[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第五回「夕日」

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夕日を背負ったサイクリストは、カチカチ山のタヌキのようだ。

この夏、福島県いわき市の芝山自然公園キャンプ場[1]で一週間テントを張った。テントサイトは芝山山頂手前の猿子平[2]と呼ばれているなだらかな斜面に広がった原っぱで、東側は海に向かって開けている。雲や霞がかかっていないときはピカピカ光る太平洋を望むことができた[3]⁠。

猿子平から百メートルちょっと登った芝山山頂には、丸太で組んだ展望台─⁠─展望塔と言った方がいいかな─⁠─がすっくと立っていて、この展望塔からのながめが素晴らしい。

芝山というのは800メートルほどの山なのだけれど、あたりにここより高い山が無く、掛け値無しに360度視界が開けている。

そこから─⁠─ビール片手に─⁠─見る夕日は夕日の中の夕日だった(朝日も朝日の中の朝日だったらしいんだけど、常夜飲んだくれていた目に朝日が昇ることはなかった⁠⁠。

海からの湿気が山にぶつかって、ムワムワとわき上がってくる雲を従えて、西の彼方の日光連山(だと思う)にゆっくりゆっくりと没していくお日さま。その光は東側の空と雲も、赤、紫、橙、紺……表現しきれない色に巻きこんで、目の前の空気にも色が付いて、ビールも黄金色から赤銅色に変わりながらのどを落ちていく。

夕日を飲み干して、背中に最後の光を背負いながら、暗さの増す山道をキャンプサイトに降りてゆく。至福の時間だった。

これが自転車ツーリング中となると、同じくらいに素敵な夕日が気持ちをあおる着火剤になってしまうときがある。

うっすら雪の積もった林道を、ズリコズリコ、と峠へ向かっている。前日に気温が緩んで、また一気に下がったせいか路面はいわゆるアイスバーン状態。尾根を巻いて行く林道はアップダウンを繰り返して、そのちょっとしたアップでもリアが、ズリコ、と空回りしてしまう。いつのまにやら林道はすっかりと影に入り込んでしまった。尾根の向こうはまだまだ明るい。

カーブを大きく回ると谷の向こうに山が上を向いて口をあけている。⁠峠だ⁠⁠。

一瞬目にした峠も、次のカーブでまた尾根に隠れてしまった。ズリコズリコ、雪さえなければなんてことない尾根道をゆく。

今度はドン、と視界が開ける。橙色に染まった空の真ん中にそびえる逆光の単独峰に今、まさに日がおちようとしている。

思わず息を呑む。

感動ひとしお……ふたしお目に現実がやってくる。

「おい、こんなとこで夕日にひたっていていいのか」⁠日がおちると、こっち側の路面も凍るぞ」⁠こんなつもりじゃないから、しょぼい電装[4]しかもってきてない!」

携帯食を半分凍ったボトルの水で流し込んで、凍り始めた林道をおそるおそる、でも焦々と下ってゆく。

せかせか走る背中を夕日が真っ赤に焼く。

「これじゃカチカチ山のタヌキだよなあ」

磐越東線・夏井川と走る 線路は続くよ川沿いに走

国土地理院五万図…今回はプロアトラス出力地図で動いてしまいました。

芝山自然公園キャンプ場・小野まで16.8km⁠⁠~磐越東線・小野新町駅(0km⁠⁠~夏井川渓谷~小野郷駅~JR常磐線いわき駅(40km⁠⁠~⁠新舞子浜~塩屋崎~いわき湯本・JR常磐線ゆもと駅/積算90km)

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下りまくりのコースです。下りまくるだけで時間が余ってしまうからおまけコースも前後につけておきました。

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テントを叩く土砂降りの音を聞きながら、⁠こいつは明日も走れないなあ」とあきらめつつ目覚める。と、降りがずいぶん弱くなっている。携帯サイトの天気予報では町に降りれば、ここ芝山のてっぺんよりは天気がよいとのこと。

小雨の中、芝山公園キャンプ場を出発。牧場の中の道を下りきれば雨は降っていない。このキャンプ場を拠点に動くのであれば、最後の2kmちょっとは激坂を登り切らないとテン場にたどり着けないことを覚悟しておきましょう。

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やんだと思ったら降ってくる、降ったともうと日が照ってくる。降ったりやんだり、上がったり下ったりをここまめに繰り返し、リカちゃんキャッスル[5]を過ぎれば、小野新町駅。磐越東線と夏井川をたどる旅はここから始めることにしよう。

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本当にずっと下りのコースだから、ガンガン走っているとすぐに終わってしまう。併走している磐越東線と夏井川がコンビネーションでつくり出してくれているビューポイントをじっくりと楽しみながら下りたい。

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川前駅を過ぎると、このあたりが一番の見所⁠夏井川渓谷⁠奇岩を縫うように清水が走っていく、江田駅手前を少し入ったところには名所・背戸峨廊の遊歩道なんぞもあるから是非立ち寄っていきたい。江田を過ぎて支流の小さな橋を渡れば、そこはカエルの詩人として有名な草野心平の故郷。葦船みたいな建築の草野心平記念文学館がある、ここも是非立ち寄っていきたい。

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さっきから「じっくり楽しみたい」だの「是非立ち寄っていきたい」だの、希望ばかり述べているのは、私自身が是非楽しんで、立ち寄りたかったから。実のところ、夏井川渓谷にかかる手前から雨脚がひどくなり、途中でやんだりはするものの速乾性のウェアが乾く間もなく下着までビチョビチョ。靴の中はズルベチャ。

着替えは一揃いしか持っていないから、風呂に入る前に着替えたくない。雨具を着るタイミングはとうに逸している。こんななりでじっくりビューする気にも、文学するわけにもいかず、ひたすら下ってきてしまった。

小野郷を過ぎると、雨もあがり、日も差して、身体も乾いてきた。常磐線いわき駅をゴールに設定していたのだけれど、午前中に辿り着いてしまった。

なんぼなんでもなあ、というわけで、国道6号・水戸街道をたどって太平洋に出ることにした。しかし、この水戸街道というやつは、かなり自転車に優しくない道で、交通量が多い上、路肩も歩道も走りにくい。早々にめげて、ショートカットで新舞子浜に出る。

怒濤の波頭の太平洋。それでも果敢に沖へと向かってゆくサーファーに敬意を表して塩屋崎へ。

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塩屋崎灯台は霧に隠れて足下がうっすらと見えているだけだ。それでも、霧にむせぶ灯台に寄っていきたいところ(またです)だが、実はこの少し前から、土砂土砂と降ってきて濡れ鼠に戻ってしまっていた。シャッターを切ったら急に歌い出す美空ひばり像にビックリしつつ、鳴いてくれない鳴き砂の浜にがっかりしつつ、江名の集落で太平洋に別れを告げて(やや道に迷いながら⁠⁠、再び山の中へ。

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山越え、と気負っていったわりには、一山あっさり越えたところがいわき湯本だった。駅前の観光番屋でタウンマップをもらい、その前にある地獄のように熱い足湯(59.8度!)で、マップを検討。一番安い公共の湯「さはこの湯」※6で身体をあたため、念願の着替えをすませ、温泉神社に手を合わせて旅を締めくくったのでした。

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