UI/UX 未来志向―進化の方向を予測し、今必要なことを知る

第8回視点により異なるUXのとらえ

UXUser Experienceとはその名のとおり「体験」に関わる設計論ですが、体験の考え方にもさまざまな視点があります。この視点が違えば、⁠UXデザイン」と言っても設計するものがまったく異なってきます。

マクロなUX

ここ数年よく聞くようになったUXというのは、ざっくりと言えば製品やWebサービス設計だけでなく、飲食店や一般的な販売業などほぼすべての業務に使える概念で、マクロな設計論です。ここではこれを「マクロなUX」と呼びます。たとえば、ユーザになる前、なったとき、なったあとの製品・サービス設計を総合的に考えることが求められます。

マクロな発想での設計であるため、この視点からでは「具体的にどういうデバイスを通じて、かつ画面はどういうデザインで、どういうインタラクションを行えばよいのか」は見えてきません。この視点に立つと、たとえば実際にユーザが利用する画面が少しくらい使いにくいメニュー構造であっても、マクロな設計がきちんとできているほうがユーザは満足するという姿勢すらあります。

この設計からは身体や感覚に近い意味での「体験」は見えてきません。ですから特に現場のデザイナは、こういう広域な視点で「体験の設計」と言われても、単なるバズワードにしか思えないのではないでしょうか。

ミクロなUX

一方で現場のデザイナは、iPhoneのようなサクサクした気持ち良い体験をもたらすようなUI設計手法のノウハウを求めているように思います。たとえば、身体性[1]の発想などがそれに当たります。

そこで現場のデザイナは「新しい感覚をもたらすUIの勉強をしたいからUXについて勉強しよう」と考えがちです。しかし、今日よく聞く「UX」にはその答えはほとんどありません。デザイナが求めているのは、⁠ユーザがまさにデバイスに触れている最中に、どうやってグラフィックや動き、音などを用いてユーザの知覚に訴えるようにするか」です。これをここでは「ミクロなUX」と呼びます。

どちらの視点も重要ですが、これまで本コラムで扱ってきたのは、どちらかと言えばミクロなUXか、両者の中間に位置する設計論です。というのも、みなさんはどちらかと言えばエンジニア、あるいは画面設計を行うようなデザイナという立場に近いと考えたためです。

体験設計のレイヤ

さてこれらを踏まえて、体験設計のレイヤを筆者なりに整理したもの図1に示します。

図1 体験設計のレイヤ
図1 体験設計のレイヤ

体験の設計には3つのレイヤがあります。レイヤによって設計されるものが異なるので、UXと言っても、どのレイヤにおける体験であるのかを考える必要があります。

社会レイヤと文化レイヤ

まず、近年言われる「UX⁠⁠、つまりマクロなUXはたいてい社会レイヤと文化レイヤであり、プロダクトやサービスが最終的にもたらす経験価値が軸になっていることが多いように思います。

このレイヤでは、個人が人生でさまざまな体験を積み重ねた結果を「経験」とするならば、その経験において開発するプロダクトがその個人にとって価値・意義があると思えるように設計することが主な目的になります。ですから、ここのレイヤではエスノグラフィなどの観察手法を用いて、現場に入り込みながら観察します。暗黙的なニーズを分析し、的確なユーザ像を作り上げ、それに基づきある個人がそのプロダクトやサービスを利用する理想的なストーリーを描き、理想的な個人の経験価値を定義していきます。

この場合、技術に基づくプロダクト的/プログラミング的設計はごく一部でしかありません。製品はあくまでそのストーリーをより良く成立させるための「部分」としてとらえられます。むしろ、プロダクトや技術に関係なく広告などを含めたユーザとの接点となる企画や戦略が大切になってきます。

たとえば、物質的にほぼ同じものであっても、化粧箱などのパッケージがしっかりとしていると、体験としては良い印象を与えます。従来から同じ商品を扱っていても、ユーザとの接点部分を変えることによって価値が大きく変わることを意味しています。近年のUXはたいていがこの意味においての体験であり、ユーザの体験と言いながらも非常にマクロな体験設計であることが特徴です。なお、個人的にはこれは体験というより経験であると思っています。

現象レイヤ

しかし、みなさんのようなWebアプリケーション開発者からすると、体験とはもう少し身体に近いものではないでしょうか。つまり、人間の知覚や行為によってどう体験が変化するかです。

図1ではこれを現象レイヤと定義してします。ここで設計されるのは、たとえば自社のWebサイト/サービスを利用したときに、どういう演出をして、どういうナビゲーションで、どのように目的の情報にたどり着くかであったり、どうすれば触っておもしろいと思うか、新しい感触が得られるかなどです。

これは今日よく聞くUXにしてみれば、ミクロな体験です。これはストーリーとは違い定義できるものではなく、非言語的です。⁠気持ち良い」と簡単に言葉でまとめられてしまいますが、そもそも気持ち良いとはどういう現象であるかをわからないと、設計できません。

UI/UXというように、UIとUXが一緒に扱われて表現されることが多いのは、こちらのミクロなUXの視点が影響しているように思います。

双方の視点が必要

このマクロなUXとミクロなUXが区別されずに語られているのが、混乱を招いている原因だと思います。マクロなUXが話題になるのは、ビジネス的、経営的視点として意義があるからです。一方ミクロな視点のUXは、ビジネスや経営には直接は関与しません。

では、ミクロなUXは不要なのでしょうか? それはまったく違います。ミクロなUXは、ユーザにとってみれば直接体験している現象そのものです。たとえばAppleの製品はミクロなUXもマクロなUXもよくできていますが、ミクロなUXは他社のプロダクトに比べてずば抜けていると筆者は感じています。ミクロなUXを綿密に設計することにより直感的な操作を実現するばかりでなく、ユーザ層を拡大し、新しい世界観をもたらします。Appleが行うUXの設計は、マクロ的体験の良さを念頭に置きながらもミクロなレイヤから綿密に設計を行っている印象です。これはセンスの問題ではなく、PCの歴史の中でAppleが最もUIを大切にしてきた文化にあると思います。

まとめ

今回は、UXというキーワードを、マクロなUXとミクロなUXに分け、3つのレイヤから考察しました。なかなかこういった視点からUXがとらえられることはありません。グラフィックデザイン出身のUIデザイナからすれば、社会・文化レイヤのマクロな視点の「デザイン」というのはなかなか受け入れにくいのではないでしょうか。iPhoneのような触り心地のミクロなUXの設計手法を求めている状況のように思えます。

今日流行しているマクロなUXを学ぶことは大切ですが、グラフィックデザイナがそれを知っても、なかなか実装に落とすのは難しいと言えるでしょう。おそらく現場の多くのデザインに今、そしてこれから求められる発想は、それまでのスマートフォンとはまったく異なる新しいデザインを打ち出したiPhoneのようなものです。これは、真に人々にとって価値のあるモバイルプラットフォームとは何か考え抜いた結果です。こういったUIの刷新による新しいデバイス、プラットフォームは、人々の行為を変える力を持ち、結果的にマクロなUX、つまり人々の経験を変えることになるでしょう。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧