キーパーソンが見るWeb業界

第19回建築から見るWebと空間のデザイン

画像

今回は、有限会社エイスタディ齊藤良博氏をゲストにお迎えし、建築から見た、Webと空間のデザイン、ユーザへのアプローチについてお話を伺いました。

齊藤 良博(さいとう よしひろ)
Twitter:@ys44163110
有限会社エイスタディ代表

1997年千葉大学工学部建築学科卒業、同年有限会社インテンショナリーズに入社。建築/住宅の設計から、物販店舗、飲食店舗のインテリアデザイン、プロダクトデザインなどを多数手がける。飲食店の新規開業やオペレーション、さまざまな分野の新規事業の企画、デザインマネジメントまでを行う。在職中の主な物件として「ストラスブルゴ」⁠ユナイテッドアローズ」⁠ホテルクラスカ」など。2004年有限会社エイスタディ設立。2010年~、千葉大学工学部建築学科非常勤講師。

阿部 淳也(あべ じゅんや)
Twitter:@1pacfiresoul
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター

自動車メーカで車内のユーザインターフェース設計を約7年間手がけた後、IT部門で約4年間Webデザイン、Flash、CG制作とともに、テクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmoInteractive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサー、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にクリエイティブプロダクション「ワンパク(1PAC.INC.⁠⁠」を設立し独立。⁠インターネットとリアルな世界を融合させ相乗効果を生むコミュニケーションをつくる」を合い言葉に、さまざまなクリエイティビティあふれるHOTな作品をリリースし続けている。

長谷川 敦士(はせがわ あつし)
Twitter:@ahaseg
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D⁠⁠。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計⁠⁠、監訳に『デザイニング・ウェブナビゲーション』などがある。武蔵野美術大学非常勤講師。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCDNet)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。株式会社AZホールディングス取締役。

森田 雄(もりた ゆう)
Twitter:@securecat
株式会社ツルカメ 代表取締役社長 UXディレクター

2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役、2009年8月同社退職。読書家と称した充電期間を経て、2010年5月よりめでたく社会復帰。IAおよびUX、フロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。 広告電通賞審議会選考委員。米IAInstitute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。Webby Awards、NewYorkFestivals、WebAwards、アックゼロヨン・アワード グランプリおよび内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞など受賞多数。趣味は料理とカメラ。

建築というデザイン

齊藤:私は千葉大学の工学部建築学科の出身で、⁠デザイン⁠という仕事に触れた最初のきっかけは、大学時代のデザイン事務所でのアルバイトでした。その後、某大手企業のデジタル部門に出向するなどして、どんどんこの世界にはまっていき「デザインで食っていこう」と意識するようになりました。

卒業後、intentionalliesに勤めて、それから独立しました。intentionallies時代に、中村勇吾さんや福井信蔵さんたちとも接することがありましたね。

独立後は、建築方面にシフトして、空間のデザインを扱うようになります。元々デジタルデザインに触れていたこともあって、Webの黎明期から、Webと空間のつなげ方を強く意識していました。

たとえば、空間デザインの1つである店舗デザインに関して、最近のトレンドはオンラインでの収益化です。これは、店舗単体では収益がとれなくなってきているため、必然的な流れと言えます。

1つの例として、ファッション関連の店舗のトレンドを見てみると、まず、セレクトショップという自分たちで合わせられる場所作りが流行りました。それが売れなくなると、次はテーブルへの展開、さらにマネキンを利用した仮想のリアルさといったように、空間のデザインが変わりながらも、本質としては、アイコンを使いながら、イメージを伝えて販売するという傾向が見られます。

そして、現在は、そのアイコンがオンライン、つまりWebに流れてきているわけです。たとえば、実店舗のマネキンを見るよりも、オンラインで、女優やモデルが着用している写真や映像を見たほうが、イメージがつかみやすいわけです。

また、最近では、ARなどを使ったシミュレーションなどもオンラインショップでは取り入れられていますね。

森田:その話は面白いですね。客の意識として、マネキンだとイメージしづらい、つまりリテラシーが低いわけで、逆に、ディスプレイ上だとイメージしやすい、つまりリテラシーが高くなっているわけですよね。僕は、オンラインで洋服は買えないですね(笑⁠⁠。

阿部:僕も買えない(笑)

森田:今の話を聞くと、いずれにしても、客自身が自分のサイズを把握していたり、何より、オンラインで購入するというリテラシーが高くなっているように思います。

齊藤:それから、店舗側からしてみると、必要以上の倉庫を持たなくて良い、つまり在庫管理がしやすいことも、オンライン販売に流れている理由の1つです。

長谷川:オンラインを活用する場合、⁠ディスプレイという限定された空間なので)リアルでは副としていたものを、主にしなければいけないわけです。つまり、Web用の商品設計も必要になってきて、何と何を用意するかなど、既存の店舗設計とは大きく異なりますよね。商品にWebのイメージを投影するぐらい求められるかもしれません。

コンセントでは、そういった案件の場合、商品企画の現場にディレクターも入りながら、そもそも商品の戦略がどうなっているかというステップから一緒に企画するように心がけていて、最近のECでは、全般的に最初から関わるようになってきています。

何が“価値”なのか

阿部:ちなみに齊藤さんのお仕事を見ていると、内装設計やインテリアデザインという枠に捕らわれていない感じがするのですが、たとえばこういったお店全体をトータルでコーディネートする意識はありますか?

齊藤:もちろんあります。その部分をゼロにはできません。商品と空間をどうつなぐのか、たとえば、収録を行っているここ(アトリエイノーヴェ)の場合、商品のディスプレイの横に工房を配置しています。つまり、どういう商品を扱っていて、どうやってつくっているかまでをきちんと伝える意図があるわけです。つまり、作り手側も、自分たち自身がコンテンツになる意識を持っていますね。

阿部:そういう考え方というのは、やはり齊藤さんご自身の経験に基づいているのですか?

齊藤:漠然と考えているところはあるのですが、体系立てたものはまだないです。強いて言えば、大学時代のデジタルコンテンツを学んだ経験から、データベースの概念を知っていることが影響していると思います。

Webってなんだろうって考えたときに、0と1の考え方、そしてデータベースの構造を思い浮かべられるのは自分の強みだと思います。

たとえていうなら、昔の日本では、金持ちは蔵を持っていて、お金があればあるほど蔵が大きく、中に詰め込めるものも増えるわけです。それが価値でした。

今はそうではなくて、蔵から何を持ってくるかに価値があるわけで、Webで言うところのキュレーションだったり、検索だったり、その部分の付加価値が求められています。

店舗も同じで、作る人もいる人もいて、素材もある。あとはどう売るかが大切なわけです。

長谷川:価値の意味に関して、1つの例で言うと、私は過去に某大手のアルバイト募集サイトを請け負ったことがあって、そこではユーザ調査からサイトデザインを行いました。それまでのサイトは、⁠職種」⁠場所」⁠時給」など、作り手側が考えたスペックでデザインされていたのですが、実際に対象となるユーザ、つまり学生にアンケート調査をすると、そもそもそういった項目から自分で選ぶことが少なくて、ほとんどがわいわい、気軽にアルバイトをしてみたいという答えが返ってきました。

この調査でわかったのは、まず探しはじめのきっかけをどこに置くか、それが大事で、その上で、職種なり場所なりスペックを細分化していくことでした。つまり、ユーザ自身が探すことに期待せず、ある程度こちらから価値観を提案してあげた上で、視線を変えながら判断してもらうことが大切だったわです。

先ほどの齊藤さんの蔵の話と同じで、蔵の大きさだったり見た目ではなく、中から何を持ってくるか、ユーザが良いものに出会うようにする検索の道筋が大切だということがわかったのです。

情報設計は価値のコントロールを行うこと

齊藤:それは道筋の多さが重要ということですか?

長谷川:(広告メディアとしての)価格に応じた効果が出るように道筋を決めたので、結果として発見の道筋を増やすことがWebにおける価値、重要性につながっています。

森田:それでも、たとえば、⁠雑誌を例に)全部が見開き広告になれば価値の意味がなくなりませんか? 全部が同じ価値のものだらけになってしまうわけで、意味がなくなりませんか?

線形導線からWebエコシステムの流れ

長谷川:そのとおりで、全部が同じ価値になるのは(ビジネス上)良くないわけです。ですから、価値の違いを出す編集、それも情報設計の観点から考えていきます。誤解を恐れずに言えば、高い価値の道筋だけではなく、低い価値、すなわちそれなりの費用に応じた価値というのも意識的に設計していました。

情報設計の本質は、効果のコントロールであり、意図を反映することになります。

齊藤:Webの場合は、線形導線を作るかどうか、から始まり、その先をどうするかという風に考えていくのですか?

長谷川:そうですね。Webの場合は、もともと1つのページで複数の使われ方があることが前提となるため、ページの単位ではなく利用者の行動フローを複数考えてそれをページデザインに反映させていく、という方法がとられます。その際、建築の世界のアプローチであるクリストファー・アレグザンダーのパターンランゲージ※(パタンランゲージ)アプローチなどを参考にしています。

※パターンランゲージ(パタンランゲージ):建築家クリストファー・アレグザンダーによって提唱された設計手法。単なる機能の積み上げではなく、複数の機能を同時に実現するようなモノやコトのデザインにおいて、成功事例をパターン化して再利用する方法。オブジェクト指向プログラミングなどでは「デザインパターン」として応用されている。

齊藤:これまで、Webはトップページから入って目的のページを目指すという設計がなされているように感じましたが、最近は、⁠検索システムの向上もあり)途中から流入することも意識しなければなりません。

長谷川:1つのWebサイトが小さければ線形でも問題ありませんが、大きくなればそうもいきません。最近は、1つ1つのWebサイトではなく、ネット全体を生態系と捉える「Webエコシステム」の考え方が主流になっています。たとえば、Amazonなんかは、ユーザのほとんどがトップページから入りませんし、末端のページをどう作るか、さまざまな流入経路とその文脈を考慮した動線の作り方が求められます。

阿部:齊藤さんは店舗設計をするときに、導線設計はされますか? また、それはどのような考え方で進められるものなのでしょうか?

齊藤:一般的に建築の分野では「動線」という表記をします。たとえば、洋服を扱う店舗であれば、これまでは、まずショーケースを配置しました。それからディスプレイで実際に触らせて、価格の安いもの、高いものの順に配置し、線形に回って全部でタッチさせる。最後にレジに向かわせる動線です。

最近はそうではなくなってきていて、ショーケースやテーブルを分散させる設計が増えています。これは、重心が分割されていて、平面の設計ルールが変わっていると言えますね。とくに、ディスプレイやデバイスが増えてからそれが顕著になっています。

阿部:店舗へのインタラクティブなメディアの挿入でしょうか。

齊藤:ええ。そして、今はその先の考え方が生まれてきていて、商品はそのままに、背景を変える設計が考えられています。たとえば、店舗内にパリの街角をイメージさせたり、自然の中をイメージさせたり。それを時間軸で変えられるようにするものです。

おそらく、こういう方向性に進むと、不動産の価値が変わりますね。これまでは、路面店、駅前などに価値が集中していたのが、もっと広い場所であったり、空間を活用できる場所に新たな価値が生まれてくるわけです。

阿部:いわゆるデジタルサイネージを応用した設計ですね。僕もこれまでいくつか扱ったことがあるのですが、齊藤さんほど理解されている建築側の担当者というのはほとんどいなく、結果として、インタラクティブなものが後付になってしまうようなケースがありました。本来ならば、ビルであったり、建築物であったり、そこを含めたトータルで考えていかなければならないはずです。

長谷川:サイネージについては、これまで、⁠探す方法がなかったために)人が集まることに価値があったため、そのアプローチで考えられてきたのが、デジタルサイネージになり、デバイスやWebが進化したことで、探しやすさに対して、実現したいコンセプトが合わせやすくなってきました。それが先ほどおっしゃった不動産の価値の変化なのではないでしょうか。

齊藤:その点でいうと、初めからサイズを決めてできることが決まってしまうのはアウトですね。今では、逆に死んでいる場所、デッドスペースでさえ、活用できる可能性があります。たとえば、地下、1F、最上階があったときに、地下にデバイスを置き、最上階をストレージにすることで、1Fの価値とは異なる、新しい価値が生まれてくるわけです。

先入観を壊すこと

阿部:新しい価値を生み出すこともそうですが、たとえば、ユーザ側であったり、発注者側に間違った、あるいは強固な先入観がある場合、今のような話が難しくなったりしませんか?

長谷川:その誤解を紐解くことも、設計の1つになりますね。

齊藤:たとえば、キッチンを設計する場合、調理をする主婦の方の意見で「コンロは4個口欲しい」といったケースがみられることがあります。まさにこれは先入観で「多いほうがより快適なキッチンスペースになるのでは」という思い込みから生まれるものです。ただ、目的を考えた場合、その4個口はほんとうに必要かどうかを考えなければいけないですし、⁠設計者側が)それをきちんと理由とともに説明して2個口に減らすという提案も求められますね。

森田:それはそうなんですが、僕は違う意見です。4個口あるという数の意味もあるように思っていて、実際は2個口しか使わなくても、4個口あることで2個の余白が生まれる意味があるのではないでしょうか。心理的余裕というか、使わないことの価値もあるように思います。

阿部:シナリオ設計。仮説と検証のようなものですね。実際に使うシーンを想定し、一度極端に振り切った考え方も入れた上で判断することは大切です。

ただ、最近のWebのデザインでは標準とかデファクトスタンダードを意識する傾向が高まっているように思っていて、面白みに欠けている印象があります。何かしらチャレンジしないとつまらないですね。

齊藤:それは意外です。Webのクリエイターにもスタンダードを前提に物事を考える人っているんですか?

阿部:けっこういますよ。

長谷川:強いて言うなら、デファクトスタンダードの良い点は、ベストプラクティス、世の中の人が迷わないっていう点です。

リアルとWebの組み合わせ

阿部:これまでも話してきたように店舗設計であったり、デジタルサイネージであったり、最近はリアルとWebの組み合わせが本当に増えてきました。一方で、僕達提案する側としては、まだまだハードルが高いですよね。実際のオペレーションにまで足を踏み入れられないなど、リスクがあります。

森田:何より、リアルとWebを融合させた場合の、先の効果を言えない点が難しいです。単純にクオリティが良いといっても、その効果がどのぐらい上がるのか、見えづらいです。

長谷川:たとえば、店舗の例で言えば、フラッグシップ店であれば、そもそも売上などの効果は第一要件とは限らない場合もあります。つまり、新しい試み、新機軸であるといったことが優先されたりもするわけです。そこは経営判断の問題にもなりそうです。

阿部:本来はそうなんですが、コストをかけた場合、どうしても費用対効果が求められるので、そのあたりの啓蒙活動はまだまだ必要ですね。

プロジェクト体制の作り方

長谷川:今の効果の話やコストの話にもつながりますが、人材が足りないことも問題だと感じています。建築の場合、設計と施工が分かれていて、責任の所在やリスクが分散されています。

ところが、Webの場合、企画とインタラクション(実装)が同じケースが多く、プロトタイプを作るにしても、同じ人がすべて担当して、責任も集中してしまいます。

齊藤:それは良い点では?

長谷川:すべてをコントロールできるという点では、良いですね。ただ、企画と実装の切り分けで考えると、形にする部分との切り分けがあっても良さそうです。

森田:そのあたりは、組織構造でも難しいですよね。たとえば、1つの会社で考えた場合、組織立ててプロジェクトを進めると、同じような仕事ばかりになります。たとえば、Webであれば、キャンペーン担当とコーポレート担当のように分かれます。

ワンストップでやることは良い一方で、代理店抜きで案件を扱うと、御用聞きになってしまう場合もあります。

そこで、プロジェクトマネージャーという職種が求められるのですが、Webの場合、単なる進行管理であったり、議事録だけを書く人になるケースがあります。このあたりが問題点の1つではないでしょうか。

長谷川:本来であれば、プロダクションマネージャーとプロジェクトマネージャーを切り分けて、実装側にも発注側にもダメだしできる人材が必要ですね。そして、そこに責任も担保させます。

齊藤:今後は、そういう人に発注していくような方向も見えていますね。

森田:結局、プロジェクトの流れとお金の流れは違うにもかかわらず、一緒に考えてしまって、結果として進行管理に終われてしまいがちです。とくにWebの場合、広告業界の流れもあるため、お金の流れは予算とコストで考えられてしまうので、どうしても受ける側のリスクが高くなりますね。

若手への期待

齊藤:とは言っても、最近は発注者権限のある人が、Web側だったり、クリエイティブ側の世代に近づいている傾向もあります。ですから、次の世代に期待をしたいところです。

阿部:あえて言うなら、Webの場合、僕達30代がまだまだ元気で目立ってしまう部分があるので、ぜひ20代の台頭を待ちたいですね。⁠Web Site Expert』でデザイナー・クリエイターアンダー30特集とか、ぜひお願いしたいです(笑)

齊藤:建築の世界は40代が若手と言われていますが、メディア側であえて20代をフィーチャーする傾向がありますから、そういうのもおもしろそうですね。

画像
撮影協力(会場提供⁠⁠:アトリエイノーヴェ

今回は、建築という業界から見たWebやネットについてお話いただきました。ネットやデジタルの普及が進むに連れ、リアルとWebの垣根がなくなりつつあります。その中で、Web業界の人たちはどう考え、同働いていくべきか。また、新しい価値の作り方について大変参考になる話だったのではないでしょうか。そして、次の世代の台頭にも期待したいですね。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧