疾走するネット・ダイナミズム

第2回web2.0 EXPOでティム・オライリーに聞いた――ウェブと既存メディアについて

「Web2.0」を最初に使ったのは誰か

某携帯キャリアも使いだしており、かなり「いまさら感」が高い言葉だが、あえてこのネタを取り上げたい。2007年11月に日本で「web2.0 EXPO」が開催された。同様なイベントは「Web2.0 Conference」などといった呼称で各国で開催されている。これらのイベントの中心となるのは、Web 2.0の提唱者といわれているO'Reilly Media、CEOのティム・オライリー氏だ。このweb2.0 EXPOで、短時間だがティムに話を聞く時間があったので、その内容を織り交ぜながら今回のコラムを進めよう。

web2.0 EXPO基調講演オープニング

さて、Web2.0といえばティム・オライリー氏が言い出した言葉とされている。これは間違ってはいないが正確でもない。BASIC言語はビル・ゲイツが発明した。マウスを使ったGUIはアップルが開発した。ということと同じくらい正解ではあるが、どちらも間違いである。ビル・ゲイツはタイムシェアリングコンピュータ用のBASIC言語を当時のマイクロコンピュータに移植したのであり、CRTとポインティングデバイスによるGUIはダグラス・エンゲルバートまで遡る必要がある。マウスもMacintoshが最初ではなくゼロックス、パロアルト研究所の「Alto」だ。Web2.0を言葉として最初に使ったのは、O'Reilly Mediaの役員であるデール・ドゥーラティ氏だ。デールは、O'Reillyの本では古典に属する「Learning vi」の著者でもある。

web2.0 EXPOでは、ティムにウェブとメディアの関係について聞いた。一般的なWeb2.0についての話は、本人の論文がいちばんよくまとまっていると思うし、さまざまな取材等で語られている。今回のイベントでも、この部分についてはとくに新しい話ななかった(と私は認識している⁠⁠。

基調講演でのティム・オライリー氏
基調講演でのティム・オライリー氏

「インターネット vs. 既存メディア」論に意味はない

まず、ウェブと既存メディアとの違いについてだ。

「オールドメディアは巨大でありオーサライズされている。インターネットメディアは、新しいものとして既存のシステムやメディアに変化を与えている。」

と答えてくれた。新しいメディアではあるが、それは独立したメディアとしての意義よりも、既存メディアに与える影響が大きいという存在という認識ということだろう。そして、

「日々のニュースなどはウェブでチェックする人が増えており、音楽やビデオも同様だ。出版物については、タイトル、著者、企画の立て方、ページレイアウト、制作方法、流通など、これまでとかなり変わってきており、両者は無関係ではいられない。」

たとえば、書籍の企画も、専門家や作家仲間の情報からネタを仕入れるだけでなく、ネット上のサーチや情報が重要になってきている、あるいは専門家などもネットやホームページを活用している。ブログの日記からの書籍化という流れは、持ち込み原稿や新人発掘の手法を変えているともいえる。技術書などが顕著な例だが、ページレイアウトや構成がウェブページ(オンラインドキュメント)をベースにすることも少なくない。その一方で、ウェブで手に入る情報との差別化という意味で、最新情報や網羅的な情報より密度の濃い情報や特化したもの、普遍性の高いものへとシフトする動きもある。

このように、ネットやウェブによって変わってきたこと、変革を余儀なくされていることは枚挙にいとまがない。しかし、これをもって、世間が抱きがちな「インターネット vs. 既存メディア」という構図はあまり意味がない。むしろメディアの機能分化と捉えたほうがよいと思う。インターネットには、電子メールやブログのような新しいメディアとしての側面はもちろんあるのだが、そこにあるコンテンツはじつは既存メディアのそれとあまり変わらない。新しいメディアの出現によって、これまでのメディアが担ってきた役割の一部が取って代わられる、あるいは表現手法や機能が拡張されるだけなのだ。

かのマクルーハンは「メディア論」で、新しい技術やメディアは、機能を拡張するがまったく新しいものを創出しているわけではないと述べている。飛行機は人間の移動範囲を広げたが、移動するという行為や機能は人間が本来持っているもので、なにも新しいものではない。無線技術や電話も同様だ。会話や文字は有史以来人間が持っているもので、技術はその機能を拡張したが、新しい能力を生み出したわけではない。

ウェブも然りだと思う。コミュニケーションを拡張はするが、本質的な革新ではない。

インタビューに答えるティム
インタビューに答えるティム

続いて「ウェブはテレビに置き換わるか?」という質問をしてみた。これについては、以下のような見解を述べてくれた。

「既存のメディアがなくなるとは思わない。人々はいまでもCDを聞くし、新聞も読む。ただし、ビジネスモデルは変わってくるだろう。インターネットはさまざまなメディアを集約するアグリゲートメディアとして働いている。メディアはおそらくロングテール化していくのではないだろうか。」

アグリゲートメディアという話は、先ほどの既存のシステムに影響を与えるという部分に通じるものだろう。すべてのメディアは、もはやお互いの存在を無視して成立しない。これはインターネット以前でも同じだ。しかし、ウェブは、それ自体メディアとしての機能も持っているが、それらを集約したり補完する機能も持っている。そして、集約機能を効率的に抽出できれば、ロングテールの効果が高まるということだろう。

「Web2.0型ビジネス」は万能か?

ところで、昨年のweb2.0 EXPOの基調講演では、ティムが聴衆に使っているブラウザを聞いていた。ヨーロッパではFirefoxユーザが多数派だったが、日本ではやはりIEが多数派だった。実際、このExpoでもスーツ姿の参加者やビジネス関係のセミナーも多かった。ティムのWeb2.0に関する論文は、ITバブル以後、生き残ったビジネスや成功事例を分類、体系化したものとしても紹介されているので、日本においてその真髄やビジネスのヒントを得たいと思った人がいても不思議はない。

しかし、Web2.0に限らずビジネスの成功事例やその分析は、参考になっても単純な解となるとは限らない。その再現性を高めるためにエンジニアリング的手法を導入したりするわけだが、製品開発やプロジェクト進行のためのメソッドやソリューションモデルがそうであるように、万能解は存在しない。個別のシチュエーションや変数が多様すぎて、モデリングやシミュレーションには限界がある。したがって、Web2.0といわれるしくみやシステム(CGMだったりデータベースだったりオープンアーキテクチャだったり)を導入しただけでうまくいくほどビジネスは甘くはない。いや、それだけで安心しているとむしろ失敗するといってもいい。

一般論として、実績のある手法のトレースは成功する可能性は高い。しかし、ビジネスや意思決定において失敗すると思ってその手段や戦略を選ぶ人はいない。成功者の影には失敗している人も多いと考えるのが自然だ。成功という結果とその行動や手法に相関はあるかもしれないが「因果関係」の証明は簡単ではない。Web2.0も同様ではないかと思う。月並みな表現だが、Web2.0はこれからのビジネスの必要条件かもしれないが、十分条件ではないということだ。

なお、余談だが、プロフィールにあるように、筆者はオライリー・ジャパンを辞めた人間だが、現オライリー・ジャパン社長、当時の社員諸氏ともいまでもつきあいがある。ティムも4年ぶりの私のことはもちろん覚えていてくれて、RBB PRESSというブランドで弱小ながら本を作っているといったら、素直に喜んでくれた。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧