Webクリエイティブ職の学び場研究

第2回 面白法人CTO貝畑政徳氏に訊く(後編)―限界と向き合い,1クリエイターとして突き抜けていく

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「使えない経験値」をばっさり捨てられるかどうか

「あれ,なんだかんだいって何も変わってないな,自分……」と思い当たってしまった人は,これまでに培ってきた経験値と決別する覚悟が必要になってくるかもしれません。

貝畑さん「経験値にも長く活かせるものと活かせないものがあって,使えない経験値はばっさり捨てられるのが⁠変われる力⁠ですよね。開発フローの知識やマネジメントのスキル,ものづくりのセンスとかデザインセンスは活かし続けられるけど,活かせない経験値はばさっと切って,すぱっと次の考え方に切り替える。その力があれば,今後何歳になっても問題ないかなって思っています」

ばさっ,すぱっ,これが結構大変。⁠変われる力」って一口に言っても,分解すると次の4つくらいは必要になってくるのではないでしょうか。

 変われる力

1情勢や事情に応じて自分の経験値を「使える経験値」「使えない経験値」に分類する能力
2「使えない経験値」は,汗水流して培ってきた経験・能力でも潔く捨てられる心意気
3「使えない経験値」に代わって,新たに身につけるべき能力・経験を特定する能力
4自分ができない/わからないことを新たに習得していく学習能力と高いモチベーション

歳を重ねるほど,経験は積みあがる一方,新しいものを習得するのは大変になっていくもの。自分が積み上げた経験を尊ぶ気持ち,新しいものを習得するのが億劫だったりしんどかったりする気持ちと真正面から向き合えないと,実際に「変わる」ことは難しいかもしれません。

また「使えない経験値」をばっさり捨てても自分の中に「使える経験値」が残る状態をつくっておかないと,ここぞというときに手放せないんじゃないかな,とも思います。捨てたら何にも残らないという不安感を抱えながら自分の財産をばっさり捨てるって,なかなかできることではありません。だからこそ,前編で取り上げたような基礎体力づくりは,本当に重要なことだと思うのです。

広がるWeb業界,業種も垣根がなくなっていく

では,カヤックではWebクリエイティブ職の中長期的なキャリアをどう考えているのでしょうか。これというキャリアパスを体系立てて示すことはしていないそうですが,その背景を伺ってみました。

貝畑さん「Webの業界が,僕の中では広がっているイメージがあって,たとえばソーシャルゲームが出てきたことで,ゲーム業界とつながっていると思うんですよ。ゲーム業界からWebの業界に来る人が増えているし,逆もある。Web業界の中でも,プロモーションの仕事をしていた人が大手の広告代理店に行くとかできると思うし,そうやって垣根を越えて行けるような世界に広がっている印象があります。

だからあんまり体系立ててキャリアモデルを示すこと自体が難しくて,個々人でフィットするものを選択していかないといけないのかなって気がする。個々人で将来のビジョンも違うので,型にはめるのは難しい気がしますね」

会社と個人のビジョンを重ね合わせていくこと

業種も垣根がなくなっていくし,職種も分化したり融合したり新しい専門領域が生まれたりと変化が激しい。そして当然,一人ひとりの将来のビジョンも異なる。そんな中でカヤックが大切にしているのは,本人と1対1で話す時間をもち,会社のビジョン,各組織のビジョン,個人のビジョンを重ね合わせていくことだそう。

貝畑さん「やりたいことをやれる環境は作っているけど,やっぱり会社のビジョンと各組織のビジョンと個人のビジョンというのがあると思います。

会社と個人のビジョンが極端に異なるところにある場合,自分の目標と成長プロセスを考えると,会社のビジョンとの間に違和感が生じると思うんです。そういう時には話し合って,会社の将来のプロセスを具体的に語ったりしながら,個人と会社のビジョンをうまく融合させていくようなことはしています。まず1対1で話して,後は180度評価で同じ目線で語り合う場をもっていく。きちんと階段を昇れているかチェックしてあげるのが重要だと思っています」

半年に一度のタイミングでジョブローテーションの仕組みがあり,エンジニアからディレクターや管理系に職種転換を希望する方もいるそうです。また,技術的な限界が来たなというとき,マネージャーになったほうがいいとか,それなりの方向性を示すこともあるそう。ただ,そのときにも突然「君はマネージャーの勉強をしてください」みたいなことにならないよう,普段からマネジメントスキルを身につけられる環境を作っている(詳しくは前編参照⁠⁠。それで「あ,この人マネージャーできるな」って思ったら「マネージャーやる?」って話をするのだそう。

本人がそう小難しいことを考えなくても,この環境でやっていれば勝手にどこでも通用する人間になっている。そんな組織にしたいとのことでした。

技術的な限界とどう向き合うか

それにしてもWebクリエイティブ職にとって⁠技術的な限界⁠とはなかなか無視できないテーマでは?貝畑さんは「好きな分,技術的な限界を感じる」と自然体で口にします。そこで率直に,技術的な限界とはどういうふうに感じるものか尋ねてみました。

貝畑さん「僕は単純に,もう覚えられないと思いましたね,新しいものを(笑⁠⁠。勉強するのがしんどくなっちゃって。自分が作りたいものを作る技術はもうあって,そこを追究する気はもうない。僕は作りたいものが先行するタイプなんですけど,作りたいものが一人でできないと,いろんな人の力を借りなきゃいけないから,じゃあ僕はもう開発は抑えてディレクション業務をやろうって発想になっていたりとか」

自分の今を静かな目で観察し,それを正面から受け止めて,自分のなすべきことを自在に変容させていくしなやかさが感じられて,まさに「変われる力」を体現しているように思いました。

1クリエイターとして突き抜けている姿を見せる

取材の最後に,ご自身のデスクにて一枚撮らせていただきました

1取材の最後に,ご自身のデスクにて一枚撮らせていただきました

最後に,貝畑さんご自身の今後のキャリア観について伺ってみると,先の「勉強するのがしんどくなっちゃって」が並大抵の勉強ではないことが伝わってきます。

貝畑さん「普通に考えると,僕はCTOなので経営をやっていかなきゃいけなくなるんだろうなぁと感じているんですけど,技術の代表としては,好きなことやっていけるんだっていう姿を見せたほうが,カヤックで働く他のエンジニアはテンションあがると思っているんですよ。

今ゲームを自分で開発しているんですけど,その姿を見せて,⁠CTOでも自分で作っちゃうのか,すげえな⁠みたいな,⁠しかも一番早く作っちゃうんだね⁠って姿を見せて,1クリエイターとして突き抜けているってことが,まぁ一番いいのかなって。それをやるときに僕はどういう努力をしているかとか,どういう技術を磨いているか,どういう考え方をしているかってところが伝わっていけばいいんじゃないかなって思ってはいますけどね。まぁ,やりたいことやりたいだけなんですけど……(笑⁠⁠。

そのかわり,相当やってるんで,そこまでやらないと好きなことはやれないんだよっていう,なめんなよっていうアピールはしていますね。そんなやりたいことだけやって,ずうずうしいこと言うな!みたいなところも,日々伝えながらやっています」

可能性とあわせて,それを実現する厳しさも伝えていく。そして何より,その姿を上司として間近で見せ続けていく。カヤックには「生涯1エンジニアでいたい」という人も多いそう。目の前にこんなCTOがいてくれることは,おおいに刺激的だし,支えになるだろうなぁと思いました。

次回以降もいろんな刺激をお届けできるよう,方々訪ね歩いていきたいと思いますので,ぜひ末永くおつきあいください。

著者プロフィール

林真理子(はやしまりこ)

株式会社イマジカデジタルスケープ トレーニングディレクター。1996年より一貫してクリエイティブ職のキャリア支援事業に従事。デジタルハリウッドやエン・ジャパンを経て,2005年より現職。Webに関わる実務者を対象に,クライアントの社員研修や個人向け講座の企画コーディネート,カリキュラム設計,教材開発,講座運営,評価などのインストラクショナルデザインを手がける。日本キャリア開発協会認定CDA,日本MBTI 協会認定MBTI 認定 ユーザー。

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