ネットだから気をつけたい! 著作権の基礎知識

第5回「著作物」生き物である-「著作者人格権」いう不思議な権利

はじめに

(1)

私の会社(A社)では、社外のデザイナーに委託して新しいキャラクターを制作しました。当初は、地域限定のキャンペーンで短期間使用するだけの予定だったのですが、動画サイト等で⁠ゆるキャラ⁠として好意的に紹介され、あちこちから引き合いが来るようになったため、宣伝部では使用範囲を拡大し、キャラクターのデザインも大幅に改変して使い続けることを考えているようです。著作物の制作委託契約により、当社は既に制作したデザイナーからキャラクターの著作権を譲り受けているのですが、このような形で使用することに問題はないでしょうか?

これまでこの連載の中では、主に「財産権」としての著作権を取り扱う場面を念頭において説明を進めてきました。

「複製権」「翻案権⁠⁠、⁠公衆送信権」といった著作権を構成する権利(支分権)は、いずれも「著作権」の経済的側面に着目した権利であり、それゆえ著作者が第三者に対して利用を許諾したり、譲渡したりするなどして、⁠財」として処分することが可能だとされています。

そして、著作権のこのような側面は、目に見えるか見えないか、という違いがあるとはいえ、通常の「取引財」⁠工業製品や土地・建物など)とも少なからず共通するものですので、日頃私たちが行っているモノの売り買いと同じような感覚で取引を把握することも、十分に可能だといえます。

しかし、⁠著作物」の創作に伴って発生する権利は、⁠財産権」としての著作権にとどまるものではありません。

「引用」に関する本連載第3回の記事の中でも簡単にご紹介したとおり、⁠著作物」の創作者(著作者)には、⁠財産権」としての著作権とは別に、「著作者人格権」という権利(人格権)が与えられます。

そして、⁠公表権」「氏名表示権⁠⁠、⁠同一性保持権」といった権利によって構成される「著作者人格権」の最大の特徴は、「著作者の一身にのみ専属するもので、他者に譲渡できない」というところにあります。

著作物の創作行為は、著作者の人格の発露に他ならない行為であり、著作物は著作者自身の人格と深く結びついている。したがって、著作者が(財産権としての)著作権を譲渡してもなお、著作者人格権は著作者の人格的利益を保護する権利として、依然として著作者の元に残ることになる。

という説明がよくされますが、このような「著作者人格権」の存在ゆえ、上記(1)でキャラクターの著作権を譲り受けた場合であっても、著作物としての同一性を害するような改変は許されない、といった制約が課される可能性が出てくることになるわけです(これは「同一性保持権」の問題となります。詳しくは後述します⁠⁠。

ちょっと前に話題となった「ひこにゃん」をめぐる騒動などは、まさに著作権を譲り受けた後の⁠改変⁠⁠、という「著作者人格権」の問題が最大の争点となっていた事例だということができます。

「著作者人格権」の内容と条文上の制限

(2)

私の会社(B社)では、新しいウェブサイトの立ち上げ準備を進めていたところ、当初考えていたトップページのデザインがあまりに味気ないものだったことから、閲覧者に親近感を持ってもらえるように、イメージ画像として動物の写真を配置することになりました。

画像は専門の業者から購入した写真をデジタル加工して作成することにしたのですが、写真をそのままの形でウェブサイト上に配置しようとすると、全体のレイアウトに制約が生じてしまい、また、色合いのバランスも悪くなることから、最終的には縦横比率を微妙に調整した上で両隅をカットするとともに、色も少し控え目なトーンに変更しました。

ところが、ウェブサイト開設後しばらくして、自分が写真の「著作者」である、と主張する男性から、⁠自分の写真を使っているにもかかわらず、著作者としての自分の氏名が表示されていない⁠⁠、⁠自分の写真が無断で改変されている」というクレームが入り、写真を速やかにトップページから削除するよう要求されました。

業者との間では、購入後の用途や、写真をデジタル加工することについて合意した上で著作権譲渡契約を結んでいたのですが、B社は男性の上記のような要求に応じなければならないのでしょうか。

上記のような場合に、著作物を利用するユーザーが著作者の要求に応じなければならないのかどうか。それが、今回の連載の最大のテーマとなります。

先ほども触れたように、⁠著作者人格権」の代表的なものとして挙げられているのは、① 著作物を公表するかどうか、及び公表するタイミングを決定する「公表権」② 著作者の氏名を表示するか否か、及びその表示方法を決定する「氏名表示権」そして③ 著作者の意に反する改変を行わせない「同一性保持権」という3つの権利です。

他にも、著作権法上「著作者人格権」と位置づけられるものとして、名誉・声望を害する方法による著作物利用の禁止権(113条6項⁠⁠、出版権設定後の修正・増減権(82条⁠⁠、出版権消滅請求権(84条3項)などがあります。

(2)では、これらの権利のうち、⁠氏名表示権」「同一性保持権」が問題となる、ということは容易にわかるのですが、真の問題は「いかなる場合でもこれらの著作者人格権が優先するのか?」という点にあります。

著作権法の条文をよく読むと、それぞれの権利を規定した項の後ろに、例外として権利が制限される場合も同時に規定していることがわかります。

例えば、氏名表示権に関しては、

著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。

2 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従って著作者名を表示することができる。

3 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。

(以下略)

第19条(氏名表示権)

といったように、⁠著作者の明示的な意思がなくても一定の著作者名の表示方法を推定する」規定や、⁠著作者名表示の省略」を一定の場合に認める規定を設けていますし、同一性保持権に関しても、

著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする(第1項⁠⁠。

2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。

  • 1.第33条第1項(同条第4項において準用する場合を含む。⁠⁠、第33条の2第1項又は第34条第1項の規定により著作物を利用する場合における用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの
  • 2.建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
  • 3.特定の電子計算機においては利用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにするため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変
  • 4.前3号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

第20条(同一性保持権)

といったように、第2項が著作物の利用者サイドで改変することが許される場合について規定しています。

(2)で問題となっているような、⁠イメージ画像」としての写真の使用に際しては、撮影者たる著作者の氏名を表示しない方が一般的であるように思われますし(もっともそれが「公正な慣行」とはいえない、と言われてしまえばそれまでですが⁠⁠、写真に加えられた「改変」の中で、デジタル化するという行為の性質上「やむを得ないと認められる」⁠例えば解像度の関係で元の色が十分に再現できない等)ものについては、上記のような条文上の制限規定を活用できるようにも思えます。

もっとも、著作者個人の「人格的利益」を保護するもの、という著作者人格権の性格ゆえ、上記のような条文上の制限規定は、どうしても「例外的なもの」として謙抑的に解釈される傾向があります。

「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」について「同一性保持権」の行使を制限する第20条2項4号の規定などは、広く解釈しようと思えばいくらでも使い道はありそうなものですが、一般的には、

「やむを得ない」といえるのは第1号から第3号に列挙されている事由と同程度の(高度の)必要性がある場合に限られる」

という解釈が採られています。

そうなると、⁠レイアウト上の都合」といった程度の理由では、著作者による「同一性保持権」の行使を免れることはできそうもありません。

では、(2)で写真の改変を行ったB社は、必ず著作者の要求に応じなければならないのでしょうか。

実は、B社による写真の改変が適法なものとされる余地も、ほんの少しだけ残されています。次章では、著作物の円滑な流通を支える「実務の知恵」の一端をご紹介したいと思います。

「著作者人格権の強さ」を知らしめてくれる一例として、国語教科書副教材(教科書準拠解説書や準拠テスト等)をめぐる一連の訴訟があります。副教材を作成する以上、原文の一部を空欄にしたり、問題の解答に必要がない部分を削除する等の改変は不可避だと思われますが、裁判所は、⁠このような改変は、第20条2項1号にも4号にもあたらない(列挙事由と同程度の必要性がある場合とはいえない⁠⁠」として、同一性保持権侵害を否定しています(東京地裁平成18年3月31日判決⁠⁠。元々著作物の利用そのものについて著作権者の許諾を得ていないケースであり、しかも、それ以前の判決に比べれば同一性保持権侵害が認められる範囲は狭くなっている(挿絵を挿入したり、傍線等を付したりする行為については同一性保持権侵害を否定している⁠⁠、といった事情はありますが、もう少し柔軟な解釈はできないものか、と思わずにはいられません。

「著作者人格権」の不行使特約とその限界

冒頭でもご紹介したとおり、⁠著作者人格権」は著作者の一身に専属する譲渡不可能な権利、とされています。

しかし、著作物の中には転々と流通するものも決して少なくありません。にもかかわらず、上記のような原則を貫こうとすると、著作権者(≠著作者)から適法に使用許諾や権利譲渡を受けているにもかかわらず、⁠著作者がダメと言ったから」という一点だけで、著作物の自由な利用に制約が生じる、ということにもなりかねません。

また、このようなリスクが著作物の流通の妨げとなってしまう、という事態は、著作物を第三者に利用させることによってより多くの見返りを受けたい、と考える著作者にとっても本意ではないでしょう。

そこで、実務上よく用いられるのが、著作権を譲渡したり利用許諾したりする契約の中に「著作者人格権不行使特約」⁠著作者人格権放棄特約⁠⁠)を盛り込む、という手法です。

著作者人格権が、⁠著作者の人格そのもの」に根ざした権利であることからすれば、それを「放棄」するという発想は本来馴染みにくいはずですが、先に述べたような事情から、「特定の著作物について著作者人格権の行使機会を放棄することによるメリットは、著作者自身にも存在する」ということができ、それゆえ、双方の合意に基づきこのような特約を置くことも許容される、と考えられています。

そして、具体的には、契約の中に

「甲(著作権を譲渡する著作者)は、(著作権を譲り受ける者)及び乙から適法に本著作物の譲渡又は利用許諾を受けた第三者に対して、著作者人格権を一切行使しない。」

という条項(特約)を盛り込むことによって、著作権の譲渡(利用許諾⁠⁠、あるいは再譲渡(再利用許諾)を受けた者のリスクを減らし、譲渡ないし利用許諾の目的の範囲内において、安心して必要な改変等を行えるようにする、ということが、著作物を取引する場面では良く行われています。

(2)で、仮に、写真の取扱業者と著作者との間の契約等に上記のような条項が盛り込まれているのであれば、適法に著作権譲渡を受けているB社としては、著作者から権利行使を受ける云われはない、と反論することが可能になると思われます。

もっとも、B社にしてみれば、他人同士の契約の中でどのようなことが定められているのかを知る術はないのであって、写真の取扱業者と著作者の間で適切な処理がなされていない可能性もあることを考えると、突如現れた著作者によって著作物の利用が制限される、という⁠不意打ち⁠のリスクを完全に拭い去ることはできません。

「自由に利用できるキャラクターである」という説明を信じて「ひこにゃん」グッズを作っていた多くの事業者は、まさにこのようなリスクに直面することになりました。著作権ビジネスが発達し、著作権の流通を仲介する事業者(広告代理店など)も数多く生まれている今、著作物の利用者は、著作者と仲介事業者の間の契約内容どころか、著作者が「自身の著作物に対してどのようなこだわりを持っているのか」といった点についてすらも、仲介事業者を通じてでなければ把握できないのが実情です(著作権の利用許諾や譲渡を受けたユーザーが、著作者と直接的な接点を持っている方がむしろ珍しい、ということができるでしょう⁠⁠。
このような状況においては、仲介事業者が負うべき責任が重くなるのはもちろんのこと、利用する側にも、なるべく安全に利用を継続できるよう注意を怠らないことが求められることになります。

また、著作者人格権不行使の特約があるからといって、いかなる改変も許される、というわけではなく、⁠著作者の名誉・声望」を害するような態様での使用については、著作者はなお著作者人格権侵害を主張できる、という考え方が有力ですから、特約の存在如何にかかわらず、B社としては、度を過ぎた改変を行わないよう十分に配慮する必要がある、ということになるでしょう。

今年の春、大手SNS事業者が発表した、「ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします」という文言を含む新しい「利用規約」が物議を醸しました。既にご説明したとおり、このような特約は、企業間の著作物取引においては良く使われているものですし、一応の合理性も認められています。しかし、このケースでは、SNS利用者による批判の声が相次ぎ、結局、SNS事業者は、上記の文言を利用規約に盛り込むことを断念することになりました。
事業者側が、①SNS利用者(=著作者)にとって実質的な交渉の余地がない「利用規約」の中に特約を盛り込もうとしたことや、「著作者人格権の不行使」というフレーズが必要以上に刺激的に受け止められてしまったこと、そして、③新しい利用規約における利用許諾条件が「無償」とされていたことが、特約の合理性に疑義を抱かせ、騒動を招く原因になったのだと思われますが、いずれにせよ、不特定多数のユーザーが創作した著作物を利用してビジネスを行おうとする事業者にとっては、教訓とすべき事例だということができると思います。

「著作者人格権」のこれからの行方

近年、デジタル化、ネットワーク化の進展に伴い、誰でも自由に「著作物」を創作し流通させる環境が整ってきたこともあって、法改正や新たな立法により、現行の「著作者人格権」を制限しようという動きが出てきています。

その背景には、既に見てきたような、⁠著作(財産)権を適切に処理しても、⁠著作者人格権」の存在ゆえに利用に制約が出る可能性がある」という問題に加え(特に「同一性保持権」には、⁠著作物の表現の変更を認めるか否か⁠という点で、著作(財産)権中の「翻案権」と重なる部分があり、まさにこのような問題に直面することになります⁠⁠、著作権法に設けられている以下のような規定の存在も影響していると考えられます。

この款の規定(注:第30条以下の著作権の制限規定)は、著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない。

第50条

この規定がある限り、著作権保護と著作物の円滑な利用を調整するための規定として設けられている「私的使用」「引用」といった規定が「著作者人格権」の前では無力なものになってしまいますし、今後、著作物の利用促進のために、⁠フェア・ユース」規定を含む新たな著作(財産)権の制限規定をいくら導入しても、利用者が完全に免責されることにはならない、という帰結になってしまうのです。

このような帰結により不都合が生じることを防ぐために、世の中ではこれまで様々な解釈論が展開されてきました。しかし、現に「著作者人格権」「権利制限規定も含めた著作(財産権)に関する規定」を別物として扱う規定が存在している以上、⁠現実に争いになった場合に大丈夫だろうか?⁠という不安はどうしても残ってしまいます。

「インターネットを活用したコンテンツの流通促進」が大きな政策目標として掲げられている状況を考えれば、今後は現在の著作権法における「著作者人格権」の存在意義自体を問い直す動きがより強まってくることでしょう。

「新しい著作物を創作する」という行為は、それ自体価値の高いものであり、そのような行為によって生み出された著作物に対する著作者のこだわりも、十分に尊重されるべきだと思います。

しかし、だからといって、著作物の利用に伴って生じる常識的な範囲の改変行為まで著作者の一存によって禁止される、と解したのでは、著作物の円滑な流通の促進など望むべくもありません。

そもそも、現実に「著作者人格権」侵害が問題になったケースの中には、著作(財産)権の譲渡(利用許諾)時に著作者が当初意図した条件で契約できなかったため、同じ目的を達成するために、あえて「著作者人格権」を持ち出したのではないか、と推察されるものさえあります(いわば、権利処分後の⁠蒸し返し的権利行使⁠ともいうべきものです⁠⁠。⁠如何なる権利も濫用してはならない」という社会の基本的なルールを、私たちは今一度見つめなおす必要があるように思います。

今後、⁠著作者人格権」がどのような運命を辿っていくのか、ここで予測することは極めて困難ですが、著作権制度が、著作者(著作権者)の利益と利用者の利益の双方に配慮して設計されたものであること、そして、⁠著作者人格権」も基本的にはそのような制度の枠の中で認められている権利であること、を考えれば、方向性は自ずから見えてくるように思えてなりません。

今、実務で問題となっている「著作者人格権」をめぐる話題は数多く存在しており、ここで取り上げたものは、そのほんの一端に過ぎませんが、今回の連載が、皆様にとって、⁠著作者人格権」という不思議な権利に思いを馳せる一つのきっかけになれば、望外の幸いです。

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