WSEA(Web Site Expert Academia)
第16回 コミュニケーションとWeb サービスの価値作り(その3)
2007年10月10日
初出:Web Site Expert #14(2007年9月25日発売)
地域の活性化とWebサービスの価値作り
佐倉:
やっぱりもう一度,足元,自分の身の回りに近いところを見直す必要があるのかな。そういう意味ではWebなんかでも,地域の活動とリンクしてやっているところも最近ちょっと増えている気がしますが,そんなことないですか。
前田:
そうですね,去年愛知県の三河安城にあるケーブル局に『関心空間エンジン』をお納めしたのですが,やはり集まるものが全然違うからおもしろいですよ。美味しいものを投稿すること自体は,東京でもどこのサイトでも同じはずなのに,仮想の会話の対象者が地元の人に変わるだけで一気に濃さの違うものが集まる。これは地域の良いところだと思いますね。
佐倉:
なるほど。
前田:
たとえば,Yahoo!で祇園祭りを検索すると,上部に“祇園祭 Yahoo!特集”,検索結果のTOPが“祇園祭 京都新聞”だったりするのですが,後者をクリックするユーザのほうが圧倒的に多い。Yahoo!は情報をお金で買ってコンテンツを整備しているだけだから,地元にロイヤリティが高く地場を活かした京都新聞のほうが,他にはない情報と信頼性があるだろうということが,理由のようです。こういう力を地方新聞はもっと活用しない手はないなと思いますね。
佐倉:
この前韓国のソウルで開催された科学コミュニケーション国際学会でタイの人が話をしていたんですよ。タイは今近代化されてて,農村のほうの文化が壊滅状態になっている。このままではいけないということで,タイ北部の農村のお坊さんたちがいろいろ,近代化と伝統社会の共存を模索しているという話なのですが。
その農村には,手でつくる染物の手ぬぐいみたいなものがあるんですけど,それを工場で生産したいと業者から言われた。ここで全部工業化してしまうと大量生産になってしまって手工業的な良い味わいがでないけど,機械で代替できる部分もある。その,機械的に行う部分と手作業で行う部分の工程を,お坊さんがきちんと企業の人や村の人と相談して,うまく良いシステムを作った。その結果,村の現金収入も増えて学校や公民館ができたり…という非常に良いシステムの話で。
この場合,コーディネータになる人は,地元のことをよく知っていて,でもグローバルな知識もあって,かつ地域の信頼を集めているお坊さんだったからできたことですよね。そういう人がいないと,全部に反対して昔のままで残されて,結局先がなくなってしまう。こういうコーディネータみたいな人をうまく捕まえるようにしないといけないね,という話だったんで,今のお話聞いてなるほどな,と思ったんです。共通しているのは,そういう人がうまい具合にやって,地元のローカルな人の努力は努力でそれが報われるような,でも実はグローバルに広がっていって,情報自体は皆がありがたがるものであって,そのフィードバックがこっちに来るしくみ。そういうのが作れないとうまくいかないですよね。
前田:
これも日本人の良くないところだと思うんですけど,Webサービスって,1社が何かのサービスをやり始めたら皆真似し始めて。儲かっているものは最初の3社ぐらいまでで,あとはロングテールが続いている,みたいな。稼げないけど皆食い合っている感じがありますよね。
佐倉:
(笑)
前田:
最近流行っている『モバゲー』もそうですよね。彼らはまずはサイトを流行らせるために単純にゲームを無料にしたんですね。ここで普通の人は「課金にしたら儲かるのに,なぜ無料にするんだろう?」と思うわけですよ。しかし,この無料のゲームを通じて巧妙に有料サービスに誘導して,集客に成功したわけです。成功すれば,なんてことのない事例ですけど,誰かと違うことを思い切ってやるということは重要ですよね。
地方の駅前や郊外にしても,今はたいていどこに行ってもユニクロとツタヤがあって,どうしてもこの街に住みたいという気分にさせてくれない。それに比べて函館とか鎌倉とかの住みたい街に選ばれているところというのは,独自の文化があって,かつ輸出可能な文化も持ち合わせていますよね。地域を活性化させる施策と乱立するWebサービスの価値作りというのは構造的に似ているような気がします。
佐倉:
絶対にやりかたはあると思うんですよね。僕は地方の本当の実態というのはわかりませんが,それこそ地元の人達が何十年,何百年もそこに生活してきたんだから,文化って絶対あると思うんですよね。それを上手く使ってやるほうが絶対に外からの付加価値も付きやすいし。成功するには強力なパーソナリティーがいないといけませんけど。だから本当は代理店とデベロッパは,もうそういうこと(画一的な街づくり)はやらなくて良いんですよ,と伝えなくてはいけない時代なんじゃないかと思いますね。
前田:
確かに人とお金を投じても作れないもの,土地柄,人柄,歴史など,目には見えないけれどもはっきり存在する価値をうまく汲み上げるしくみが必要ですね。Webにも求められることだと思いますが。
佐倉:
出張で地方の本屋さんに行くと,10年くらい前までは地元の出版社のコーナがあってご当地作家の棚とかがあって楽しかったのが,最近はどこにいっても同じような本しかなくなっちゃって。店員さんに聞くと,その地方の出版社はつぶれたりしていて。本来,その,本というメディアが地域とグローバルとの中継ぎをある種はたしていたと思うんですよ。それがはたせなくなっちゃった。そこの部分でいうと,Webはかつて地域の出版社がはたしていた役割をやるしかないというか,Webのほうがそういうことをできるパワーがあるのかな,という気がしないでもないですね。
対談を終えて~前田氏からのひとこと~
常々,情報空間において,“非言語コミュニケーション”がどのように実現可能かということに考えを巡らせていました。今回,Webも情報が流れている1つの生態系と捉える佐倉先生との対話を通じて思ったことは,普段我々が自然に感じている同郷意識や民族意識,そしてそれらを超えるグローカルなアクションをより自然な形で共有できないかということでした。たとえば,ソウルフードという言葉がありますが,なぜか郷愁を感じる食べ物とか,あのお祭りの音を聞くと心が騒ぎ出すというものから,一度も行ったこともないのに共感することが多い外国のカルチャーであるとか,それぞれ心の遺伝子を振るわせる“何か”があるはずなのです。そういった何かをオンライン上で形にしたり,共有するばかりか世代間を超えて“遺す”ことさえそろそろ考えなくてはならないのかも知れません。その頃にはWebの世界にも新しい部族(tribe)が生まれているに違いありません。

