ネットだから気をつけたい! 著作権の基礎知識

第7回保護期間延長論争の陰にある現実

はじめに~除夜の鐘とともに消えゆくもの

もうすぐ迎える年の暮れ。除夜の鐘を聞きながら、まさに終わらんとする⁠ゆく年⁠のことをあれこれと思い出して毎年しんみりとされている方もいらっしゃることでしょう。

そして、除夜の鐘とともに終わるものがもう一つ。

……そう、⁠著作権の保護期間」です。

著作権法には、著作権がいつまで続くのか、ということを定めた規定があり、著作物の種類によって何パターンかの規定が設けられているのですが、いずれも、以下のような規定になっています。

基準日が属する年の「翌年」から起算して、⁠X年を経過するまでの間」⁠著作権が)存続する。

そして、基準日が属する年の翌年の年末に1年経過、さらにその翌年の年末に2年経過…と続いていくことになり、X年が経過した年の年末に、著作権の保護期間が満了する、ということになるのです。

通常の著作物の場合、⁠著作者の死後50年を経過するまでの間」著作権が存続する、とされていますから、今年の大晦日には、⁠1958年中に著作者が死去した著作物」の著作権が存続期間満了により消滅することになります。

皆様ご存知のとおり、⁠著作権の保護期間」に関しては、延長すべきかどうか、という観点から激しい論争が続けられています。

国際的な制度調和(米国等では著作権の保護期間が著作者の死後「70年」に延長されている)や著作権者(及びその相続人)の利益保護を掲げる保護期間延長賛成派と、著作権者以外の人々による著作物の利用・流通の機会が減少することを懸念材料として挙げる延長反対派。

政府の審議会から公開シンポジウムのような⁠場外戦⁠まで、華やかな、だが先の見えない議論(アピール合戦?)が展開されているわけですが、その陰で、⁠保護期間」のルールを前に、日頃頭を悩ませている実務者やユーザーが多い、ということには、あまり注目が向けられていないようにも思えます。

そこで、今回は、⁠保護期間」に関するルールが、実務にどのような影響を与えているのかを「使う側」の視点から見ていきたいと思います。

ネット上の世論などを見ると、保護期間延長に反対する声が目立ちますし、産業界でも一部の業界を除けば延長反対に親和的な雰囲気が感じられますが、この問題は著作権法の目的はどこにあるか、という点にもかかわってくるものでもあり、いずれの立場が優れているか、という判断を客観的に行うのはなかなか難しいものがあります。

見えない起算点(1)~名もなきコンテンツの行方

(1)

X社の総務部で創立記念誌の編纂を担当しているAさんが、会社の歴史を象徴するような過去の写真を探していたところ、ある自治体関係者B氏から、1950年代後半の活気あふれるX社工場の様子を映した写真が残っていることを知らされ、記念誌発行のために寄贈しても良い、との申し出を受けました。

Aさんは、⁠その時代の写真はちょうど足りなかったところで、まさに渡りに船だ」と、喜んだのですが、よくよく聞いてみると、その写真は庁舎の倉庫の中に眠っていたものをB氏がたまたま見つけ出したもので、誰が撮影したものか、過去に公表されたものなのかどうか、といったことを知っているものは誰もいない、ということが分かりました。

Aさんは、果たしてこの写真を記念誌の中で使ってよいものかどうか、仮に使うことにするとして、どういった手続きを踏めば良いのかと、悩んでいます。

先ほども少し触れたように、⁠著作権の保護期間」に関するルールは、著作物の種類によって分かれています。

整理すると、以下の内容になります。

①一般の著作物…著作者の死後50年を経過するまでの間

②無名又は変名の著作物…著作物の公表後50年を経過するまでの間
⁠ただし、存続期間満了前に著作者の死後50年を経過していると認められる場合には、死後50年を経過していると認められる時に消滅する)

③団体名義の著作物…著作物の公表後50年を経過するまでの間
⁠創作後50年以内に公表されなかったときは、創作後50年を経過するまでの間)

④映画の著作物…著作物の公表後70年を経過するまでの間
⁠創作後70年以内に公表されなかったときは、創作後70年を経過するまでの間)

原則はあくまで「著作者の死後50年」ですが、⁠個人」が著作者でない場合には、⁠死亡時」という基準を観念することはできませんから、⁠公表後○○年」というルールと使い分けることにも合理性が認められる、と言えるでしょう。

問題は、著作物の中にはのいずれのルールを適用すべきかが判然としないものが多く、また、適用するルールは明確でも保護期間の起算点がどこになるのか分からないものが多い、ということにあります。

たとえば、(1)の事例で挙げたX社工場の写真は、⁠写真の著作物」にあたりますので、原則に従って考えるなら、著作者(写真の撮影者)の死後50年を経過するまでの間は、著作権が存続している、ということになりそうです。

しかし、この写真の性格を考えると、撮影者が誰なのか明らかにされないまま公表された「無名又は変名の著作物」にあたる可能性がありますし、この写真が庁舎の倉庫に眠っていた、という事情を考えると、自治体の職員が業務の一環で撮影し、「団体名義の著作物」として公表された(あるいは公表されることが予定されていた)ものである、という可能性も出てきます。

この事例ではそもそも「誰が撮影したものか分からない」以上、どうしようもない状況だと言わざるを得ないのですが、仮に撮影者が特定できたとしても、⁠撮影の経緯」「公表の経緯」等の事情が分からなければ、のいずれのルールを適用すべきか、という答えは出てこないわけで、50年遡った時代に生み出された著作物についてそれらを調べ上げるための労力がどれほどのものか、ということを想像すると、読者の皆様にも、Aさんの苦労をお察しいただけるのではないでしょうか。

ちなみに、もしこの写真が、⁠撮影後すぐに公表された無名の著作物」にあたるものであったり⁠、⁠自治体名義の著作物として創作・公表された著作物」であったとすれば、公表(創作)後50年の経過により、許諾を得ることなくX社の記念誌に掲載することも可能となるはずです。

しかし、現実には、そんな危ない橋を渡れる実務担当者は多くありませんし、法務の担当者も、聞かれれば「やめておけ」と答えることでしょう。

かくして、掘り出された写真は日の目を見ることなく、再び眠り続けることになります……。

なお、著作者不明の場合に著作物を利用するための方法として、⁠文化庁長官の裁定」を受ける、という制度があります著作権法67条⁠。しかし、元々使い勝手が良いとは言い難い制度である上に、対象が「公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提示されている事実が明らかである著作物」に限られているため、⁠1)の事例のような場合にBさんが用いるのは厳しい面もあるのではないかと思います。

作品を見ただけで、誰が著作者で、保護期間がいつまでか、といったことを瞬時に判別できる著作物などそうそうあるものではありません。

原則的な基準を「著作者」という「人」に置き、⁠公表」時基準で補完する、という現在の「保護期間」に関するルールの基本思想自体は合理的なものといってよいと思いますが、世の中にあふれている著作物の多くが、⁠著作者がどこの誰か分からない」⁠当事者以外に作成・公表経緯を把握しているものもそんなにはいない」といったシロモノであることを考えると、クリエイター、ユーザー双方にとって、より著作物を使いやすい、使わせやすいルールづくりを進めていく必要があるのではないかと思います。

見えない起算点(2)~法改正の狭間で

「公表された映画の著作物」のような、いわゆる⁠メジャーな著作物⁠の場合、多少年代を遡っても、著作権保護期間の判別は容易であるように思えます。

しかし、最近になって、そんなメジャーな著作物でも保護期間をめぐって混乱することがある、ということを証明するかのような事案がいくつか登場してきています。

例えば、昨年から今年にかけて相次いで出された、故・黒澤明監督の映画DVD販売をめぐる東京地裁、知財高裁の判決では、

「本件映画の著作権の存続期間は、旧著作権法(注:1971年改正前の著作権法)によれば、⁠略⁠⁠・少なくとも著作者の1人である黒澤監督の死亡した年の翌年である平成11年から起算して38年間(注:旧著作権法に基づく保護期間)存続する」

(知財高裁平成20年7月30日判決)

として、公表後の一定年数経過(公表時基準)により著作権の保護期間が満了した」という廉価DVD販売会社側の主張が退けられました。

映画の著作物の保護期間に「公表時」基準が適用されるようになったのは1971年の著作権法改正以降で、旧著作権法下では「著作者」基準が採用されていましたし、監督個人を映画の著作物の著作者とする解釈も従来から唱えられていたものです。

そして、経過規定により、旧法に基づく著作権の存続期間が改正後のルールによる期間よりも長いときは旧法に基づく期間が適用される、とされていますから、法解釈としては上記のような判断は決して不自然なものではない、ということになります。

しかし、これら一連の判決が出されるのと相前後して、1953年公開の映画(⁠⁠ローマの休日⁠⁠、⁠シェーン⁠⁠)について、⁠保護期間が満了し、著作権が消滅している」という裁判所の判断が示されていました。そのこととあわせて考えると、1953年以前に公開された「黒澤映画」の著作権が保護されたという事実に違和感を抱く人も決して少なくないのではないでしょうか。

これらの事案が結論を違えた背景に、映画の著作者が法人と認定されたか(⁠⁠ローマの休日⁠⁠、⁠シェーン⁠⁠、それとも監督個人と認定されたか(⁠⁠黒澤映画⁠⁠)という違いがある、というのは判決の中でも指摘されていることですが、⁠ローマの休日」「シェーン」における「監督」の地位と、ほぼ同時代に大手映画会社の配給作品として製作された「黒澤映画」における「監督」の地位にそこまで大きな違いがあったとは思えず、結局、上記の差異は、単に権利を主張しようとする側がどのような主張をしたか、という違いに過ぎないようにも思えます。

そして、裁判所が示した結論の是非はともかく、⁠製作に関わったのが誰か」「公表の経緯」等がはっきりしている⁠メジャーな著作物⁠であっても、法改正等の事情により権利保護期間を容易に判別できなくなる事態が生じうる、ということは、一つの教訓として、今後の法改正を考える際に、頭に入れておく必要があるのではないか、と思われるのです。

翻案を繰り返している著作物の「公表時」の問題や、一部の外国国民が著作者となる著作物に関する「戦時加算」の問題など、過去の著作物の保護期間の算定を困難にしている要素は、他にもいくつか挙げることができます。
結局のところ、権利を管理している側が「権利保護期間が満了した」と宣言でもしてくれない限り(このような宣言を自主的に行う権利者はそうそういないと思いますが…⁠⁠、利用する側としては(権利者との交渉を経ない限り)安心して著作物を利用できないような状況が現に存在している、といわざるを得ません。
ネット上では、⁠某世界的アニメキャラクターの著作権が実は切れている」といった類の情報もよく見かけますが、これにしても、様々な解釈が可能である以上、⁠自由に使うことのできる著作物」として扱うことは躊躇われるのが実情です(後述する「ピーターラビット」の事件もご参照ください⁠⁠。

著作権は消えても権利は残る?

(2)

長年にわたり国民的人気を誇っているキャラクター「M」の著作権が保護期間満了によって消滅した、というニュースを見かけたY社宣伝部所属のCさんは、⁠M」を一部改変した自社オリジナルキャラクターを新たに製作することを思いつきました。

しかし、広告代理店Z社に打診したところ、同社の担当者は、⁠○○○(Mの創作者の著作権を管理するプロダクション)が怒るからやめておいた方がいいですよ」と難色を示しました。 法務部に相談に来たCさんは、⁠パブリックドメイン』になっている著作物を使うのがなぜいけないんだ、代理店を替えてでもこの話を進めたい」と憤っているのですが…。

一般的な解説書等では、著作権の保護期間が満了した著作物は「パブリックドメイン」⁠公共財)となり、誰でも自由に利用することができるようになる、とされています。

しかし、現実はそう単純なものではありません。

まず、著作権法上は、著作者の死後も「著作者人格権第5回参照)の侵害となるべき行為」を禁止する、という規定が設けられています。

著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなった後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

第60条(著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護)

上の条文を見る限り、著作者人格権侵害行為が禁止される期間に制限はありませんから、理屈の上では著作権保護期間の満了後(著作者の死後50年経過後)も、著作物の利用行為に何らかのペナルティが課される可能性があります。

違反した場合に差し止め等を行うことができる請求権者が限られていること(時間的制限なく請求権を行使できるのは二親等以内の親族に限られる)や、ただし書きの存在ゆえ、実際上の制約は大きくない、という見解もありますが、上記規定に違反した場合は、著作者の遺族による差止等の請求を受ける可能性があり、しかも、場合によっては刑事罰まで受ける可能性があることを考えると、著作物が「パブリックドメイン」になったからといって、迂闊に改変等を加えることは憚られます。

また、ここでもう一つ気をつけなければいけないのは、知的財産を保護しているのは「著作権」だけではない、ということです。

例えば、(2)の事例で、⁠M」の著作権者、あるいは著作権者からライセンスを受けて「M」を使用している会社が、⁠M」のデザインを商標登録していた場合には、商標権の効力により、⁠M」と類似したマークの使用は禁止されることになりますし、⁠M」がY社の同業者のイメージキャラクターとして長年使用されているような場合であれば、不正競争防止法上の問題も出てきます。

個人が趣味として楽しむ場合であればともかく、営利事業者が事業の一環として用いる場合には、⁠パブリックドメイン」になったコンテンツといえども気安く使用することはなかなか難しい、ということになります。

商標権は、権利者が一定期間、営業上の「標識」として特定の商標を使用することにより付加される無形のブランドや信用を保護する権利ですから、権利者が使用し続ける間は無制限に更新し続けることが可能です。また、著作物として誰もが利用できる状態にあるとしても、それを用いることによって、第三者が手がけている事業との混同が生じてしまうのであれば、実質的にも、使用が制約されるのはやむを得ない、ということになると思われます。

なお、保護期間が満了した後であっても、依然としてそれまでの著作権を管理していた会社や団体が、原画や記録媒体(映画のフィルムなど)を管理している場合があります。

デジタル化が進んだ現代では、原画等によらなくても、質の高い複製物を製作することが比較的容易になっていますが、それでも、商業的な利用を行おうとする場合等には、従来の管理主体にアクセスして「著作物を使わせてもらう」必要に迫られることが決して少なくありません。

こうしてみてくると、企業の担当者にとって、⁠パブリックドメイン』になったから自由に使える」という一般的な解説も、実務上はあまり救いにならないことが分かります。

「著作権」だけで世の中が動いているわけではない、という当たり前の現実を、ここではしっかり押さえておく必要があります。

なお、著作権の保護期間が満了した「ピーターラビット」を商品のデザインとして使っていた会社が、「パブリックドメインになった後も、従来の著作権者が依然として著作権表示を付して著作物を管理しているため、自社の商品の小売店での取扱いが拒否される等の不利益を被った」として提訴した事件がありました。確かに、⁠パブリックドメイン」になっているかどうかを当の権利者以外の一般人(事業者)が知ることは困難ですから、⁠著作権が切れているにもかかわらず『著作権表示』⁠©マーク)を付し続けるなんてとんでもない」という当事者の思いは良く分かります。
しかし、結果として、裁判所は「元・著作権者側に著作権に基づく差止請求権がないこと」こそ確認したものの、それ以外の主張・請求(⁠⁠著作権表示」が品質誤認表示にあたる等)を認めておらず(大阪高裁平成19年10月2日⁠⁠、このような状況に直面した会社が⁠人々の誤解⁠にどう対処すべきか、という課題は、依然として残されたままとなっています。

保護期間をめぐる制度設計に求められるもの

さて、ここまで、⁠著作権の保護期間」に関するルールと実務の現実をご紹介してきました。

これはあくまで、⁠使う側の実務的視点⁠からの見方に過ぎず、他にも様々な見方、捉え方はあると思います。⁠著作者の人格的利益も含めた)⁠権利」を何よりも優先する立場をとるのであれば、

「⁠⁠パブリックドメイン』になったからといって、気安く使えるなんて考える方がおかしい。著作者(著作権者)の利益保護のために少々の不利益は甘受せよ」

という意見が出てきても不思議ではありませんし、特に営利的事業で他人の著作物を活用しようとするユーザーにとっては、これも傾聴に値する意見というべきなのかもしれません。

ただ、⁠著作物」の多くが、何かしらかの形で人々の目に触れ、利用されることを前提とされているものであることを考えれば、ユーザーの側にも一定の配慮をした上で制度設計しないと、創作の目的自体が達成されないということにもなりかねないのも事実です(倉庫の奥に眠っていた写真の話などは、まさにその際たるものでしょう⁠⁠。

仮に今後、著作権の保護期間に関して何らかの改正が行われるのであれば、改正によってよりルールが複雑化しないようにする、とか、⁠保護期間内にあるかどうか分からないために利用できない著作物」を少しでも減らせるような方策を整える、といった配慮をしていただきたいものだ、と、一実務担当者としてはささやかに願う次第です。

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