Webクリエイティブ職の学び場研究

第5回VOYAGE GROUP執行役員CTO小賀昌法氏に訊く(前編)―成長をサポートする仕組みと文化をつくる

まずは「経営理念」に共感できるかどうか

価格比較サイト『ECナビ』を主力サービスとして、国内外で多角的にインターネット関連事業を展開するVOYAGE GROUP(ボヤージュグループ)。今回は、同社執行役員CTOの小賀昌法さんにお話を伺いました。

VOYAGE GROUP執行役員CTOの小賀昌法氏
VOYAGE GROUP執行役員CTOの小賀昌法氏

2011年10月1日、ECナビから社名変更したVOYAGE GROUPは、グループ全体の事業ドメインを『インターネット分野における事業開発』と位置づけて、さらなる大海原へと出航しました。昨年には経営理念も刷新。これに基づいてグループ全体の採用基準や人事制度も、小賀さんのほうで統一化を図ってこられたそうです。

小賀さん「これまでは各事業部や子会社に任せていましたが、昨年ぐらいから、全社としてどういう人材が必要なのかとか、その人材を見極めるためのノウハウを私のほうでまとめていまして、今は、グループの統一感が出せてきているかなと思います。また昨年は、私自身も役員として参画し、経営理念の刷新を行いました。SOULとCREEDからなる弊社の経営理念に共感できるかどうか、これが職種問わず第一の採用基準と考えています」

「経営理念」って聞くと、形ばかりの⁠大義名分⁠的イメージをもたれる方もいるかもしれませんが、今回の取材で感じたのは、VOYAGE GROUPの経営理念がとことん現場で体現されていること。それだけに「経営理念に共感できること」は欠かせない採用基準なのでしょうね。今回は、VOYAGE GROUPがどんなふうにSOULとCREEDを現場に展開し、人材採用・育成を実践しているのか、たっぷりお届けしたいと思います。

SOULとCREED
SOULとCREED

「経験」ってあんまり意味がない

職種問わず「経営理念に共感できること」は大前提として、ではエンジニアやWebクリエイティブ職に求めるのはどんなことでしょうか。

小賀さん「エンジニアに対して、⁠経験ってあんまり意味はないよね⁠ってことは言っていますね。弊社は『人を軸とした事業開発会社』と謳っています。既存事業もどんどん伸ばしていきますし、新しい事業もどんどん作っていきたい。新しい事業はもちろん、既存の事業であってもこの業界同じことをやっていたら1年後には衰退していくのが見えているので、既存事業を伸ばすのにも当然新しいことをやっていかないといけない。なので、経験というよりは、入ってから新しいことを自ら学び、自ら成し遂げていく人材を採用したいと思っています」

「経験」ではなく「能力」を評価する面接法

とはいえ、選考の場で「自ら学び、自ら成し遂げる」能力を測るのって難しいですよね?どんなふうに評価しているのでしょうか。

小賀さん「面接の場では、職務経歴の話を訊きます。その中で重視しているのは、より具体的に自分のやってきたことを語れるか。⁠こういうサイトを作りました』とか『こういう技術を作りました』というときに、⁠あなたは具体的に何をやったんですか?』とか『それを作ったときにどういう考え方をしましたか?』とか、具体的に訊いていきます。

デザイナーであればポートフォリオを見せてもらって、⁠どんな意図で?』⁠想定したユーザーは?』⁠そのユーザーのどんなことを解決しようとしてデザインしたんですか?』といったことを訊きます。そのときに自分の言葉で語れる人っていうのは、自分の頭で考えて物事を進めていける人だと考えて、そこを重視しています。

なので、単純に『大規模開発を経験しました』とかで評価はしません。たとえ小規模であっても、逆にそのほうが個人の裁量が大きかったりするので、その中で考えなきゃいけないことはたくさんあると思っています。そういったところを自分で考えて、アウトプットしている人。そこを評価したいと思っています。知識があるなしじゃないですね、それは。

また技術的なところで言うと、弊社ではいろんなプログラミング言語を使っていますが、たとえば採用部門の開発環境がRubyだったとしても、Rubyの経験が2年以上とか、Rubyの経験がないとダメっていうふうにはしていないですね。そのかわり、1つの言語をきちんと自分の道具として使いこなせることを重視します。ちゃんと1つの道具を使いこなせている人は、他の道具にスイッチするときにコストが低いだろうと考えるからです」

経験をひも解いて、能力を導き出す

過去の経験を、規模の大小/期間の長短/項目の多少だけで捉えず、結果までのプロセスを丁寧にたどって、⁠その過程で発揮された能力」「その経験によって身についた能力」を評価する。そして何より重視するのが、それを自分の言葉で語れるかどうか。そこにこそ、⁠自ら学び、成し遂げる姿勢」が感じ取れるし、⁠過去の経験を再現性あるスキルとして昇華しているか」⁠自分の中に定着させられているか」も見えてくるわけですね。また、今ある能力が「今後どんな応用可能性をもつか」も重要なポイント。広く浅くプログラミング言語を知っているより、1つの言語を深く習得していることを求めるという見方は、その好例ですね。

選考場面では必ず過去の経験を訊かれるものですが、⁠経験をもとに能力をみている⁠⁠、この関係を見誤っちゃいけないですね。経験を説得材料に、自分の獲得している能力や今後の可能性を示せなければ、成功体験を話すこと自体に本質的価値はないし、それが伝えられれば過去の失敗体験だって十分アピールになるはずです。

と、なんだか面接ノウハウみたいな話になってしまいましたが、1つのプロジェクトが終わった節目などにも、そのプロセスを丁寧にたどって自分の発揮・獲得した能力を言葉に表してみたり、それが今後どんなふうに応用・発展させられるか考えてみることは、とても有意義だと思いますよ。

目の前で問題を解いてもらうことも

さて、VOYAGE GROUPの面接では、その場で問題を出して目の前で解いてもらうことも重視しているそう。これは、やり方次第でいろんな能力が明らかになりそうですね。

小賀さん「簡単な問題を出して、ホワイトボードにプログラムを書いてもらったり、設計図を書いてもらったり。そこも単純に答えを知っているかどうかということではなく、どういうふうに考えて組み立てていくかとか、こちらが何か指摘したときにどんな回答をするかをみます。問題は、けっこう曖昧な仕様で渡すんですね。なので、確認しなければ本当はアウトプットが出せないはず。なのに、確認しないで自分の考えだけで進めちゃう人もいる。きちんと『ここってこういうことでいいんですよね?』って確認がとれる人かどうかとか、そういったところを重視してみています」

こうしたスタイルを取り入れたい企業は、問題を解ける解けないだけで判断せず、簡単で少し曖昧な問題を用意しておき、アウトプットに至るまでのやりとりも含めた評価をするのがポイントですね。

教えるのではなく、成長をサポートする仕組みと文化をつくる

では、こうして採用した人たちの入社後の育成に関しては、どのような考えをおもちなのでしょう。

小賀さん「育てるってことは、すごく大事なことだと思っています。ただ私個人としては、教育というか、教えるということはできるだけしたくない。いわゆる内発的動機付けというんですかね。本人に成長したいとか、これを成し遂げたいという思いがあって、その思いをサポートする仕組みづくりとか、そういう文化がある環境づくりを基本に考えています。

なので、本人の学びたい意欲に対して、それをサポートする勉強会であったり、会社のほうで費用負担して外部の有償のものに出られるようにしています。本人の成し遂げたいことと、会社の事業の方向性をできるだけすり合わせていって、⁠自分の成し遂げたいものをやる、それが事業貢献につながる⁠というふうにしたいと思っています」

勉強会は「勝手にやる」のを「いいね!」と褒める

勉強会は社内でも活発に行われているようですが、こうした動きはどのようにして育まれていったのでしょうか。

小賀さん「組織には、少なからずそういうのが好きな人間ているんですよ。弊社でいうと、そういうのが好きな人間が勝手に始めて、それを会社として『いいね!』と褒める。それが段々浸透していって今に至るという感じですね。

あと、エンジニアがエンジニア以外の人にPHPやJavaScriptの勉強会を開いたり、デザイナーがデザイナー以外の人向けに話をしたり、ビジネスの人間が勉強会やるよって言ったらエンジニアもデザイナーも集まるっていう、そういうところがより特徴的じゃないかと思います」

職種の垣根を越えて、社員が率先して教えあう文化があるって、結構すごいことですよね。こういう文化を育むときに大事なのは、⁠少なからずそういうのが好きな人間」を組織の側がスポイルしないことかもしれません。上のほうの人たちがあまり力みすぎて、⁠いいね!」を超えた介入をしてくると、本人たちの内発的動機づけは逆にそがれてしまったりする。このあたりのバランス感覚をもって、現場をサポートするという立ち位置を大事にしてこられた配慮が奏功しているように思いました。

「そういうのが好きな人間」じゃない人には?

しかし、全員が全員「そういうのが好きな人間」でもないわけですよね。特別、勉強会を主催したり登壇することを志向しない人たちに何か働きかけていることはあるのでしょうか。

小賀さん「全員が勉強会を主催したり登壇することがいいことかっていうと、別にそういうことでもないし、そういうのは得意じゃないんだけど事業に貢献している人間もいます。それでいいと思っています。

ただ社内では、たとえば『ライトニングトークの時間に5分しゃべってよ』って声をかけたりはします。そうすると、⁠まぁ、じゃあ、やります』って言ってくれる。ぐだぐだでも、まぁいいじゃないですか。また、お昼時間にみんなで弁当持ち寄って、自分たちが仕事でどんな技術を使っているか発表する『S1グランプリ』というのがあって、そこで話してもらったり。それも別にきれいな資料を作る必要もないし、相手は同じクルー(社員)だし。レビューの場もそうですね。⁠ちょっとそれレビューするから、いつまでに資料作っておいて!』って言って、その人が作ったものをプレゼンしてもらってレビューする時間を設けたりもしています」

「小さな成功体験を積み重ねる」場を用意する

小賀さん「そういったことで、ちょこちょこ自分の考えをアウトプットする機会は、増やしています。やっぱり、本人がやりやすい環境を作って、小さな成功を積み重ねるっていうのは大事だと思います。

一旦がーっと何かやった後に、振り返って体系的に学ぶとか、自分がやったものを整理することは成長する上ですごく大事なことだと思っています。アウトプットする場ができれば、5分とはいえ整理しないといけないですからね。なので、そこは私の強権を発動して『やれー』って言って。で、やったら『良かったよ』って褒めるのも大事にしています」

こうして、小さな強制をもって小さな挑戦をしてもらい、小さな成功体験を積み重ねていく道筋を作っているんですね。その細やかで継続的なサポートが、社員の方それぞれのいろんな可能性に通じていくように思いました。

勉強会を気軽に開ける場所がある

また社員の皆さんが何かやろうと思い立ったとき、すぐ実践に移せる環境が整っている点も大きいですね。やろうと思っても、すぐ手配できる場所がないと企画倒れになってしまったり、企画してもなかなか参加者が集まらなかったり…。VOYAGE GROUPには、社内に魅力的なコミュニケーションスペースが多数用意されていて、企画しやすく参加しやすい環境づくりがなされています。

大きな勉強会もできる会議室「パンゲア」⁠現在は壁にクリードが書かれている)
大きな勉強会もできる会議室「パンゲア」(現在は壁にクリードが書かれている)
VOYAGE GROUPに社名変更した際、パンゲアでの記念撮影風景
VOYAGE GROUPに社名変更した際、パンゲアでの記念撮影風景

なかでも海賊船を模した社内バー「AJITO(アジト⁠⁠」は、現在社外イベントでも活用されていて、私も何度か伺ったことがあります。始めは社内で活用していたのを、すごくいいから社外の勉強会でも使ってみようとやってみたら、すごく良かった。そうやって自然発生的に活用の幅が広がっていったとのこと。

社内バー「AJITO⁠⁠。社内外の人間の交流やLTのようなカジュアルな勉強会も開催できる
社内バー「AJITO」。社内外の人間の交流やLTのようなカジュアルな勉強会も開催できる

みんな忙しいし、外のイベントに出向くのは億劫に感じる人もいるけど、社内でやっているならちょっと仕事を抜けて1時間くらい見に行ってみようということができる。そして、そこで知り合った人たちがやっている外の勉強会に出向くようになったりもしているそうです。外の空気に定期的に触れることはすごく成長につながると思っているので、そういう意味でも成功と捉えている、とのことでした。

執務エリアには、雑談コミュニケーション空間

また執務エリアにも仕掛けが。とても素敵な空間ですが、単純に「おしゃれな空間」というだけではなさそうです。

小賀さん「面白いものって、会議から出るっていうより、雑談から生まれるよねっていう考えで、雑談の場を増やすよう、執務エリアも動線をすごく考えています。席のほうからドリンクサーバーのほうに行ったり、トイレや外に行く間に立ち話できるようなスペースを設けたり、丸テーブルがあってちょっと座って話ができるようにしていたり。そういうふうにコミュニケーションを活性化させることは考えていますね。成長という観点からいうと、同じ職種でない人と触れ合う機会をもつことも、人の成長につながるというふうに考えています」

動線が考え抜かれた執務エリア
動線が考え抜かれた執務エリア

雑談コミュニケーション空間をつくった効果は?

こうしたコミュニケーションスペースは、あるに越したことはないけれど、場所の確保にも結構なコストがかかるし、費用対効果の数値化も難しい。で、⁠アイディアとしては毎回挙がるけど結局は流れる⁠運命をたどりやすいと思うのですが、実践された立場として効果をどう実感されていますか。

小賀さん「最初は社員たちにも『それって本当に効果あるの?』って声があったと思います。ただ使い出すと、⁠いい!よかったね』となっていったし、実際に使っている風景をみていると、効果はあったんだなと、そう私たちは見ています。

経営陣も積極的に使っていきたいと思っていますし、実際に使っていますね。⁠ちょっといい?』って声をかけて、会議室にこもるんじゃなくオープンスペースの丸テーブルで話をするってこともよくやりますし、ドリンクサーバーの辺りで声をかけて『最近どう?』といった立ち話もよくします。やっぱりそういうところから、いい話って出てくるんですよね」

場を作った後、経営陣が率先して使っていく、使っているのを見せていくのも大事なんでしょうね。では具体的にそういう場でこそ生まれるコミュニケーションや「いい話」って、どういったものなんでしょう。

小賀さん「技術責任者という私の立場でいうと、⁠実は最近こういう新しい技術を試しているんですよ』って話を聞いて、⁠え、いいじゃん!それ全社に広めようよ』ってことで私のほうで勉強会を企画したりとか、⁠ちょっとそれしゃべってよ!』って皆に話してもらったり。あと、⁠なんかもっとこうだったらいいのになぁ』っていう明確な提案までいかない、もやもやした改善の種をもつことってあると思うんですけど、そういうのが引き出せたりもします」

こうしてお話を伺っていると、人にかけている時間・コスト・労力が半端ない!という印象をもちますね。次回はさらに踏み込んで、社員の長期的なキャリアパスをどう体系立てているのか、Webクリエイティブ職の評価をどのように行っているのかを伺っていきます。お楽しみに。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧