[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第二十八回「近くて遠いところ」

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気にはなっていながらなかなか足を運ぶ気になれない場所がある。

近場ほどそういう場所が多いような気がする。

前を通るたびに気になって仕方がないのに、いざとなると入っていくことが出来ないお店とか、いつか本を持って行ってみよう、そう思っているのに何故か一度も足を踏み入れたことがない、気持ちよさげなベンチがひとつあるだけの小さな公園。地元の郷土資料館なんていうのも近場にありながら行ったことのない人が多い場所なのではないだろうか。

近いのに足を踏み入れる気にならない理由はそれなりにある。それなりの理由だからそれなりでたいした理由ではない。

店構えは気になるのだけれど、かかっている暖簾を見ると中に入る勇気がくじかれてしまう。平日前を通る時は「今度の休みにはかならずこよう」と思っても、今度の休みになるところっと忘れて、月曜日に前を通って思い出す。そもそも郷土資料館がどこにあるのかも知らない(知らないと、ということは気にもなっていないからこれはあてはまらないか)とか。

自転車の場合も、行ってみようかなと思っているのに行ったことのない場所というのが近場にいくつかある。

高尾陣馬縦走路の途中にある小仏峠もそのひとつ。

行かなかった理由は、小仏峠にいたる最後の部分が登山道であること。登山道であるから、登山道を走るための装備をして行かなくてはいけない。しかしその部分は、全体のコースからみればほんのわずかな部分で、そのわずかな部分のために装備をしなくてはいけない。

ならば小仏峠から縦走路を走ればいいではないかと思っても、縦走路は自転車の走行が禁止されている。小仏登山道も縦走路と同じく、ハイカーが多くて自転車を持ち込むのがはばかれるのではないか、と諸々の理由をあげることができるが、ようは「なんか面倒くさい」のである。

足を向けてみようという気になったのは、知り合いの持ってきてくれた一冊の本のおかげだった。

―馬場喜信 著『峠と路』⁠かたくら書店新書)

サブタイトルに「八王子とその周辺」⁠八王子の峠と坂・多摩川流域をかこむ峠と山」とあるように、東京・八王子市の峠と坂路を紹介している本だ。

見開きでひとつの場所を紹介してあるシンプルな作りで、52カ所が掲載されている。紹介文も読みやすい。シンプルすぎてこの本だけではその場所がどこなのか特定できないという難点はある。でもこれは難点と言うよりも地図を見る楽しみを増やしてくれていると考えた方がいい。

ページをめくっていると、紹介されている場所全てを訪れたくなってきた。一度行ったことのある場所もいくつもあるが、そこへも再訪したくなってくる。

「この本に載っている場所を全制覇しよう!」

これが今後のサイクリングのひとつの目標になった。

全制覇!といっても、お隣の市だから莫大な経費もかからなければ命に関わるようなこともない。

その第一弾が小仏峠。

何故小仏かというと、⁠八王子の峠を一つあげよと言われたら、小仏峠と言うことになるだろう』としてあるからだ。

と言うことになる、とまでいわれたら、それなら出かけようじゃないか、と言うことになるだろう。

本に押されて小仏参り、である。

浅川源流~小仏峠~津久井湖

地図:国土地理院五万図 八王子、上野原

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さあ、小仏峠です。

小仏峠に行くということは、東京・日野市を流れている浅川の源流のひとつを訪ねることにもなります。浅川は西八王子で北浅川と南浅川に別れるので、今回は南浅川を辿っていくことになります。

スタートは京王線・高幡不動駅ですが、河口こだわるのであれば聖蹟桜ヶ丘駅または百草園駅で降りて、多摩川との合流点から始めると良いでしょう。

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富士の山を眺めながら浅川沿いの土手を遡っていきます。

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八王子市役所の先で南浅川と北浅川に別れています。今回は南浅川沿いを辿ります。水量が少ない時期なので川の面に水が流れていません。川底を走っていけそうなくらいです。

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南浅川の土手路はきちんと整備されていてとても走りやすいです。それだけに歩行者やランナーが多いので、梅や桜の花を楽しみながらゆっくりとペダルを踏んでいきましょう。

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この立派な橋は多摩御陵に通じています。ここをくぐればもうすぐ高尾です。

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ここで土手の道は終わっています。左に降りて国道20号に出ます。

JR高尾駅、京王線高尾駅も併設しています。ここまで輪行してくるのも手です。駅前の鯛焼き屋であんこだのチーズだのクリームだのと何種類かの鯛焼きを買い込みました、冷めても美味しいということで、これは次の休憩場所で食べることにします。

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国道20号を進みます。ガードをくぐったすぐ先にある西浅川の交差点を右へ。旧甲州街道へと入っていきます。

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宿場町の町並みしのばせる駒木野集落の外れに、小仏関所跡がありました。この先は小仏集落になります。梅の花の下で先ほどの鯛焼きをほおばりました。

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このあたりは高尾梅郷として知られています。梅の時期には点在する梅林を回るスタンプラリーも開催されています。

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路沿いの古い建物の軒下に看板のようなものが並んでいました。これは江戸時代の講中が残した札です。神田市場とか浅草といった地名と講中の名前が記されています。ゆっくり走っているとこういう役得があるのです。

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のんびりした集落を、何かと話題の圏央道が貫いています。巨大建造物は嫌いじゃないけど、こいつはここに住んでいる人にとってはなんの恩恵もなく、あたりの風景をぶちこわすだけ、嫌だろうなあ。

街道沿いの豆腐屋さん。というか、工場の直売所です。有名なのか、小さなお店なのにあふれるくらいひっきりなしにお客がやってきます。

厚揚げと油揚げ、納豆は夜のおつまみ用。おやつとして豆腐ドーナッツと豆乳生キャラメルを買いました。

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いきなり現れた彫刻群。これはいったい?

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南浅川も段々細くなってきました。

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バスの終点に大八車が……朽ちている様子もなく今でも使えそう。

※講中)
講を作って神仏にもうでたり、祭りに参加したりする信仰者の集まり。

今回の目的地のひとつ浅川神社です。浅川沿いにあるから浅川神社なのか神社があるから浅川なのか、いずれにしても見落としてしまいそうになったくらい小さなお社です。小さいけれどきちんと手入れがされています。大切にされているんですね。ちょうど近所の子どもたちがお灯明をあげに来ているところでした。

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小仏山の山号を持つ宝珠寺。境内には天然記念物のカゴノキと不動の滝があります。これから小仏峠という難所を越える旅人が神社やお寺で無事を祈っていったのでしょう。

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南浅川。ここまで来ると川というより沢といった方がいいくらいです。

宝珠寺を過ぎると坂道がぐっときつくなってきました。つづら折りでグイグイと高度を上げていきます。

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小仏峠の登山口です。

自転車乗り入れ禁止の看板もなく、とりあえずホッとしました。

登山道の脇に滝行をするための滝が作られています。ここを浅川の源流としておきましょう。滝行する人用の更衣室も完備、ご興味のある方は奥宮へどうぞ。

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自転車乗り入れ禁止どころか轍の跡が登山道に通じているところを見ると、車も乗り入れているようです。峠の茶屋の人が荷物を運ぶために利用しているのでしょう。きちんとならされているので途中まで自転車を漕いで行くことが出来ます。

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自転車に乗っていけるのはここまで。脚力のある人ならMTBでこんなところでも乗っていってしまうのでしょうが、私には無理です。ここから押し担ぎに入ります。

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小仏峠です。

時間的には30分程度の押し担ぎでしたが、いやはやきつかった。きついだけに感慨ひとしお。小仏峠だけに小仏様が鎮座しています。何故か狸も三匹鎮座ましましていました。これ、わざわざ運び上げてきたんでしょうね。

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小仏峠から東京方面へ眺望が開けています。八王子に出来たタワービルがかすんで見えました。

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今日は暖かかったけれど、さすがにここは冷え込みます。持参のワンバーナーでお湯を沸かしてお茶を入れます。ワンバーナーやコッフェルは荷物になるけど、暖かい食べ物は嬉しいものです。スープがわりのカップラーメンも作り、景色を眺めながら少し遅めのお昼にしました。

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お昼を食べていた幅広の縁台にバーコードが。何かと思ったら携帯で読み取ることでバスの時刻表を見ることができるそうです。時代ですねえ。

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お腹も落ち着いたので相模湖方面へ下ります。

綺麗な路面ですからちょっと上手い人なら全部乗車したまま下っていくことが出来るでしょう。

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時折ガレ場が登場するので曲がり角の先は要注意。私たちはこういう場所ではさっさと自転車を降りてしまいます。

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鉄塔を真下から見ることができる場所がありました。柵を乗り越えたりはしていませんよ。自転車に乗ったまま真下に行けるのです。だから何?と言われると困るのですが、鉄塔好きって世の中に結構いるのですよ。

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登山道の終点です。この先はずっと舗装。お疲れ様でした。

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板橋宿の道標。こういうのに出会うと、ああ旧街道を走っているのだな、と改めて思います。建ててくれた人に感謝。

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底沢で大垂水峠を下ってきた20号線に出ます。相模湖に出るならここを右へ。私たちは津久井湖を目指して左へ。

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車両通行止めの看板があったのですが自転車なら大丈夫かなと、津久井湖畔北側の路を進みます。進むに従って段々と路が荒れていきます。

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どーんと通行止めです。がっちり塞がれています。

右手のカードレールの下は湖面に向かって崖になってます。

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ちょっと失礼してこの先を見てきました。これはもう廃道になっているのですね。土砂崩れが続いているようで、いつかここは埋まってしまうことでしょう。

今回はここまで。

帰路は相模湖駅に出て輪行する、20号線に戻って大垂水峠を越える、桂橋から津久井湖北側を回って橋本に出るなどのコースを選択できます。

時間と脚力に相談して決めましょう。

え?通行止めの先へ行くという選択肢はどうかって?

それは、ご自分で判断してください。

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