疾走するネット・ダイナミズム

第4回変貌するモバイル市場――ドコモ方式の終焉

4月18日に、NTTドコモ(以下ドコモ)がNTTから分離した創業時から使っていたコーポレートロゴを変更すると発表、これからの新しい取り組みやポリシーについて新ブランドスローガンとともに、新生ドコモをアピールするニュースをテレビなどで見た人も多いだろう。

ドコモの新ロゴ
ドコモの新ロゴ

この半年前後、iPhoneのヒット、GoogleのAndroid(モバイル端末向け開発プラットフォーム)の発表、料金プランの競争激化、KDDI/ドコモのGoogleとの提携、ソフトバンクとディズニーの提携など業界の動きはかなり激しいものがある。加えて、スマートフォンやウルトラモバイルPC市場の立ち上がり、ケータイフルブラウザや検索サイトなどによるインターネットトラフィックの相互流入、相次ぐMNVOの参入、WiMAXや次世代PHS、あるいはカーナビやITSシステムなど、まさに多様なプレイヤーがひしめく混沌とした市場ゆえに、IT業界の中でいちばんホットなのがモバイル関連市場なのだ。

今回は、日本のモバイル市場において、その創出からずっと牽引し続けてきたドコモの最近の変化について取り上げたい。ケータイ市場ではシェアを50%切ったといわれるが、PHSを除けばいまだに50%のシェアを保っている。クルマでいえばトヨタのような存在で、多少のシェア変動や新興勢力の台頭くらいで、本来ならば動く必要がないくらいの企業だが、そのドコモが動こうとしている。それはなぜなのか?

左から、NTTドコモ 特別顧問 魚谷雅彦氏、同代表取締役社長 中村維夫氏、同執行役員 荒木裕二氏(ドコモ新ロゴ他発表会にて)撮影:杉山淳一
左から、NTTドコモ 特別顧問 魚谷雅彦氏、同代表取締役社長 中村維夫氏、同執行役員 荒木裕二氏(ドコモ新ロゴ他発表会にて)撮影:杉山淳一

キャリア主導からオープン戦略へ

冒頭で述べたようにドコモが生まれ変わろうとしている。ロゴやスローガンを新しくしてここ1年前後の「ひとり負け」というイメージを払拭したいだけで、中身や体質は変わらないだろう。ポーズだけだ。という意見も多い。結果も含めて、こうなる可能性は否定できないが、それだけドコモをとりまく状況は厳しい。危機的な状況を自覚しているからこそ、シェアトップ(これはいまだに変わらない)の企業がブランドと直結しているロゴを一新できたのだと思う。

ドコモの危機意識は、端末価格やサービス料金をもっと明確にせよ、ユーザの購入頻度やスタイルで不公平をなくせ、という2007年9月21日の総務省の通達が出された前後から増大していったのではないかと思う。これにより、通信キャリア主導で端末メーカを支配していた構造、ビジネスモデルは変わると、そこまで読んだとしても不思議はない。事実、キャリアが商品プランや発売時期まで完全にコントロールしている状況は変わろうとしている。

906シリーズはほどなくリリースされ始めるが、これが現状モデルでの端末開発、発売の最後になるかもしれない。905の時点で新モデルの発表周期が1年から半年に短縮され、次の906は発表された905シリーズがやっとすべて発売になろうかというタイミングだ。これは、これまでのスケジュールで動かしてきた開発サイクルを終了させるための前倒し措置ではないか、とさえ思える。おそらく、906シリーズは機能、デザインも含めて新しい要素を組み込む時間もないだろう。このタイミングで端末供給メーカのいくつか(三菱、ソニー、ドコモへの供給メーカではないがサンヨー)が撤退や縮小を発表したのもうなずける。

そして、Googleとの提携だ。これもiモードや公式メニューといったキャリア主導で作られたサービスとビジネスモデルを否定するものといえる。公式メニューは、プロバイダにとってもドコモのブランドやシェアトップというユーザ市場に確実にリーチできるものだ。クローズな市場といえるが規模が十分にあるので、いちど公式サイトとして認められれば、むしろオープンかどうかはあまり重要でない。ユーザにしても料金やサービス品質など安心して利用できるメリットもある。しかし、Googleとの提携は、このクローズマーケットにインターネットトラフィックの流入という風穴を開けることになる。単純には、ドコモは、公式サイトの課金によるシュアな収入だけでなく、キーワード広告などトラフィックによる浅く広くの収入モデルを導入しようとしているわけだ。

どちらの戦略も、これまでドコモが成功したビジネスモデルの根幹にかかわるものだ。とくにプロバイダフリー、メーカフリー、トラフィックの開放といったオープンな戦略は、競争やビジネスとして極めて健全なのだが、品質や信頼性といった側面ではデメリットも多い(あくまで一般論だが⁠⁠。電電公社時代からのこだわりは、よくもわるくも社会インフラとしての絶対的な信頼性だったはずだ。たとえば、携帯主要3キャリアで、災害時に基地局と同等な機能を持つ移動車輌を48台も持っているのはドコモだけだ。規模や公社時代の背景など単純な台数比較はできないがKDDIは同等な車輌は10台(数台は衛星通信によるバックアップも可能)である。とてもNTTグループとは思えない方向転換である。

「ケータイ飽和時代」のビジネスモデル

ゴールデンウィーク直前の4月25日、そのドコモが2008年度の決算発表を行った。結果は減収増益だ。利益は確保したものの売上の落ち込みは避けられなかった。一般に番号ポータビリティ制度によるチャーンアウト(顧客流出⁠⁠、ARPU(ユーザあたりの収益)の減少、などが要因といわれている。これも正しい分析だが、その背景にはやはり携帯市場の飽和という根本的な問題がある。子供や高齢者など未開の市場があったといわれているが、携帯電話の歴史はすでに20年以上(1970年の万博での電電公社の展示を含めれば30年以上だ⁠⁠。当時のユーザが自然とシニア世代にシフトしてきている。子供の市場も本質的には少子化問題が横たわっており、ARPUを上げるにしてもフィルタリング問題など簡単にはいかない。企業支給の端末やデータ通信などに特化した2台め3台めという市場が残されているが、全体的に見れば国内市場は成熟したといってよい。

ドコモは決算発表前後に、開発プラットフォームのレイヤ分離、無線LANやフェムトセルによるホームエリア構想、全国8ヵ所の地域ドコモの吸収合併を発表している。このうち開発プラットフォームの分離はグローバル化戦略のひとつとされている。開発プラットフォームについては、すでにGoogleの提唱するAndroid構想に賛同するなど、オープン化に向けた取り組みを発表しているが、Linuxベースのプラットフォームは、ウェブ連携やユーザインターフェースについてアドバンテージがあるものの、肝心の電話通信機能、とくに高周波デバイスの制御、リアルタイムの変/復調処理など、ミドルウェアより下のレイヤでパフォーマンスが出せるのか、作り直しになるなら蓄積のある既存チップとドライバの組み合わせのほうが楽だ、という現場レベルの反応もある。

しかし、LTE(ドコモでは3.9Gと呼んでいる規格⁠⁠、4Gといった時代のグローバル戦略、海外市場に出なければならない国内事情(市場飽和)から、ドコモが持つ通信網部分のプラットフォームとオペレータ(端末メーカやサービスプロバイダ)が使うプラットフォームをより明確に分離する必要がある。開発プラットフォームのレイヤ分離は、地味な発表でではあるが、Androidの採用やiPhoneキャリアに名乗りを挙げたといったことより、重要な意味を含んでいる。通信キャリアとしての強みは「網」を持っていることだ。強化すべきは他社が容易に構築できない通信インフラだ。国内市場の限界が見えてきて、ルールも変わってきた現在、それ以外のハードウェアやサービスを囲い込む必然はもはやない。移動体通信網を確たるものとして維持し、その端末供給やサービス提供の部分については、ベンダをもう一方の「顧客」として世界に開放する。過去にドコモが海外進出で失敗したのは、あまりに日本方式をそのまま移植しようとしたからだ。ネットワーク部分はうちがやるから、端末やサービス、ビジネスはいっしょに考えよう、という戦略に転換しようとしている。

もっとも、これは通信事業者としてはむしろ自然な姿のはずだ。ようやく日本もその流れに向かい始めたともいえなくもないが、市場の流れはドコモのような巨大企業も変えていくのだ。ただし、この流れに乗ってドコモが再生するための鍵が2つある。それは、広い意味でのリストラが必要なことと一定の時間が必要なことだ。⁠リストラ」は一般的なクビきりの意味だけでなく、文字本来のrestructuring(再構築)の意味だ。すでに100%子会社である地域ドコモを消滅させ存続会社をドコモ本体とする合併案を表明している。これは、ショップや拠点の縮小というより、無駄な組織や機構を排除する意味が高い。人員計画など、ドコモは未定としているが、子会社とはいえ独立した企業の代表取締役や役員だった人たちが、支社長以下の役職になる可能性もゼロではない。スピード経営という意味では組織改革をすばやく行う必要があるが、企業の社会的責任を考えるとあまりにハードランディングな改革は問題も多い。とくに大企業になればなるほど。

決算発表前後には、iモードの立役者といわれる夏野執行役員の退職や中村代表取締役の辞任まで取り沙汰されている(2008年4月28日現在、公式発表はない⁠⁠。外部からみれば動きが緩慢に見えるかもしれないが、ドコモをとりまく環境は待ったなしの状態だ。

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