ゲームデザインのミナモト

第2回バルーンファイト―思った通りに動かせない“慣性”生む遊び

ゲームに歴史あり

今回もいろいろなジャンルのゲームの歴史を振り返りながら、おもしろさのミナモトについて考えてみたいと思います。

ゲームのおもしろさはルールだけでなく、キャラクターや演出、ほかの人とつながるためのサービスなどいろいろな要素が組み合わせられています。ですので、新しいゲームを作るとき、古い定番ゲームのルールだけをそのまま持ってきてもほとんどの場合はおもしろいゲームにはなりません。ただ、もともとのゲームが持つアイデアのポイントや、思いついた経緯などを知ることで新しいものを生み出すヒントになるのではないでしょうか。

今回は、任天堂がアーケードゲームとして1984年に製作し、後にファミコン用ソフトとしても発売された「バルーンファイト」を取り上げたいと思います。

操作することの難しさ

バルーンファイトは、風船をつけてフワフワと空中に浮かぶプレイヤーをうまく操作して、敵キャラクター(やはり風船をつけている)を倒していくアクションゲームです。敵を倒すには、自分から体当たりして敵がつけている風船を割るしかありません[1]⁠。接触したときに自分の高さが敵よりも高ければ、風船を割ることができます。反対に、敵が自分よりも高い位置にいるときに体当たりをすると、自分の風船が割れてしまいます。

このゲームは、その操作に特徴があります。左右の移動はレバー(十字キー)で行いますが、高い位置に上昇するためにはボタンを押して手をパタパタと羽ばたかせる必要があります。この動きに独特の慣性が働いており、ボタンを連打することで上昇するスピードが加速され、ボタンを離すとゆっくりと落下していきます。最初のうちはうまく羽ばたかせることができず苦労しますが、慣れてくれば思い通りに空中を飛び回る楽しさを感じることができます。

この「思い通りに操作できない」という要素が、プレイヤーに繰り返し遊ぶための動機になり、学習してうまくなったときの喜びにつながっていくのです。

隠し味かメインディッシュか

物理法則に従って慣性が働くゲームは珍しくありません。たとえば、大人気となった「スーパーマリオブラザーズ」注2でも、プレイヤーが操るマリオは操作した方向にすぐ動くのではなく、最初はゆっくりと歩きやがて加速するといった慣性が取り入れられています。

また、⁠エクセリオン」注3というゲームでは、シューティングゲームの自機操作に慣性を取り入れることで、よりスリリングなゲームとして記憶に残るものとなりました。

現在のゲームでは、物理エンジンの利用などによりリアルな挙動が再現されていることが多いので、ユーザが意識しなくても慣性が働いているものもあります。ただ、隠し味としての慣性ではなく、メインディッシュとして慣性そのものをゲームの楽しさとして取り入れるという方向も、古くからある手法として覚えておくとよいでしょう。

昔からアマチュアの方が作るPCゲームの定番ジャンルの1つに、⁠酔っ払いゲーム」図1注4があります。これは、まっすぐ歩けない酔っ払い(プレイヤー)をうまく操作して目的地に導くといったもので、移動に慣性が働きます。操作キーを押すと、その方向に加速しながら歩いてしまうので、逆方向のキーを交互にうまく押しながらコントロールする必要があります。プログラムが短く手軽に作れて、何度も楽しめるゲームです。

図1 筆者が作成した酔っ払いゲーム
図1 筆者が作成した酔っ払いゲーム

世界初のアーケードビデオゲーム

慣性の法則を使ったビデオゲームは古くから作られており、特にアメリカでは人気がありました。世界初のアーケードビデオゲームとして知られている、⁠コンピュータースペース」注5には、宇宙船をロケット噴射により制御するという操作で、すでに慣性が取り入れられていました。これはもともと、大学などで使用されていた初期のコンピュータ「PDP-1」⁠1960年DEC開発)上で動作していた「スペースウォー!」というゲームを模したものです。宇宙船は、左回転と右回転のボタンで向きを変えることができ、ロケット噴射のボタンで向いている方向に加速するという操作でした。これだけで、2Dの平面上を自由に移動させることができます。さらにもう1つのボタンで敵を攻撃するためのミサイルを発射します。ゲームで使われるのは、これら合計4つのボタンだけでした。

この操作方法は、その後登場する「アステロイド」注6というゲームに引き継がれます。アステロイドは、コンピュータースペースの敵を隕石に変えてゲーム性を高めたもので、アメリカでは7万台を超える大ヒットを記録し、今でも定番ゲームの1つとなっています。

難易度の調整

実はバルーンファイトには、その元となったゲームがあります。アーケードゲームとして1982年に登場したウイリアムズ社の「ジャウスト」⁠JOUST)です。ダチョウに乗った騎士が浮遊しながら戦うというもので、ボタンで羽ばたきながら移動し、体当たりをしたときに高い位置にいた者が勝つというルールも同じです。

このゲームを日本向けにわかりやすくアレンジしたものがバルーンファイトでした。ジャウストは、アメリカでは人気を博しましたが、日本では設置台数が少なかったことや難易度が高かったことに加えて、自分が負ける理由がわかりづらく、敵を倒したあとにタマゴを回収する必要があるなどルールへの習熟が必要であったことがネックでした。また、騎士が登場する世界観も日本人に馴染みのないものでした。

それを風船という題材に置き換えて親しみやすい世界観を作り出し、自分につけられている風船がすべて割れれば落下するという直感的なわかりやすさを加えたことが、日本での成功につながったのだと思います。

操作が難しいほど上達したときの喜びは大きくなりますが、途中で投げ出すプレイヤーも多くなります。バルーンファイトは、初心者でも遊べる適度な難易度でありながら、上級者でも気の抜けない緊張感を生み出していると思います。おそらく、ボタンを押すべきタイミングや落下する重力の強さなどを、プレイしながら調整を繰り返したのではないかと思います。そうした調整の結果、多くの人に支持される名作となりました。難易度の調整は、古いゲームでは往々にして職人的な勘とセンスによって行われてきましたが、日本製のゲームが世界に広く受け入れられた理由の1つに、こうした細かな調整があったと思います。ちなみに、現在の任天堂の代表取締役社長である岩田聡氏も、バルーンファイトの製作スタッフの一人として参加していたことが知られています。

バルーンファイトと同じ1980年代のアメリカのゲームは、日本と比べると圧倒的に難易度が高い傾向にありました。これは、国民性の違いや、アーケードでの1プレイあたりの料金の違い[7]などがあると思われますが、特に慣性が働くゲームに関しては、アステロイドを始めとしたゲームに多く親しんでいたという背景も理由の1つでしょう。

日本では残念ながら、アステロイドやジャウストは広く普及しなかったのであまり知られていませんが、おもしろいゲームですので遊ぶチャンスがあればぜひ触れてみてください。

体で覚える感覚

バルーンファイトは、その後2007年に「チンクルのバルーンファイトDS」というタイトルで、クラブニンテンドープラチナ会員特典(非売品)としてリメイクされています。

ほかにも「操作すること」そのものを楽しむゲームは今でも多く作られています。たとえば、サルのキャラクターが閉じ込められているボールをうまく操作する「モンキーボール」注8は、世界中でヒットを記録したスーパーモンキーボールシリーズとして現在でも最新作が製作されています図2⁠。

図2 2011年にセガから発売された、ニンテンドー3DS用ソフト「スーパーモンキーボール3D」
図2 2011年にセガから発売された、ニンテンドー3DS用ソフト「スーパーモンキーボール3D」
©SEGA

また、⁠パイロットウイングス」注9などの空を浮遊するゲームも、体が覚えて上達するゲームの方向性を今でも持っていると言えるでしょう[10]⁠。

古くからある題材であっても、その調整や見せ方でおもしろさが大きく変わってしまいます。慣性を使ってリアルな動きを再現することも良いですが、あえてゲーム向けに現実にはない挙動をつけることも大切だと思います。たとえば、任天堂のマリオカートシリーズは、リアルなカートレースのシミュレーターとは言い難いですが、誰にでもカートを操る楽しさを提供しています。

あなたなりのアイデアを活かして、操作に注目したゲームを作ってみてはいかがでしょうか? それではまた次回に。

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