトマネジメント標準に掲載されている内容を再編集して掲載したものです。

自己紹介から

まず、今回の座談会に参加していただいた4名に、自己紹介をしていただきました。

林:まず私が取締役をしているロフトワークという組織を説明するところから始めさせてください。ロフトワークは2000年に「クリエイティブを流通させる」ことを目指して作られた会社です。特徴的なのは日本最大のクリエイターコミュニティ「ロフトワークドットコム」を運営していることです。一方、クリエイティブに特化した数十人のプロジェクト・マネジャーがいる「クリエイティブディレクター集団」でもあります。1万人を超えるクリエイターコミュニティの中から最適なチームを選び、ディレクターがチームを率いてWebから映像、印刷から携帯コンテンツまで何でもつくる、ちょっと変わった会社です。年間数百のクリエイティブプロジェクトを運営しながら、社内には1人もデザイナーがいない。これを実現するにはプロジェクトマネジメントの徹底が欠かせません。

古賀:私は日経BPコンサルティングでWebの活用や運営コンサルティングをやっています。もともと日経BPでインターネットの視聴率を調べる部署にいたのですが、Webサイトを企業がどうやって活用していくかのお手伝いをするようになりました。

最近私どもがよく相談を受けるのは、Webサイトをどう効率的に活用すればいいのか、ということ。昔はユーザビリティとか、いわゆる枠のところを一生懸命やっていたのですが、最近は何の目的で何をやるのか、効果を狙っていくということを企業さんと一緒に考えさせていただいています。

棗田::私は味の素に入社して、ずっと家庭用の営業をしていました。Webとの関わりが始まったのは'95年のことで、他社がWebサイトを立上げてきたので、そろそろ何か作らなければと有志が集まっていたところに私も入りました。そして、'96年の4月に味の素のホームページを立ち上げました。

業務外のこととして一緒に仲間としていろいろやっていたのですが、'99年に当時の広報部に異動して正式に仕事として始めました。ただ、Web業界は長いだけで、本人には何のノウハウもない(笑⁠⁠。

今、味の素の国内・グローバルサイトを含めてトータルの管理をしているのですが、私はマンションの大家さんと言っています。

高橋:私は、富士通のWebサイトの全体統括をしています。国内だけでなく富士通の海外主要拠点35ヵ国・地域のポータルサイトも管理しています。

実は、富士通の企業サイトは、'94年、アジアで最初にできた企業サイトです。私がWebの仕事に参画した当時の'98年は、多くの企業サイトは、画像も少なくテキスト中心のシンプルなページでした。それが2000年以降、日本ではADSLが一般的に普及しインターネットが身近になってきたことや、IT技術が進化したことで、当時の会社の方針により、Webをグローバルに展開しろということになりました。しかしながら、当時、日本ではグローバルでマネジメントを任せられるコンサルティング会社や制作会社はありませんでした。海外のコンサルティング会社を使っていた時期もありましたが、あまり良い結果が出せず、結局自らですべてを考えて決めていかないと何も進まないことがわかりました。それで自力でグローバルプロジェクトを運営することになりました。

でも、海外に行き異文化コミュニケーションの壁に何度もぶち当たり、合意形成もままならないといった修羅場を経験した上で感じたことは、ちゃんとした基準とルールをつくり、客観的な判断で仕事を進めないといけないということでした。

体系的な基準とルールに基づいて仕事をするという考え方が身についてからは仕事がうまく運べるようになったと感じています。

Webはどのようにプロジェクト化していったのか?

最近のWeb制作は、体系立てて進められるようになりましたが、そもそも、どうしてWebはプロジェクト化していったのでしょうか。

林:Webって、ものすごいスピードで変化しています。Yahoo!ができたのが'95年。2000年のころは制作ツールもほとんどない状況でした。それからblog、SNS、SaaS、企業システムへの進出と機能や役割はどんどん広がっています。同時に社会的な役割でも重要になる一方ですし、企業をはじめ組織が発信する情報は飛躍的に増えてます。

2000年初期、企業サイトは会社案内のオマケ程度に思われてました。トップページに気がきいたFlashと地図さえあれば良かったのです。それが今やWebサイトで企業のブランドと信頼性は決まり、採用やIRにも欠かせない「社会と対話する」中心のツールとなりました。携帯や他のデバイスへの進出など、今後もますます重要性は上がる一方です。

決して大企業とは言えない数百人程度の企業であっても、期待に応えられるサイトを作ろうと思うと、今や1人2人のデザイナーでは不可能です。コンサルティングを行う能力や機能も必要になってくるし、デザイナー、blogやCMSに組み込む技術者、コーダー、SEOに特化した組織……。各分野の専門家とのコラボレーションによって、常に新しいクリエイティブな作業が求められる。スケジュールの管理やコミュニケーションの問題、予算管理もあればプロジェクトのリスクもある。プロジェクト以外の何ものでもありません。

一方で、求められる役割と重要性は増す一方ですから、より高度な目標が求められる。制作側としては、プロジェクトが高度化されているということをすごく感じます。

高橋:2001年にADSL が出てきましたよね。そしてPCにLANポートが付けられたのですが、うちの会社はそれを「ブロードバンドポート」と言って売っていた。そのころからデータ量が増えて、テキストじゃないWebサイトがあたりまえになっていきました。

林:もう1つ、blogの存在がすごく大きいんじゃないかな、と思います。それまでは、イメージや印象がどれだけきれいか、ということが重要だったのに、いかに情報発信してコミュニケーションしていくかが大事になった。blogやCMSによって、サイトの規模が飛躍的に大きくなりプロジェクトの規模が大きくなったと言えると思います。

棗田:私が企業のホームページをつくっていた'90年代半ばは、採用のために会社概要を載せようという動きが目立ちました。やがて、物を売るのに使えるんじゃないか、とEC サイトの走りが始まった。'90年代後半になるとキャンペーンに使えるよね、となっていきました。それで企業サイトは賑やかになってきたけど、2000年ぐらいに「待てよ、企業のホームページって目的は何なんだ?」となりました。今までは考えなしにもっていたけれど、それを真剣に考えようじゃないか、ということに。

私が参加していたWeb広告研究会などでは、テクニカルな話ばかりしていたけど、でも企業はそれを何に使ったらいいんだろう、ついていけないというのがありました。⁠自分たちは何をやりたいんだ?」と。

弊社のコンテンツは、各セクションの中で作っているのですが、それを寄せ集めて集合体として見ると、まだまだ伝えたいことに幅があります。先ほど私はマンションの大家さんと表現したけれど、マンションを建ててエントランスを整備し、中はお任せします、というスタイルできた。すると、入口の見た目はきれいなんだけど、お客さんは、中に入ってから迷ってしまう。そういう意味で、各セクションの独自性は汲みつつも、全体としてはきちんと管理をしないとダメだな、という方向に向かっています。

基本的にうちの会社のコンテンツホルダーは、Webのことがよくわかっていません。これは企業の特色だけど、3~4年に一度人事異動があって、全然関係ない仕事をやっている人に、ある日突然プロジェクトとして任されるのです。すると、基本的に知らないわけですよ。

我々のところも、そんなに知見があるわけじゃないけど、少なくとも彼らよりはあるということで「こういうコンテンツを作りたい」⁠広告代理店からこんな提案がきたぞ」という段階から、⁠一緒に考えていこう」という働きかけをし始めたところ。企業によって違うと思うけど、弊社は今そういう状況です。

古賀:私も高橋さんと、Webの統括的な管理について話をしていたことがあります。

棗田さんが仰るような、コーポレートブランドをきちんと通そうという考え。目的をきちんと設定して、そこに向かってWebサイトを作っていきましょうというのは、まさに今の企業ならではの悩みです。担当者が異動で変わってしまうということがあるので、それをちゃんと伝えていくために、たとえば、RFPみたいなものをきちんとまとめましょうよ、ということを、最近はお勧めしているんですよ。そういう形にしていけば、目的はぶれずに伝わっていく。

Webを担当するのは、棗田さんが仰ったように素人に近い人がやりますから、企業としてやりたい目的はあるけれども、技術はわからない、ということになります。制作側に技術は任せるけれど、何をやりたいかというのは、当然企業側が考えないといけないし、きちんと伝えないといけない。

それと、Webの変曲点ということでは、ここ数年、blogの登場で双方向性の意味がすっかり変わっていると思うんですよ。以前は企業がいろんな意見を集約できるだけだったけど、それがいわゆるCGMで、いろいろなエリアでコミュニケーションが起きてしまう。それをコントロールするため、または、より良い影響を与えるためには、企業サイトをどうしたら良いのか。そこが大きなポイントになっているのかなという気がします。単なるSEOではなく、⁠ターゲットとする市場もきちんと考えましょう」ということでSMOと言われる考え方も出てきています。

「Webサイトで何をやりたいんだ?」という目的をきちんと考えて、かつグループでやっていく。かつ、棗田さんが大家さんであるようなマンションの部屋のイメージに近いような作りも考えていく。そういう必要性が出てきました。

Webの目的はどのように設定するべきか?

企業はなぜサイトを作るのか、どうやって作っていくのかという目的設定はまだまだ難しいところです。具体的に良い方法、あるいはPMBOKの適用の仕方などはあるのでしょうか。

高橋:富士通という会社は、非常にさまざまな事業を行っています。連結での売上げは約5兆円、グループ全体での従業員は約15万人います。したがってWebサイトのゴールというのは千差万別で、1つに決められるものではありません。ステークホルダーは千差万別で例えば、地方にたくさんあるうちの工場の付近住民も、ステークホルダーだと思っています。

だから私のゴールは、Webサイトを企業体としてで維持運営するための仕組みやルールを作ることと思っています。Webサイトの位置付けが変化するにつれて使用するコストも大きく変化してきたのも感じています。

'90年代で私がWebに使っていた最初の予算は確か数万円程度であったと思います。業者に小さなバナーを作ってもらって、1個数万円とか。それが数百万、数千万を超えてくると、会社対してもうワンランク上の説明義務が出てきます。予算の適切な使用と効果の検証ですね。そうすると、WebのHTMLを作ってもらって終わりでなく、RFPとかSOWとか適切な書式で明文化してエビデンスをまとめるということが必須になります。海外との契約もすべてやりました。残念ながら会社ではそこまですべて教えてくれません。現場で自力で必死に勉強しました。海外やさまざまな会社と契約/発注、検収を行ったり、意思疎通に大変苦労していました。

高橋宏祐氏
「PMBOKは、決断とスピードを早くする、
仕事のツール、型」
高橋宏祐氏「PMBOKは、決断とスピードを早くする、仕事のツール、型」

そこで、PMBOKの体系的な知識や技法に出会い、大きな驚きを覚えました。今まで自分が苦労して手探りでやってきたことが、ここにあるというカンジでした。PMBOKを知ってからは、これが仕事を円滑に進めるための、普遍的なツールだと思って活用しています。とにかく、PMBOKは、決断とスピードを早くするツールだと思っています。違う言葉で言えば、⁠型」ですよね。空手でも柔道でも「型」から覚えますよね。型という基本が身についていなければ、応用もできません。

林:Webって変化が早いので、長年積み重ねたノウハウがあっという間にダメになっちゃいますよね。たとえば、TV広告を作るとなると、確かにクリエイティブという面では自由、でもフォーマットという意味では15秒だったり、最後に会社のジングルを付けなきゃいけない、というルールがあったりして「3,400秒のTV広告」はありえないわけです。

その点、Webは何でもあり。しかも、できることと求められることが日々変化していくとなると、ルールを作った端から陳腐化していく。そんな中でプロジェクトマネジメントというのは、高橋さんは型と表現しましたが、⁠作る」という行程におけるOSに近いと思います。プライマリーな一番下にくるところのフレームワークなんじゃないかなと。

Webの下流工程の、ロゴはこう作りなさいとか、1ページ50Kバイト以内にしなさいとか、それらの「知識」「ルール」はすぐ陳腐化してしまう。逆にそのルールを厳しく守ることで変化に対応できなくなる可能性もありますし、Webの幅広さに対応することもできなくなります。

「デザインや手法」をルールにするのではなく「作り方の管理手法」をルール化し、組織も含めたフレームワークにしちゃう。そうすることでクリエイティブは自由に、でも失敗はなくしてスムーズに、それがプロジェクトマネジメントなのかなと。

小さいプロジェクトだったら簡易フローでいいし、大きいものだとPMBOKのここの知識エリアも入れて、などのように規模に合わせた使われ方になるのかなと思っています。目的と結果をルール化するのではなく、手段をフレームワーク化する。それがプロジェクトマネジメントだと思います。

古賀:制作にはルールがありますよね。ルールは当然守らなきゃいけない。でもルールを強調しすぎると、たとえば、イベントで営業の方が名刺を何枚集めるかというのを目標にしちゃうような、ちょっと曲がったところにきてしまう。それは避けないといけないと思います。

企業さんと制作会社さんの間に立ってお仕事をしていると、制作会社さんが過去の経験に逆に引きずられすぎてしまうことがあります。企業サイトしかやったことのない方が、プロダクト、とくにキャンペーンサイトをやると、その企業サイトのやり方をそのままもち込んじゃう、とか。そういうことがときどき見受けられます。

そこも、ルールをあまり重視しないほうが良いところだと思うけど、きちんと企業さんの目的を聞きなさいよ、というルールはあってもいい。そのうえで制作側も技術的な提案をするべきです。その時点で、初めてマネジメントができ、サイトの目的が果たせるようになる、と最近よく思います。

棗田:目的と言えば、うちは、会社の伝えたいコンセプトを今まで適当に出してきたんですよ。新聞ではこんなコピーを出して、TVではこんな風に、というように。それがWebを見るようになって、各々が異なっていることにみんなが違和感を持ってきた。

コーポレートロゴ「AJINOMOTO」の上に「あしたのもと」というスローガンを載せていたんですよ、TVでも新聞でも。で、⁠あしたのもと AJINOMOTOって何?」と考えたときに、何の意味もないわけです。それをやはり、きちんと考えて出していかないとダメだなと。

それはWebだけじゃなくて、外に出す情報を一本化して、そのトーン&マナーの考え方はこうです、と言えるように。経営層はわかっていないかもしれないけど、そこがまだ決まっていないから、うちはハイレベルのプロジェクト管理というのはまだですね。サントリーさんの「水と生きる」というのはわかるじゃないですか。社内の考えはどうか知らないけど、外から見て。

林:外から見ると、味の素さんもものすごくトーン&マナーが整っているように見えますけどね。

棗田:でも、何を伝えようとしているのかわからないと思います。何であそこに「あしたのもと」ってついているのか。確かに企業スローガンのランキングでは上位にきますけどね、意味があるのかな?と。

企業側から見た理想的な制作会社とは?

Web制作では、制作会社からさまざまな提案が持ち込まれ、体制を作ってプロジェクト化していくということも多いと思います。ここで、企業側の立場から制作会社の理想像とはどういったものなのでしょうか。

棗田:先方がどうこうと言う前に、自分たちがきちんとものごとを考えていないと、と思っています。提案を受けたときに、こちら(企業)側の考えが定まっていないと、良いも悪いもわからない。というか、皆さん、良さそうな話をしますから。

そのための企業側の理想を言うと、たとえば、花王さんみたいにログ解析部隊やデザイン課を含めて体制ができているのが、一番良いんでしょうね。要はいろんな制作会社から話を持ち込まれたときに、それをある一定のものさしで、これは自分の会社にとってどういうふうに役立つのかとか、評価できないとダメです。

話を持ってこられたときに、雰囲気はわかる、とかある一定のところまでレベルアップしないとな、と思います。ただ、詳しくではなく、浅く広くでいいんですよ。話がきたときに「何それ?」じゃみっともないんです。最低限「聞いたことがある」ぐらいは言えないとね。

私はもっと理解しないとダメだけど、たとえば商品ブランドを担当しているプロダクトマネジャーがWebでどういう展開をするかとか、そのレベルのことは知っておいてもらわないと。

今、某制作会社の打ち合わせに足を突っ込んだりしているけど、見ていると代理店さんがかわいそうです。うちの担当は提案している内容を理解できない。それをまた我々が翻訳というか。うちの会社だとこういう使い道があるよとか。そういうことをやっています。

林:クライアントの立場からとても謙虚に仰っていただきましたが、逆に制作側でもできなければいけないことはたくさんあります。とくに気になる点、こうしてほしい点などはありあませんか?

棗田:まあ、本質的な話じゃないですけど……。

普通のTV広告って割と大手の代理店と一緒に行っていて、それはある種リスクヘッジも含まれていて楽なんです。まず何もないです。何かあったときには、文句を言えばいい。それで終わりです。Webというのは、さらされる場面が増えたじゃないですか。今まではいいかげんさが許されたけど、これからはきちんとしないとまずいなと思っています。

一方Webって、特定のコンテンツが強いとか、今までお付き合いのなかった方もいっぱいいらっしゃる。でも、これはいいなーと思った会社を使ってみたら、なくなっちゃう会社もいっぱいあります。すごくユニークな技術を持っていて、良いものを作ってくれるんだけど、企業側としてはリスクヘッジができない。高い金を払ってでも安心感を取るというのも企業としてはあると思います。

あと、大手はコンセプトワークが得意。味の素の連中は、きっとこれでなるほどと言うだろう、というパターンできます。Web専門のところは、そういう古いパターンをご存知ないんですよね。業界としては普通なんでしょうけど、そういう歴史を知らないから。聞き手は古い体制の人間じゃないですか。そうすると何か違和感を感じます。

古賀:制作会社さんにも得意分野がありますので、何が得意かというのを見極めて、それにあわせて企業側も、ちゃんとコントロールしないといけないですよね。

棗田:御社みたいな会社の役割も大きいと思う。これはどこを使ったらいいですよ、とか、そういうマネジメントをお願いしたいですね。

林:棗田さんが仰ったことは、とてもよくわかります。ロフトワークが抱えている問題でもあります。広告代理店は、マーケティングの知識が豊富で、大きな企業との付き合いも長い。マネジメントも理解しているのでリスクを回避できるのでしょう。

ただ同時に、いつまでも大企業が広告代理店にメディア関係をすべて発注するという構図のままだと「所詮Web」だと思い続けるのではないかと懸念しています。Webは単なるお客さんを呼ぶツールで、どこかから企画が出てきて、それをきれいなフォーマットに整える。大手の広告代理店の人には、Webの力を信じていない人が多いと感じます。TV広告をもらうためにWebも提案する、というケースによく出会うので、本当にWebのことを考えているのかな?と疑問に思います。

とはいえ、言葉も通じないWeb制作会社に仕事を頼むのはリスクが高すぎる。提案以前にコミュニケーションができない。そのリスクを最小限にするのがPMBOKじゃないのかなと思います。お客様と共通の会話をするためのキーワードやプロセスの共有に、PMBOK は非常に有用だと思っています。このためWeb専門の会社は、もっと積極的にプロジェクトマネジメントを勉強していくべきです。

(写真左から)高橋宏祐氏: 富士通株式会社 コーポレートブランド室 担当部長
林千晶氏: 株式会社ロフトワーク 取締役
棗田眞次郎氏: 味の素株式会社 広告部 WEB 企画グループ ホームページ担当部長
古賀雅隆氏: 株式会社日経BP コンサルティング Web コンサルティング部長 チーフコンサルタント
(写真左から)高橋宏祐氏: 富士通株式会社 コーポレートブランド室 担当部長、林千晶氏: 株式会社ロフトワーク 取締役、棗田眞次郎氏: 味の素株式会社 広告部 WEB 企画グループ ホームページ担当部長、古賀雅隆氏: 株式会社日経BP コンサルティング Web コンサルティング部長 チーフコンサルタント

コンセンサスの取り方を規定するフローの重要性

プロジェクト成功の鍵を握るのは、関係者間でのコミュニケーション、つまりコンセンサスをどうやって取るか、ということが見えてきました。具体的にはどのような方法があるのでしょうか。

古賀雅隆氏
「制作会社と企業のベースをそろえるには
RFPがお勧めです」
古賀雅隆氏「制作会社と企業のベースをそろえるにはRFPがお勧めです」

古賀:私はPMBOKのことはよく知らないけど、最近常に説明しているのはRFP。そのためのヒアリングシートを作って制作会社さんから聞くべきこと、企業さんが伝えるべきこと、それをそろえましょう、ということを今やっています。

Web構築の目的であったり、技術的に言えば環境であったり、そういうのを全部ドキュメントにしましょうよ、ということです。ドキュメントを残すことによって、たとえば担当さんがいなくなっても大丈夫、という環境を作ることをお勧めしています。

具体的なものも提供していますが、そのあたりの考え方がPMBOKでしょうか。

林:それです! PMBOKには最初はヒアリングしてからじゃないと始まらないよね、ということも規定されています。他にも、途中途中の成果物を承認してもらうというフローを入れないとダメだよね、ということや、変更の依頼も統合的に管理していかないとね、という言ってみれば「あたりまえのこと」が規定されています。

あたりまえのことをどう明示化してプロジェクトと組織の中できちんとするか、ということが重要です。

高橋:コンセンサスは非常に大事です。私も制作会社やコンサルティングもいろいろ付き合いがあるんですけど、一番言いたいことって1つしかなくて「お客のことを考えてものを言って」ということ。うちにくる人って、なぜか無理難題言ってくる人が多いんですよね。⁠ここはできてない」⁠あそこはできていない」とか言って資料を持ってきて、何も知らない役員が見ると「なんだこれ?」となるわけですよ。面倒くさいんです。勝手に持ってきた資料のために、何でこんなに時間を使わないといけないの?って。

あと、絶対実行できない夢のプランを持ってくる人も多い。制作会社でよくあるのが、⁠ここが悪いから変えなさい、全ページ」とか言ってくることです。⁠うち全ページ20万ページあって、1ページ1,000円で修正すると2億円だけどどうするの?」って言うと、⁠失礼しました」ってことに(笑⁠⁠。

客のことを何も考えていないで発言をしちゃう人が多い。本当に、お客のために仕事をしたい、と思ってきてほしいです。

棗田眞次郎氏
「身の丈を超えた提案
―ベンツや戦車をもってこられても(笑⁠⁠」
棗田眞次郎氏「身の丈を超えた提案―ベンツや戦車をもってこられても(笑)」

棗田:似たような話ですが、やはり売り込みにこられたときに、うちにはうちの身の丈というものがあって、それは自分たちが一番よくわかっています。ところが提案に持ってこられるのは、だいたい身の丈をはるかに超えたもの。たとえば、近くのタバコ屋にタバコ買いにいくときに、自転車で行けばいいのにベンツや戦車を持ってくるような。

一同:

棗田:「うち、自転車で十分だけどね、ちょっと頑張ってもホンダのフィットでいいよ」って言ってもベンツをなかなか下げないんです。で、やりとりする。でも、うちの会社の担当者はベンツを買ってしまう可能性がある。何でかと言うと、自分たちのやりたいことがはっきり決まっていないから。すると、提案内容はどれも良さそうに見えてしまい、コスト的に無理がなければOKしてしまう。

私が望むのは、何をやりたいのか理解したうえで、それだったらこっちはこれぐらいのを用意しますよ、と持ってきてもらうこと。そして別のほうにお金使いましょうよ、と。そういう提案をしてくれればいいんだけど。

高橋:それで改心してRFPを書こうと。

棗田:そうそう。

一同:

棗田:それをやるために、社内のコンテンツホルダーがきちんと書こうとしたら大変です。普段考えていないから。1行を埋めるのにどれだけ考えないといけないか、最近痛感してる。たぶん、それを口で説明するから、ああだこうだとなるんだけど。明文化してれば「うちの会社はこれ!」と言えます。戦車に乗らなくてもこれでいいんだよ、と。そしたら、たぶん何も言わないでしょうね。

古賀:ただ企業側の方は、うちが何をやっているのか知っているはずだ、という誤解もあると思います。どういう方針で事業を展開していて、何のためにどういうサイトを作りたいのか、どういう目的を果たさせたいのか、という一番最初のところが伝わっていないケースがよくある。企業さんは「知っているはずだ⁠⁠、でも制作会社さんのほうは「もう引けない」という事態になったり。そこで我々が中に入ったりします。

こういうことを伝えないといけない、という大きな基本が欠けていることがときどきあります。

Webにおけるプロジェクトマネジメントの必要性

最後に、今後Webの業界はどのようにプロジェクトマネジメントやPMBOKを取り入れていけば良いのか伺いました。

高橋:プロジェクトマネジメントは、これからも企業側としては必須です。Webに流れる人・モノ・金は、昔より飛躍的に増えています。これらの要素をコントロールしてステークホルダーに説明しないといけない。そのためのツールとしてPMBOKを使っていけばいい。

PMBOKを使うことのメリットはすごくシンプルで、ものごとの決断と実行のスピードが早くなる。余計なことは考えなくていいんですから。何も知らないと、あれこれ悩んで相談して、結局間違って軌道修正ということもある。とりあえずPMBOK の型にしたがえば、基本は大丈夫。あとはオプションです。悩まないで、決断と実行のツールとして使ってくれればいいと思います。

棗田:うちの会社は最初に言ったように、まだそのレベルに達していません。ただプロジェクトマネジメントという要素はきちんと押さえていかないと、制作会社や社内の上の人間とのやりとりもうまくいかない。ゴチャゴチャと、いろんな方向にいくじゃないですか。そういうときに、こうだよねとバイブルのように示せるように。

ただ、高橋さんも言っているように、プロジェクトマネジメントを消化する能力は企業によって違います。私は、その雰囲気や要素を取り入れいくのは必要かなと思っていますが、その手順に沿ってやるのは至難のわざだと思います。たとえば、RFPの最初の1ページ、何を考えて何を目的として何をゴールとして、って書くだけでも、けっこうミーティングをやらないといけない。それができたら、私は大半終わりだと思います。

高橋:すごく凝縮されてますからね。

棗田:根っこのとこさえできていれば、後は流れで考えてもいいと思います。それができていないから、バラバラになっているんだけどね。

古賀:今仰ったような話をお手伝いすることが、多くなってきています。企業サイトとか全体のサイトを作るときに、各部署が何を考えているのか、Webマスターさんたちが把握できない状況になっているんです。そこで我々が全部の部署に「どういうWebを作りたいんですか」ってインタビューしたりしています。

そういうすごく上流過程のことをやることもあれば、今度は「制作のガイドラインを作りましょう」ということで、コーディングのルールを作るのをお手伝いすることも。レベルがいろいろあるんですよ。

PMBOKってすごくまとめられていると思うので、どこが足りないのかということがわかってくると思うし、コンサルタントとしてもお手伝いができる。それを企業さんと制作会社さんでうまくやってくれれば、もう本当に我々はすることはないです。

林:プロジェクトマネジメントは、とくに大きい仕事において、制作側とマネジメント側を結ぶための共通の言語であり、フレームワークだと思います。それではPMBOKは何か。プロジェクトマネジメントに関する、クリエイティブコモンズやオープンソースのようなものです。

これだけ変化が早い中で、じっくりナレッジを構築していく暇はありません。それは企業側も制作側も一緒です。Web上で多くの人たちがイノベーションをつくり上げているなかで、それをひとつのテンプレートとして利用すること。

林 千晶氏
「PMBOKというのは世界共有の知識財産。
参加して活用を」
林 千晶氏「PMBOKというのは世界共有の知識財産。参加して活用を」

PMBOK は世界中のプロジェクトマネジャーたちの知識が反映されていて、2年に1度くらいバージョンアップしている世界共有の知識財産です。自社だけのノウハウにこだわっていると、あっという間に時代の流れから置いていかれてしまう。そうならないためにも、これからWebに関わる人間は、PMBOKをうまく活用したり、PMBOK のなかにフィードバックを入れていく。みんなでWikipediaを作るのと同じように参加して活用していくのが理想です。

どの程度PMBOKを活用するかは、会社によってさまざまで良いのです。エッセンスだけのところもあれば、がっちり取り組むところもある。その度合いは、PMBOKは規定していない。要素としてみんなの知識を規定していますよというのが、知識エリアであり、ステップなのです。世界中で活用されているものなので、日本での利用も広がっていってほしいと思います。

Webプロジェクトマネジメント標準
(ISBN978-4-7741-3599-1/技術評論社)

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