日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第1回中国が注目する「儲かるオープンソース」

世界的なムーブメントに多くの中国企業が参加

多くのスマートフォンやネットワーク機器を開発している中国からのOSSへの貢献が、ここ数年、大きく目立つようになってきました。LinuxカーネルV5.10のコミットは13.4%が中国からで、最も貢献の多い国の1つです。コミットしたエンジニアの総数でも448名と最多で、彼らの多くがファーウェイ、シャオミなど中国のスマートフォン、ネットワーク機器の関連企業です。

近年は、Linux Foundation、OpenStackなどのファウンデーションやコンソーシアムのスポンサーに中国企業が目立つようになり、ボードメンバーにもアリババやファーウェイなどからの参加が見られるようになりました。ハードウェア企業は製品を、プラットフォーム企業はサービスを販売する。その品質を効率的に高めるために、オープンソースは有力な手法です。GoogleやMicrosoftがビジネスの戦略としてOSSを推し進めるように、アリババやファーウェイもOSSを推進し始めました。

世界的なムーブメントに中国の企業やエンジニアがどんどん参加してくる一方、これまで中国独自のオープンソースソフトウェアやオープンソース活動は、開発者の数に比べて目立つものが少なかったと言えます。

2020年から急成長を始めた中国のオープンソース・エコシステム

その状況が2020年から大きく変わり、中国は独自のオープンソース・エコシステムへの投資を急加速させています。2020年に中国初のオープンソース・ファウンデーションであるOpen Atom Foundationが設立され、2021年には第14次五ヵ年計画に企業や社会のオープンソース推進が盛り込まれています。

2020年までは意識の高い会社が世界的な(中国にとっては海外の)オープンソース活動に参加する、という形だったものが、中国内部で社会全体を巻き込んでオープンソースのエコシステムを作ろうとしています。

きっかけの一つは米中貿易戦争です。GitHubが,アメリカ政府の要請でイランからGitHubへのアクセスを遮断したという報道がされてすぐに、中国ではGitee、CODE CHINAといった国内クローンのリポジトリが登場しました。その後、米Linux Foundation、Apache Foundationなどのオープンソースを主導するファウンデーションが相次いで「オープンソースはアメリカの輸出規制の影響を受けない」と発表したことで、政府も企業もオープンソースへの投資を急加速し始めました。

社会を巻き込んでエコシステムをつくる

2020年から、中国政府系のシンクタンクなどが相次いでオープンソースについての報告書を発表し始めました。その一つ、政府系シンクタンクの中国信息通信研究院が2020年10月に発表した「中国オープンソースエコシステムホワイトペーパー2020(开源生态白皮书⁠⁠」では、LinuxやAndroidなどの代表的なOSSを紹介するほか、フリーソフトとオープンソースソフトウェアの違い、⁠伽藍とバザール」などの代表的なオープンソース開発メカニズムの紹介に加えて、Free Software Foundationなどのファウンデーションやコンソーシアムがオープンソースソフトウェア開発にどのような役割を果たしているかの紹介など、オープンソースという仕組みがどうやって成り立っているかについて大きくページ数が割かれています。またホワイトペーパーの最後では、中国でもこうしたエコシステムを作ることの重要性についてまとめられています。

中国では、こうしたシンクタンクがホワイトペーパーを発表する時点で、すでにシナリオが引かれていることがよくあります。ホワイトペーパーの発表と前後して、Open Atom Foundationという中国発のOSS推進団体が設立されました。米Free Software Foundationなどと同じく、OSSプロジェクトのインキュベーションとしてドキュメントやガバナンスのサポートや指導をおこなうほか、OSS全般の広報活動やライセンス整備をおこなう組織ですが、位置づけは中国政府工信部(日本の総務省や経産省を組み合わせたような組織)所属の国家機関です。

アリババ、ファーウェイなど中国大手テック企業がオープンソースを推進

近年のオープンソースソフトウェアは、AWS対OpenStack連合、iOS対Android連合など、業界1位に対して2位以降の企業が手を組んでオープンソースのソフトウェアを推進する、大企業同士のパワーゲームの様相が強く現れています。OpenStack連合にもAndroidへのコミットにも、アリババ、テンセント、ファーウェイなどの中国大手企業が名を連ねています。

クラウドネイティブ以降はさらにその流れが強まり、Dockerのようなオープンソースソフトウェアを核としたスタートアップでユニコーンとして成長する会社が多く現れ、クラウドで動くソフトウェアが「オープンか、プロプラエタリか」という区別はますます意識されづらくなりました。使用中のOSSにプルリクエストを送ることも、OSSを用いて構築されているクラウドに従量課金することも、当たり前になってきました。テック系の大企業が目立つ中国もその流れに参戦し、米中貿易戦争の影響で中国国内で独自のオープンソースの動きが生まれ、それが産業振興と強く結びついているのはとても興味深いと思います。

中国の産業振興とオープンソース

筆者はオープンソースの開発ボードを扱う、スイッチサイエンスの国際事業開発担当として、中国・深センに住んでいます。並行して、早稲田大学の非常勤講師として「深センの産業集積とハードウェアのマスイノベーション」という講義や研究活動をしています。その中でいくつかの中国オープンソース関連文書を関連団体にコンタクトして翻訳したところ、中国最大のオープンソースアライアンスである開源社の一員として、中国オープンソースエコシステムの一部を担う活動に参加することになりました。こちらではオンラインのものを含めて、さまざまなトピックで、週に何度もカンファレンスや勉強会が中国語で開かれ、筆者が参加や運営の手伝いをすることも多くあります。

開源社は非営利団体で、各メンバーは別に仕事を持っています。たとえばアリババやファーウェイなどの大企業のOSPO(オープンソース・プログラム・オフィス)として社内のOSS活動を牽引するなどといった仕事です。今、中国ではこうしたオープンソース・ソフトウェアの推進運動をする部署が各社に作られ、政府もそれを支援しはじめました。2021年に発表された第14次5ヵ年計画には、オープンソースやオープンデータの支援が盛り込まれています。

これまでずっとユーザーとしてオープンソースのエコシステムに参加してきた中国から、世界に貢献できるようなソフトウェアが生まれてくる可能性があるのです。

次回は、いくつか代表的な分野の中国OSSを紹介しましょう。

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