デジタルブランドマネジメント

第59回 マーケティング全体を強化する,未来のデジタル組織の描き方

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理由なく新しいものを取り入れることを英語で,⁠Innovation for innovation⁠s sake⁠(イノベーションのためのイノベーション)といいます。経営者がトップダウンでデジタル化を推進するような企業でも,デジタル化そのものが目的化してしまうことは決して珍しいことではありません。デジタル推進の御旗を掲げる経営者の多くは,自身が専門家でないことを理由に,その目的や戦略を定義していないのです。その結果,目的が不明瞭なまま,戦略から実行までが,社内で十分な影響力や連携体制を持たない専門部署などに丸投げされてしまいます。

マーケティングにおいて,デジタルという言葉はもはやPOE(ペイド,オウンド,アーンド)などのデジタルメディアの枠に収まらず,調査から購買まで,マーケティング・プロセス全体に深く関わっています。これは小さな部署がカバーするには余りにも広い領域であり,優先課題を絞り込まなければ,いくら投資をしても成果を得ることができません。しかし幸いなことに,マーケティング組織が抱えている課題や,適応すべき環境変化の多くは共通しています。経営者は「デジタルの専門家ではないから」という言い訳を捨て,まずはマーケティング組織の今と未来のあるべき姿について,方針を決めるべきではないでしょうか。

デジタルメディアの重要性が高まっているとはいえ,一般消費財メーカーなどの投資額はせいぜいマーケティング予算の1割程度に留まり,いわゆる「デジタル施策」はマスブランドのマーケティングを大きく左右するものではありません。また,今やデジタル施策を滞りなく実行できる人材やベンダーは多く,その体制構築が大きな競合優位性に繋がることも考えにくい状況です。デジタルの専門家や専門部署が担うべき役割は,デジタルメディアのマーケティング活用という限定的なものではなく,マーケティング組織全体のパフォーマンスを向上させるものであるべきです。

現状の優先課題:インサイトの発掘体制

マーケティングは本来,セリング(売る行為)を不要にする仕組みを作り,ブランドの継続的な需要を創出する役割を担います。そのためには生活者のニーズと,ブランドが提供する便益を合致させる必要があり,生活者が本当に求めていることの理解,すなわち「インサイト」の発掘が欠かせません。すべてのマーケティング施策の起点となる,インサイト発掘はマーケターの最も重要な仕事であるといえます。しかし,その発掘には,常に発想の転換や,本質を問い続ける根気が求められ,ほとんどのマーケターにその余裕がないのです。上司へのレポーティングや,他部署との調整に忙殺され,彼らが実際にマーケティングの仕事を行う時間は決して多くはありません。また,確立されたブランドを担当するマーケターは,その歴史や既存のブランドイメージなど,様々な制約を抱えながら仕事を推し進めています。習慣化された業務に追われ,ブランドの固定概念に囚われたマーケターが,十分にインサイトを発掘できない状況はどのマーケティング組織にとっても解決すべき優先課題の一つと言えるのではないでしょうか。

インサイトの発掘には従来,座談会やグループインタビューなど,生活者の声を直接聞く手法が用いられてきました。しかし,それでは得られる情報が少人数の意見に限定され,発言の内容も,場の雰囲気や他人の意見に流されてしまいます。また,そもそも内向的な人物は,そのような場に足を運んでくれないという可能性も否めません。ネット調査の普及に伴い,様々な生活者の声を低コストで集められるようにはなりましが,ポイントなどのインセンティブが存在し,一方的に回答を得るだけのオンラインアンケートでは,回答内容の正確性だけでなく,インサイトに近づくための思考の深さが期待できません。現在ではオンラインで不特定多数のユーザーと,継続的な対話が行えるMROC※1を通じて,この課題を解決できます。

MROCの活用は,日本でもインサイトの発掘と,数々のブレークスルーの成功事例を生み出しています。Blabo!※2というサービスを活用した「ガリバー」のショッピングモール出店計画もその一つです。

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ガリバーは,中古車の販売台数を伸ばすために,家族連れが多く訪問するショッピングモールへの出店を計画していました。しかし,Blabo!を通じて生活者のニーズを調べた結果,ショッピングに行くことが目的なのではなく,⁠週末どこに行っていいのかわからないから,とりあえずショッピングモールに行っている」という本音を見つけることができました。そして,Blabo!によって開発された⁠おでかけのきっかけを提供する⁠というコンセプトと共に,キャンピングカーやバイクのレンタル,おでかけに持って行きたい雑貨の販売など,全く新しい施策を打ち出し,多くの家族連れの獲得に成功したのです。

Blabo!では,回答に金銭的なインセンティブが発生しないため,⁠自分の話を企業が直接聞いてくれる」⁠自分のアイディアが世の中に出るかもしれない」という純粋な期待を持ったユーザーが,企業の課題に真摯に向き合ってくれます。ユーザーが一つの回答に何時間もかけることも珍しくなく,深い洞察に基づいた回答が多く得られることがポイントです。他のBlabo!の事例では,生活者がシチューを買わない背景に「ごはんに合わないから」という理由が挙げられ,他のユーザーとのやりとりの中,で具体的な解決策までも浮かび上がっています。

テクノロジーを活用し,低コスト・短期間でインサイトの発掘ができれば,マーケティング効果は飛躍的に向上します。最新のマーケティングトレンドを取り入れた,場当たり的なデジタル施策よりも,遥かに優れた投資先であると言えるでしょう。すべてのマーケティング施策において,確実に,そして継続的にインサイト発掘が行われる体制は,どのマーケティング組織にとっても大きな価値があるはずです。

※1
Market Research Online Communityの略。生活者の声を傾聴したり,観察をしたりすることで気づきを得るという手法。
※2
Blabo!は,⁠企業と生活者の⁠重なり⁠をつくる」をモットーとし,全国に1万4千人のユーザーに,企業が直接問いかけることができる「アイディア共創プラットフォーム」です。コミュニティとのオンラインでの対話をベースに,企業と生活者の本音を重ね合わせることで,インサイトの発掘からコンセプトの開発までを実現するサービスを提供しています。

著者プロフィール

荻野英希(おぎのひでき)

デジタルマーケティングエージェンシー,FICC inc. 代表取締役社長。
デジタルがブランドをどのように強化し,その役割はブランド毎にどう異なるのか? デジタルブランドマネジメントの仕組みを検証する。

URLhttp://www.ficc.jp/

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