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紙ありきの電子出版市場の拡大と成長,雑誌読み放題,電子コミック,その次は?~2016年の電子出版

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専門書の電子化は?

最後に,筆者が関わっている専門書の電子出版の展望について考察します。

専門書に関しても,ここ数年は大きな結果が出ていると感じています。筆者が属する技術評論社でも,2012年以降の売上の伸びは大きく,昨対で2015年も増加の見込みです。

各出版社でサイマル出版の動きが強まる

繰り返しになりますが,弊社を含め,技術系専門出版社がサイマル出版に積極的に取り組むようになりました。これが専門出版社の電子書籍・電子雑誌市場が伸びている要因の1つでしょう。また,内容そのものが電子版を求める読者ニーズとの親和性が高いこともあります。ITやインターネットなどの技術を解説する専門書籍・雑誌は,情報鮮度も非常に重要です。その点で,電子版も紙と同日に展開できるということは,読者に対するメリットも非常に大きいでしょう。技術評論社では,2014年以降,85%近い書籍のサイマル出版を行っています(2015年の電子書籍・雑誌の刊行点数は395点⁠⁠。

改めて振り返ると紙があってこその電子出版だった~そこから見える課題

今回「サイマル出版」という単語を何度も取り上げていますが,正確には「紙の書籍・雑誌ありきのサイマル出版」です。現時点では,紙で制作した刊行物を電子版として制作し,読者のニーズに合わせて配信しています。

紙ありきで考えた場合,現状にはまだいくつかの課題があります。1つは制作面,もう1つは販売面です。

制作面に関する課題は,⁠まず紙のレイアウトを組んでから電子化する」という制作フローです。現在,技術評論社ではパートナー企業とともにリフロー型EPUB(文字サイズや行間が変更できるタイプの電子書籍)の制作を積極的に採用しています。しかし,紙ありきの場合,まず,紙でレイアウトを組むため,⁠読者の読む環境が不特定多数の)電子版の制作の際,細かな部分で調整が必要となります。たとえば,⁠ページの概念がない」というのはその一例です。

この部分はある程度効率化・自動化できるとしても,最後の作り込みには,制作のプロがもっと必要と考えます。現状,技術評論社としては制作パートナーに恵まれてはいますが,今後,専門出版社での電子出版事業の拡大には,質の高い電子書籍制作者・企業の増加が欠かせないと考えており,筆者としても,そういった人材・企業の育成はこれから取り組みたい項目の1つです。

また,現在,電子書籍の標準フォーマットになったEPUB(EPUB3)で制作したとしても,読者が使用する電子書籍リーダーによっては表示のされ方が異なったり,場合によっては仕様通りに制作したデータが,そのリーダーの不具合のために読めないというケースがママあります。これについては,コンテンツを作る側が妥協せずに,電子書籍リーダーの開発元にフィードバックをして,バグフィックスや改善をしてもらう動きを取っていくべきと考えています。

次に販売面,販売価格および配信形態の課題です。ご存知の方も多いと思いますが,電子書籍・電子雑誌は,紙の書籍と異なり,再販制によらない販売(例:電子書店主導による価格調整)が行われるため,利益面での戦略は旧来型のモデルとは別に考える必要があります。紙と電子をセットに考える場合,その組み合わせ方が最も重要です。現時点ではどうしても紙のモデル(いわゆる再販制に基づくスタイル)が強く,さらに主観ではありますが,日本の電子出版事業のさまざまなところで,⁠電子版は安い」という認識が強くあると感じています。たしかに,紙・印刷代がかからないという見方ではその通りです。しかし,一方で,電子データを制作するコスト・きちんと配信し続ける運用コストなどは,紙とは別の形でかかります。ですから,端的に電子が安いという考えではなく,紙・電子それぞれのメリットを踏まえたうえで,販売価格を決定し,提供し,⁠そのコンテンツとして」最適な価格・配信形態で提供することが必要と考えています。

加えて,今後,サブスクリプションモデルでの提供が浸透した場合には,専門書籍・専門雑誌はどのような価格帯で,どのような期間で,どういったアップデートでといった面まで考える必要があるはずです。外部の声に惑わされず,提供側(著作権者・出版社・電子書店など)がきちんと考えて展開しなければならないと筆者は強く考えています。

この先の日本の電子出版市場

最後に,2016年の日本の電子出版市場のキーワードと,この先の中期的な展望について考察します。

まず,2016年の日本の電子出版市場の動きとして注目したいのが次の4つです。

  1. リアル書店を使った販促
  2. 電子図書館
  3. 教育コンテンツとしての電子書籍
  4. 電子から紙の流れ

電子出版に関わっている人であれば,いずれも2015年に注目され,動きがあったものと捉えるかもしれません。こうした動きに対して,コンテンツホルダー(とくに出版社)が積極的に動くのが2016年ではないかと考えています。

リアル書店を使った販促に関しては,たとえば,BookLive!とTSUTAYAが展開するAirbookやhontoが提供する読割50といったサービスがすでに提供されています。こうした動きに対して,読者がどこまで利用するか,そのための施策を考えることがこの1年で重要になるでしょう。こうしたセット展開もそうですが,筆者としては,hontoと位置情報ゲーム「Ingress」のコラボのような,別のコンテンツとの組み合わせ,また,それに付随して,特定の書店の電子書籍のみで特典を付けるといったキャンペーンは効果があるように思います。電子出版が登場する以前から,紙の書籍や雑誌でもこういった取り組みはありましたが(例:特定の店舗のみで配られる販促品⁠⁠,今紹介した事例は,読者が電子書籍・電子雑誌を読む「スマートフォン内」で解決できる仕組みであること(この例ではIngressの限定アイテムの配布)が,大きなポイントと考えています。また,筆者としては単なる値引きをするよりもこうした展開のほうが可能性を感じています。

2つ目の「電子図書館⁠⁠,3つ目の「教育コンテンツとしての電子書籍」に関しては,出版社だけではなく,その受け皿である図書館(および相当の提供者)や教育側の意識と体験の変化が重要です。単に紙の置き換えとして電子書籍を使いたいだけでは難しいと感じています。既得権を守りたい人間の意識改革だけではなくて,⁠複数ユーザでの閲覧に対して,どのように配信していくか」という技術面での変化と改善が必要だと筆者は考えています。

最後の「電子から紙の流れ」については,この数年で電子オリジナルの電子書籍がいくつも刊行され,それを紙の書籍として販売していく動きも見えてきています。POD(プリント・オン・デマンド)を行う電子書店や出版社も増えてきました。また,前述の『LINEマンガ』の出版事業への参入もそうですし,紙→電子の一方的な流れだけではなく,電子→紙への動き,あるいは,Webの世界で昔から言われている「ワンソース・マルチユース」を実現するためのフローと仕組みの整備が重要になることでしょう。

その派生として,たとえば,1つのコンテンツに対して前編は紙と電子も同じ,後編は電子版のみアップデート,反応が良いアップデートを紙の書籍として改訂といった展開も考えられます。あくまで1つの例ですが,電子出版そのものが特別視されなくなることで,出版社を含めた提供側も新しい展開が生み出せると思っています。

まとめ:次の5年でどうなるのか?

最後にまとめです。今回のコラムを書くにあたって,展望というよりは振り返りとそれに対する考察が多くなりました。そのため,正直なところ「2016年の電子出版」というテーマで書きづらかったです(苦笑⁠⁠。

筆者としては,ようやく日本の電子出版が普通になってきたことの裏返しでもあると,前向きに捉えています。とは言え,まだまだ課題が多いのも事実です。先にお伝えしたとおり,制作面であったり,販売や提供の仕組みなど,とくに「ネットを使うための技術」に対しては,日本の出版業界はまだまだ弱いように感じています。加えて,ビジネスという点では古くからある商慣習とのぶつかりも壁になっていると思います。 ですから,この先,電子出版市場をさらに伸ばすには,

  • (出版業界として)IT/ネット技術を積極的に取り入れる
  • 必要以上に古い商慣習に固執しない
ことが,日本の電子出版市場の次のフェーズに入れると考えています。

過去5回のコラムでは「コンテンツ」が最も重要と伝えてきました。これは今回も変わらないですが,今後はその「コンテンツ」をどのように配信するか,配信部分をもっと意識していくことが求められると考えています。配信には,制作も,販売も,権利も含まれるからです。

出版業界もご多分に漏れず,IT/ネットのチカラが生み出している変化に直面しています。その変化を意識しながら,⁠ネット時代のコンテンツ」⁠ネット時代の配信」を考え,今後もさらに良い電子書籍・電子雑誌を提供し,業界全体がより良い形になっていくことを望んでいます。

著者プロフィール

馮富久(ふぉんとみひさ)

株式会社技術評論社クロスメディア事業室室長。

1975年生まれ。横浜市出身。1999年4月株式会社技術評論社に入社。入社後から『Software Design』編集部に配属され,2004年1月に編集長へ就任。同2004年9月に『Web Site Expert』を立ち上げ,同誌編集長に就任,現在に至る。その後,2008年9月に設立したクロスメディア事業部(現クロスメディア事業室)に配属。現在,社外活動として電子書籍を考える出版社の会の代表幹事やWebSig 24/7のモデレーター,TechLIONプロデューサーなども務める。過去にIPAオープンソースデータベースワーキンググループ委員やアックゼロヨン・アワード他各賞審査員などの経験を持つ。

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