[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第十一回「春の小川」

画像

ビル四階の自転車屋

その自転車店は駅ビルに入ったスーパーマーケットの四階にあった。

某乳酸菌飲料の訪問販売をしていた相方が、配達中に自転車をパンクさせてしまった。前にパンクしたときに世話になった自転車屋が街道沿いに店を構えているのだけれど、自分の店で買った自転車ではないことをネチネチと言われたあげく、配達用の特殊な自転車だからと割高な修理費を請求されていたので、その店に行くのは嫌だった。

通りがかりの人に、他に自転車を知らないかと聞くと、その店を紹介してくれた。やってきて見ればその店はスーパーの四階にあった。とりあえず自転車を置き、荷物だけ持って上がっていった。

迎えてくれたのは、日に焼けた小背だが体つきのがっしりした人当たりのいい店長だった。

「四階って、どうやって上がるんですか」

「エレベーターに自転車を積んできてください」

そう言われても6~7人も乗ればいっぱいになってしまうようなエレベーターしかない。

斜めに自転車を入れると人が乗れなくなってしまうので、前輪を持ち上げ、壁に寄り掛け、馬が後足で立っていなないているような形で四階まで行った。

店長、といっても店員はこの人だけで、トイレに行くときには向かいのインテリア屋に留守を頼んでいくような小さな店だ。

愛想良くパンク修理をしてくれた上、飲料を毎日買ってくれるという。自分の分だけで毎日四階に来てもらうのは心苦しいと、インテリア屋など四階に店を出しているテナントに声をかけてくれ、ここは相方の上得意になった。

「でね、マークとキャラクターを作ってくれないかっていうのよね」

四階の店の名前はWといい、都内のあちこちに店を構えるチェーン店だった(小さい、などと失礼なことを言ってしまった⁠⁠。新しい店を出店するにあたって、店のロゴマークとキャラクターを作って欲しいという依頼だった。相方を通して、僕がイラストやグラフィックデザインを生業にしているということは、すでに先方に伝わっていたのだ。

「タダで?」

「物々交換でどうかって」

その頃僕は、古いロードタイプの自転車をばらしてフレームの塗装を剥離剤ではがし、塗り替えるなんてことをやったりしていたのだけれど、まだまだ興味はオートバイの方にあり、オートバイ以外でツーリングに出かけるなんて言うことは考えていなかった。

しかし、技術が進んで、どんどんと自分でいじることが出来なくなっていくオートバイという乗り物に、ちょっと嫌気がさしてきている部分もあった。

「じゃあ、やる」

「この度はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

「で、自転車なのですが」

店長は店の横の通路に並べてある、ツーリング車風の列のところに僕を連れて行こうとした。ドロップハンドルではあるけれど、リアのサイドに鞄を入れるための折りたたみカゴのついた、いかにも通学を対象にしたモデルがずらっと並んでいた。

僕はそちらをちらっと見ただけで店の前に引き返し、前から目をつけていたディスプレイ・ケージに下げられているP社のフィットネス自転車を指さして、⁠これがいい⁠⁠、と言った。

店長は「こいつは何を言い出すのだ」と言う目で僕を見て、すがるような目で相方を見た。

相方がすまなそうに店長に首を振ると、がっくりと肩を押した店長が「サイズが合うかなあ」とつぶやいた。僕にはそんな言葉は耳に入らず、この自転車と一緒にどこに出かけようか、あれこれと想像をふくらませてるのであった。
⁠つづく)

そのプロショップは、何度かの店長交代の後、駅ビルの建て替えもあってとうとうこの町から撤退してしまいました。

町にショップはなくなったけど、そこで知り合った仲間たちとは、今でも月1ペースで走りに行き、月2~3回は寄合酒で集まっています。

ショップの本体自体は無くなったわけではなく都内のあちこちで店を構えており、親しかった店長が移ったショップを訪ねるポタリングなんかも時折行っているのです。

ゲゲゲの武蔵野小川巡り

旺文社でか字マップ:東京多摩

JR立川駅~立日橋~府中の森公園~味の素スタジアム~武蔵野森公園/調布飛行場~野川公園~深大寺~布田天神/天神通り商店街~京王線・調布駅~実篤公園/旧実篤邸~京王線・仙川駅~祖師谷公園~仙川河口~二子玉川/野川河口~多摩川サイクリング道路~立日橋~JR立川駅(約60km)

画像

気温もホコホコと上がってきてたこの季節に、春の小川をサラサラとたどりながら、妖怪たちのご尊顔を拝謁するポタリングに出かけることにしましょう。

スタートはお馴染み立日橋。JR立川駅南口から多摩モノレールの高架下を10分ほど走れば多摩川にかかる立日橋にぶつかる、橋を渡らずに左岸沿いの土手道を下流へ向けて漕いでゆく。日野橋、中央道橋梁、石田大橋をくぐって、どんどんいこう。

画像

どんどんいくと、どんどん人も増えていきます。この道に⁠多摩川サイクリングロード⁠などという名前をつけているために、ここは自転車優先なのだ、とアホな考えを持つ人がいますが、それは大間違い。ここはサイクリング道路である前に多摩堤の遊歩道なのです。幅的にほとんど意味のない自転車と歩行者の通行帯が路面に描かれてあるせいか、ますます勘違いをするサイクリストが増えてしまったように感じるのは残念。あくまでも歩行者優先。のんびりといきましょう。

画像

のんびりいけば沿岸の景色も自ずと目に入ってくる。稲城大橋手前にある公園には多摩川の源流から、河口部までが再現されていたり、道の脇にちょっとしたアスレチック器具が置かれていたり…一息も二息もいれながら春の息吹で肺をいっぱいにして走りたい。

画像

稲城大橋の辺りで一度、多摩川とはさよなら。

飛田給の駅をかすめて、甲州街道に出れば目の前にドーンと⁠味の素スタジアム⁠が。いつも車から眺めるだけだったので、身ひとつでやってくるとかなり大きく見える物だ。

画像

スタジアムから続く緑地が⁠武蔵野の森公園⁠まだまだこれから出来上がっていく感じの若い公園だ。公園に隣接して調布飛行場が広がっている。ぼんやりと眺めていると小型機やヘリの発着を見ることが出来る。場内には小粋なカフェも営業しているという話しをなので寄っていって見たい、ところだけど、本日の御茶屋はもう決まっているから、コマを先に進めることにする。

画像

武蔵野の森と人見街道をはさんだお向かいはすぐ⁠都立野川公園⁠になる。陸橋をわたったところにいつも良心的な焼き芋屋さんが屋台を出している(20年前にも同じところに屋台があった。同じおじさんかどうかはわからないけど⁠⁠。

画像

お手頃な値段も明記してあるし、しっぽややせたところばかり詰め込むようなせこい真似はしないので、ホカホカのやつを買い込んで、防寒着の懐に入れ野川沿いの日当たりのいい芝生の上でホクホクと頬ばろう。

画像

ここが今回のコースの北限になる。

ここから野川沿いの道を下流に向かう。川のどちらを走っても広い道ではないし、交差する橋のところでは必ずと言っていいほど、車や自転車が出てくるから注意して走ろう。こういうところはゆっくり走ってこそ価値があるのだ。

大沢橋を過ぎた次の橋で左に入る。

道なりに走っていけば深大寺の入口に出る。神代植物公園に寄っていくならここを左折、すぐ植物公園のゲートがある。

周回で紹介してあるれど、このコースはどこでやめてもOK。輪行するなら比較的近くに駅があるし、車との併走を嫌がらないなら自走して帰る短距離のコースをいくらでも設定できる。その場その場で時間を取りたい場所を決めるといい。

私らはそのまま深大寺へ。

画像

自転車は参道の入口にある駐車場の脇に置いてゆく。ともあれ、お腹が空いているので(朝から芋しか食べていなかった)深大寺蕎麦をたぐり込む。深大寺周辺にあるおそば屋さんは、一時ひどく質が下がったのだけれど、近ごろはわずかながら地元の蕎麦で作る本当の深大寺蕎麦を復活させるなど、地域で協力して旨い蕎麦づくりに励んでいるから、どの店に入ってもハズレはない。

画像

本堂で手を合わせたら、本日の目玉、目玉の親父が迎えてくれる⁠鬼太郎茶屋[1]⁠。おなじみゲゲゲの鬼太郎に登場する妖怪たちと、妖怪にちなんだメニュー、グッズが迎えてくれる。

画像

作者の水木しげるさんが調布に住んでいるだけに、なかなか気合いの入ったラインアップだ。二階はちょっとした展示場になっていて、雰囲気満点の縁台でくつろぐことも出来る。

画像

お蕎麦と妖怪デザートでお腹がくちくなったところで、調布駅方面へ。

布田天神で手をシャンシャン。甲州街道を渡ったところが入口の⁠天神通り商店街⁠では、また妖怪たちが歓迎してくれる。あんなとここんなとこに潜んでいるから、お店を冷やかしつつ妖怪探索を楽しめる。

画像

京王線をまたいで、こちゃこちゃ曲がりくねった住宅街をなるべく裏道裏道とたどる。布田、国領、柴崎と各駅停車で進み、つつじヶ丘を過ぎたら途中下車。仙川への高台に面したハケ下に武者小路実篤の旧宅⁠実篤公園と実篤記念館⁠[2]がある。文学に興味が無くても実篤公園の方は立ち寄る価値がある。管理の方が非常に丁寧に実篤のこと、庭や建物のお話しをしてくれた。

うひゃあの勾配を乗ったり、押したりでひいはあと登りきれば仙川商店街にでる。商店街のとっつき(というかどん尻)に、私たちが世話になっているプロショップがある[3]⁠。一般車も普通に扱っている気さくな店なので、眠そうな大きな瞳の店長[4]がヒマそうにしていたら是非声をかけてみてください。

画像

あちこち寄り道をしてきて日が傾いてきているとしたら、このあたりで切り上げるのもいい。近くに日帰り入浴施設もあるし[5]⁠、古い商店街なのでいいお店も揃っている。

が、本日は早めに出発したこともあり、まだまだ日が高いから、今度は仙川沿いを走ることにする。仙川駅から東に向かえば必ず仙川に突き当たる。野川沿いも狭かったけど、それに輪をかけて狭い箇所のある川沿いの道を河口へ向かう。

祖師谷公園、成城学園など緑の多いポイントが続く。小田急線をくぐると左手に東宝撮影所が見えてくる。数々の名作が生まれたこの撮影所も敷地の半分は住宅公園になってしまった。ゴジラや平成ガメラの名シーンを生んだ大プールももうないんだよね。

画像

東名高速を過ぎて左に丸子川を分ければ、すぐ野川との合流点。仙川の用水は野川に落ち込んでいる。野川沿いを少し下った二子玉川で野川も多摩川に合流する。

そろそろ影も長くなってきた。

ここで踵を返して、多摩川を遡上して立日橋を目指すことにする。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧