[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第二十四回「バイバイ・オートバイ」

この記事を読むのに必要な時間:およそ 3 分

画像

そもそも自転車に乗るようになったのはオートバイの整備が自分で出来なくなったからだ。

「なんだバイク整備もできないのか,情けない」

といわれてしまうかもしれない。でも,出来なくなったものは仕方がない。

その昔,パンク修理やチェーンなど外回りの整備はもちろん,キャブレターのニードルを削ったり,プラグタイミングを調整したり,ブレーキオイルを総入れ替えしたり,ガスケットの交換,カムチェーンの調整,エンジンをばらして各パーツを磨いてから組みあげてみたり,はてはエンジンののせ替えまで自分たちでやっていた。

同時にニードルを削りすぎたり,ブレーキパイプに空気が残って軽自動車の4輪のホイールが全部ロックしてしまい,仲間4人で車を御輿のように担いで近所の整備工場に持ち込み,整備士に説教を食らったりもした。カムチェーンの調整をミスって,内側からチェーンがエンジンカバーを削って穴を空けてしまったり,エンジンを組みあげたもののパーツがいくつも残っていたり,エンジン探しのためにジャンク屋のジャンクパーツの山の中を,汗とオイルまみれになってうろついたりもしていた。

当時はガソリンスタンドでアルバイトをしながら,整備士の勉強をしていたこともあって,バイクでも車でも自分たちでいじっては,調子を良くしたり,悪くしたり,再起不能にしたりしていたのだ。

子供が生まれたのを機に,それまで乗っていた近所迷惑な爆音を轟かす単気筒のバイクを手放し,新車で4気筒のマシンを手に入れた。早速まずはキャブレターからだと手を出そうとして驚いた。見慣れない装置がそこにあり封印がされていたのである。

それでも構わずいじってみたら,4気筒のタイミングがガタガタになってしまった。バイク屋に持ち込むと「これはコンピューターで制御する燃料噴射装置なのだから勝手にいじってはいけない。この封印をとるとメーカー保証が効かなくなるのだ」と,怒られた。

磨くこと以外,自分でいじることの出来ない単車には,あまり愛着を感じることが出来なかった。

その後しばらくして,福生の米軍基地の前にある中古バイク屋でベスパの200ccをみつけ,その場でまだローンの残っている新車のバイクを売り払い買い換えた。

ベスパは,2サイクルオイルタンクも備えていないタイプで,給油のたびに計量カップを使い,オイルを量って燃料に混ぜてやるのも楽しい奴だったのだが,あちこちいじったのが悪かったのか,はたまた寿命だったのか,電気系統がおかしくなってしまった。いくら修理しても(修理に出しても)⁠しばらくすると白い煙とともにどこかしらがショートして,電気系がストップしてしまうようになった。

その頃,ちょうど近所に出来た自転車ショップとのつきあいも始まっていた。自分でフレームから選んで,パーツも選んで,自分で組めるという,単純なのに洗練された自転車の構造に魅了され,スクーターは庭の隅で錆びついていった。

数年後,ベスパの存在を知った人から譲って欲しい,との打診を請け,喜んでお譲りすることにした。

お別れも近づいたある日。できるだけの整備・洗車をしてやった。

最後にキックペダルを一発。なんと一発でエンジンがかかった。パロランパロランと白い煙をはきながらボディをゆらしているマシンをみていると,なんだか手放すのが惜しくなった。

数日後,軽トラックがベスパを引き取りにきた。引き取ってくれる男の顔がなんだか急に頼りなく見える。

軽トラを見送った後,ランドナーを庭に引き出し磨いてやった。

著者プロフィール

杠聡(ゆずりはさとし)

イラストレーター,ライター。東京都日野市在住。技術評論社刊の単行本カバーなど広告,出版でのお仕事をベースに,自転車旅行で出会った風景や人を題材にした作品づくりを続けています。

URLhttp://www.yuzuriha.com

コメント

コメントの記入