[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第十四回「子どもが子どもでいてくれるうちに」

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娘と初めて自転車ツーリングに出かけたのは旧甲州街道だった。

上野原をスタートして,犬目をぬけて猿橋まで走った。娘が小学3年生の時だ。

数日前から「大丈夫かな」と不安がる娘に「全然平気」と請けおったばかりに,当日は小さな体で急勾配を,えっちらおっちら自転車を押し上げる娘から「嘘つき」呼ばわりされてしまった。ほんとに,嘘つき,だったから呼ばわれてもしかたがないのである。

幸いなことに娘はこのデビューで自転車ツーリングに見切りをつけることなく,嫁に行くまで,時間があえば走りにつきあってくれた。

これにはデビューに同行した自転車クラブメンバーの力が大きい。

彼らは,つい苛ついてしまう私をなだめ,娘を叱咤激励ほめちぎり,美辞麗句を並べて,峠そしてゴールまで娘を導いてくれた。

自転車に限らず,運動系の趣味に家族をつきあわせようと,特に父親中心で動いた場合,家族というものは大体,父の思い通りには動いてくれない。自身がそのスポーツに慣れ親しみ,のめり込んでいればいるほど,たいした関心も示さず文句ばかり言う家族に対して,このスポーツがいかにすばらしいのか滔々と語り,これを理解できないのは人間として修行が足りないからだなどの精神論をぶちあげ,あげく無視され,業を煮やした父親は,声を荒げがなり散らし,罵倒し,しまいには「この根性のなさは俺の家系じゃあない」などと,しぶしぶ同行してくれた相方に責めを押しつけたりする。当然のことながら他の家族は結託し,非難がましい目を向けてくる。結果,次回からは一人,もしくは同好の士と共に,数少ない休みをともにすごそうとしとしない父親を冷ややかにみつめる家族を残して出かけることになる。

「自転車は孤高の趣味なのだ」と,切り捨ててしまえばそれもいいだろう。私もソロツーリングは大好きだ。

でも,ソロも楽しいけど,つるんで走るクラブランも楽しい。恋人と二人で走るのも素敵だし,子どもができたら,子どもが子どもでいてくれる間は是非とも一緒に走りたい。実際に走ってきて,走っていて楽しかった。

確かに子どもとのツーリングは苦労が多い。体力に見合ったかつ途中でエスケープできるコース設定はもちろん,当日も,輪行の場合は子どもの自転車をばらす時間も考慮に入れなくてはならないし,うちの子のように体が小さいと,なんぼ子ども用と言っても,輪行袋に入れた自転車を本人が担ぐと階段などは段差に接触してあがることができない。当然,親が担ぐ。下の娘も同行させるため,ベビーキャリアの準備も必要だ。片側に自分の自転車,片側に子ども自転車。さすがにこれではベビーキャリアまで運ぶことはできないから,当然,相方の協力も必要になる。ペダルを漕いでいる人間とキャリアにのったままの人間では体感温度がまるで違うので,服装にも気を遣わなくてはいけない。峠への登りはフロントが浮き気味になり負荷がたっぷりかかるし,下りはリアをふられるので慎重に操車しなくてはいけない。

それでも,やっぱり,家族と走る機会をなるべくたくさん作りたかった。そして,作ってきた。

やがて,自分の自転車は自分で担ぐようになり,ベビーキャリアもいらなくなった。自転車の輪行組立も自身でできるようなる。前日の整備も,手を貸す必要が無くなる。その気になれば彼女たちもソロで走ることが可能になった。

子どもが子供でいてくれる時間は本当に少ない。ひとりで走ることは体の続く限りできる。

もし,まだ間に合うのであれば,子どもと一緒に走りましょう。

今は,子ども車も輪行に対応できるいいものがありますね。あの頃は適当なものがなくて,市販の子ども車を輪行仕様に改造して使っていました。ベビーキャリアも樹脂製の軽いものなど無く,スチールの本来ママチャリにつけるものを補強して(さらに重くなる),使いました。

※これがその時の姿を描いたイラストです。

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ものは良くなっても,親の苦労は今も昔もあまり変わらないようで…

今回は親子連れと一緒に山梨・道志を走りました。往路,私らは列車輪行。子連れの父親は高尾の峠を越えて自走。復路,温泉に寄ってから輪行で帰る私らを尻目に,ベビーキャリアを揺すりながら峠を越えて帰っていきました。がんばれ!お父さん。

著者プロフィール

杠聡(ゆずりはさとし)

イラストレーター,ライター。東京都日野市在住。技術評論社刊の単行本カバーなど広告,出版でのお仕事をベースに,自転車旅行で出会った風景や人を題材にした作品づくりを続けています。

URLhttp://www.yuzuriha.com

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