キーパーソンが見るWeb業界

第8回Webサービスをマネタイズするノウハウ(前編)

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今回は、2009年7月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場した「クックパッド」の商品部長大野晋一氏をゲストに迎え、⁠Webサービスのマネタイズ」という切り口とともに、Webサービスの本質、Webサービスの姿についてキーパーソン3名と熱く語っていただきました。

大野 晋一(OHNO Shin'ichi)
クックパッド株式会社 商品部長

オンライン・ニュース・メディアの編集デスクなどを経て、2007年にシーネットネットワークスジャパンに入社、builder by ZDNet Japanの立ち上げやZDNet Japanの編集長などを経たのち2009年に退社、同年クックパッドに入社し、8月より現職。

阿部淳也(Abe Junya)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター

自動車メーカにて電装部品のユーザインターフェース設計を8年間手がけた後、IT事業部異動。約4年間Webデザイン、Flashオーサリングなどを手がけるとともに、営業支援システムや化学物質管理システムなどのテクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmo Interactive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサ、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にワンパクとして独立。

森田 雄(MORITA Yuu)

2000年、ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役を務めてきたが、2009年8月同社退職。現在は無職で読書家。たくさんの本にまみれながら自分探しの旅をしているらしい。

http://twitter.com/securecat

長谷川敦士(HASEGAWA Atsushi, Ph.D)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修了。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年に株式会社コンセントを設立。インフォメーションアーキテクトとして大規模サイトの設計やプロデュースに携わるかたわら、人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事を務めるなど、IA(情報アーキテクチャ)研究や啓蒙活動を牽引している。

680万人の主婦の声

大野:私が見ているクックパッドの事業を一言で表すとすれば「お客様の持つブランドの課題解決のための仕組み作り」となります。レシピを通じて、食品や飲料・キッチン用品など関連商品を対象に、課題解決をお助けする仕組みを整備するのが商品部です。これを達成するツールとして、マーケティング支援と広告の2つを持っています。

ビジネス面から入りましたが、この仕組みを実現する礎となるのがクックパッドを日々お使いいただいている約680万人のユーザの皆様です。クックパッドは、ユーザの皆様に「楽しんで料理をしてもらえること」をモットーにサービスを提供しています。

そして、ユーザのほとんどが主婦の方々で、これは非常に大きな強みです。なぜなら、食に関するブランドが何かしらの課題に面したとき、その解決策に最も近い方々が主婦であり、クックパッドというプラットフォームを通してその声を聞くことができるからです。

クックパッドがブレイクした要因は?

阿部:現在非常に多くの主婦ユーザが参加しているとのことですが、僕の体感的なイメージでは、ここ1~2年、サービスとしてのクックパッドは本当にブレイクしユーザ数も急激に伸びたたように思います。この点について、運営側として考えられる要因はありますか?

大野:⁠人⁠の力ですね。エンジニアや営業をはじめとする人材採用に力を入れたことが、良い結果に繋がっていると感じています。クックパッドは当初代表の佐野が、2006年からは現CTOの橋本が中心になって開発と運用をしていました。そこから10年足らず、少ない人数でやってきたのですが、コンテンツ数の増加、それに伴うユーザ数の拡大とともに、サーバリソースや資金といったリソース面、ミドルウェアやインフラのスケーラビリティ・アジリティといった面で運営が難しくなっていきました。

そこで、橋本を中心に、すでに採用していたエンジニアも合わせて、インフラからアプリケーションに至るまで、大幅なシステムリニューアルを行い、同時にエンジニアの採用を加速しました。また、ミドルウェアをRuby on Railsへ移行したのもこのタイミングで、迅速な開発が行えるようになりました。つまり、ユーザの皆様にサービスをお届けし、継続的に改善していくインフラが整ったことですね。

森田:ユーザ数を見ても、この数年で大きく伸びていると伺いました。この点についてはいかがですか?

大野:まず、クックパッドはユーザを増やすための施策を打ったことはあまりありません。しいていえば、有料会員(PS会員)について、携帯電話の公式サイトに対応したことくらいでしょうか。基本的には今使っていただいているユーザの方々にいかに満足してもらうかだけを考えてサービス改善をしております。PS会員についても既存会員の満足度向上が公式サイト化という結果につながったと考えております。数字としては、2006年頃のユーザ数は月間約100万人だったのですが現在は680万人、2006年には携帯版サイトの「モバれぴ」もスタートし現在月間のPVが2.6億と、PCと携帯それぞれユーザ数が増えています。

また、ビジネス的な面から見て、バナー広告だけに頼る収益モデルからの飛躍があったのもこの時期です。営業の現執行役である森下がクックパッドに加わり、単純なリーチによるビジネス拡大ではなく、主婦の声やレシピをメーカーに届け、マーケティングのお手伝いをすることによって事業を拡大させました。その結果、現在のマーケティング支援事業の基盤ができました。

結果論ではありますが、単純な量を取らず、インターネットを活かして質を取るという意志決定がなければ、今回の不況で、もしくはその前にクックパッドはなくなっていたでしょう。

森田:とは言っても、日本で限ってみればユーザ数の限界はありますよね。また、レシピそのものが飽和してしまうという懸念は感じたりしませんか?

大野:おっしゃるとおり、今後、さらなるサービス開発・強化をしていかなければならないと思っています。ただ、日本という土壌はとても恵まれていると思います。インターネットインフラはもちろん、料理という観点で見ても、季節に応じていろいろな素材を入手で、また、それを活かす調理法が伝承され、楽しむ文化もあるわけです。今後は、クックパッドが良い反応をいただけている部分について、なぜ日本でうまくいっているのかをさらに分析し、伸ばしていきたいと思っています。

根拠のない自信から生まれるビジネスとしての継続性

森田:キャパシティの部分では、海外展開といった方向性もありますよね。

大野:ただ単にユーザを増やすという観点で見れば、海外展開も選択肢の1つです。ただし、これは私個人の見解ですが、現時点で海外展開は男の浪漫止まりですね(笑⁠⁠。日本と外国との文化・生活の差や言語の壁といったものをふまえて感じる点です。こうした壁を乗り越えて世界中の家庭の料理を楽しいものにできるのであれば、ぜひ進出したいですね。魅力的な選択肢ですが、まだ壁を越えられる具体的なイメージがないので男の浪漫です。

森田:それでも、Webサービスとして、さらに永続的企業として提供し続けようというとき、たとえば、30年後にどうなっているかといった予測はあるのでしょうか。

大野:漠然としていますが、代表の頭の中には100年の設計ができている気がします(笑⁠⁠。自分はせいぜい20年くらいをぼんやりと考えている感じですが。クックパッドの社員も30年後に会社があるべきイメージを持てている人は少ないのではないでしょうか?

それでも前に進めているのは社員が皆、⁠自信⁠⁠、あえて言うなら⁠根拠のない自信⁠を2つ持っているからだと思っています。

1つは「広告と販売促進費用の必要性」です。この不況で、広告・宣伝費というのは削減傾向にありますが、商品やブランドに対する広告費と販売促進費用がゼロになる状況というのはないと判断しています。しかし、そこで伝えられるメッセージの質はより消費者に近いものになってくるでしょう。こうした中で、料理に特化し、メッセージの質を作り上げるマーケティング支援事業と、主婦に対する圧倒的なリーチという量をとれる広告事業の2つを持っていることは強みです。当面、このビジネス面での特性を活かすことができるでしょう。

もう1つは、クックパッド社員全員がインターネットを理解し、⁠料理を楽しくする」という1つの目的だけにこの技術を適用し続けていることだと思います。もちろん、世間には多くの素晴らしい人材はいますが、社員全員がインターネットを自らの生活を豊かにするために活用し、どのように使うと便利なのかを体験しているからこそ、インターネット上でサービスを展開する安心感があります。森下がマーケティング支援事業を作れたのも、技術だけでなく、営業のトップまでもがインターネットを理解している端的な例です。

こうした2つの⁠根拠のない自信⁠とともに、私たちのサービスやビジネスのポリシーが、ユーザやクライアントをむやみに増やしていくことではなく、既存のお客様に対して、どのように満足していただくか、そこにフォーカスしていることも1つの強みだと思います。

これら3つを考えたとき、私はクックパッドが料理を楽しくするという目的において世界でNo.1になれるという確信を持っています。

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自動と手動の切り分け

長谷川:ユーザの満足度ということですが、実際にクックパッドユーザがどのように使っているのか、ユーザ調査などは行っているのですか?

大野:ユーザがサイトを見るページ遷移などの調査を行ったことはありますが、結果はあまり体系立てたものにはならず、ユーザによってさまざまでした。これは、クックパッドがメディアとして⁠見る⁠というよりもツールとして⁠使う⁠という接触態度の媒体だからだと思います。ただ、良く作られるレシピなどについて一定の傾向はつかんでいます。このあたりはマーケティング支援に活かしていきます。

阿部:コンテンツに関して、人気のあるレシピというのは非常にアクセスが多いと思います。そのあたり、特別にピックアップしたりしていますか?

大野:いえ、基本的には実際の数字を元に、ランキングなどはユーザの皆様の自然な動きに任せています。一部トップ画面に掲載するものは、クックパッドの編集部で選んでいます。

森田:僕は非常にコアなクックパッドユーザなのですが(笑⁠⁠、クックパッドの検索のシソーラスはすばらしいですよね。自分が知りたいというレシピがきちんと返ってきます。これは手動でメンテしているのだろうなと思いつつも、それだと当然、大変なことでもありますから、気になるのはどこまで自動化されているのかというあたりですね。

大野:半分自動、半分手動です。ここもクックパッドならではの特徴ですね。検索のエンジンそのものは自動化されていますが、辞書については人手で日々メンテナンスをしています。というのも、⁠じゃがいも」で検索した人は「メークイン」「馬鈴薯」のレシピを見たいでしょうが、⁠メークイン」で検索した人は「馬鈴薯」のレシピやジャガイモの種類を特定しないレシピに興味がないはずですよね。こうした点は自動化が不可能です。この部分は、Googleなどと比較するとまったく逆の取り組みでもありますし、彼らの実現できないバーチカルな領域です。

阿部:一般的にメディアの場合、提供側で編集したくなりがちですよね。クックパッドではそこはあえて手を入れず、その周辺部分に工夫を盛り込んでいるのですね。

長谷川:ただ、コンテンツを編集しないと言うことは、⁠内容が)玉石混合にもなりかねませんね。

大野:まったく手を加えないというわけではなく、投稿されたすべてのレシピを公開後に人力でチェックしています。必要な部分は作者さんに助言して直してもらうことにより、レシピの質を保っています。その上で、多様性は大事にしています。肉じゃが1つを取ってもおいしいと感じるツボは人それぞれでたくさんの選択肢があるほうが楽しいし、その中から自分にぴったりのレシピを探し出す喜びというのがあると考えています。

長谷川:なるほど。では、検索の観点から見て、たとえばテーマ軸で分類したり、シーン別のレシピを用意していることはあるのでしょうか?

大野:先ほどもお話ししましたが、唯一手を加えているのはトップ画面の部分だけです。私はこれまで専門メディアの編集の経験もあるのですが、そこでの経験から、情報をカテゴライズしても、こちらがユーザはこちらが思うようには流れてくれないということがありました。その点で、あまり提供側で枠を作って押しつけてしまっても、それほど効果がないと思っています。

また、クックパッド自体、良くも悪くもメディアというバックグラウンドがないため、クックパッドがカテゴライズやセグメント分けをしていくという方向性で、現状そこまで強みを発揮できる状態にないでしょう。

とはいえ、トップページの下部を見てもらえれば「カテゴリ」というものを提供しており、テーマや素材ごとにレシピを分類しています。検索をするほど明確な目的のないユーザを中心によく使われています。しかし、ここも我々が分類するのではなく、ユーザの方々が推薦し我々が承認する形をとっています。

長谷川:その観点で見れば、クックパッドはメディアではなく、場の提供、たとえばWikipediaのようなものと言えますね。

(後編(2009年10月5日公開)へ続く)

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