[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第三十回「能登へ その2」

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前回の廃止になった休養村のキャンプ場での無益な探索行に対し「施設が営業しているなら職員にたずねるのが当たり前ではないか」との指摘を受けた。暗に話を面白くするためのフィクションではないかとの疑いをお持ちのようであった。

同時に「そうだよな。女ってわからなくなるとすぐに道を聞いたり出来るけど,男は黙ってどんどん迷い続ける生き物だよな」という賛同の声も頂いた。

そういう生き物なのです。

さて,車は氷見線の線路を越えて雨晴海岸へとやってきた。

雨晴海岸キャンプ場はまさに"海岸"にあった。目の前が海,というよりも砂浜の中にキャンプ場がある。

駐車場は無料,シャワーや清潔なトイレも無料で使うことが出来る。もちろんキャンプ場自体も無料。車で少しいけば大きなスーパーマーケット,ホームセンター,美味しい料理を食することの出来る道の駅なども完備されている。

これだけの好条件なのだから,予想したとおりキャンパーの数が多い。駐車場に近いサイトは家族連れや学生サークルらしきテントがひしめき合っている。

キャンプにやってきて家で寝ているよりも騒々しい状況に巻き込まれるのは好ましくない。

少しでも人のいない場所を求めて駐車場から奥へ奥へ(海岸沿いにあるサイトなので奥行きがなく「奧」という表現が適していないのだが,他にうまい言い方がみつからない)と偵察してみた。

偵察しながらキャンパー達の国籍が実に豊であることに気づく。

キャンプ場の入口,駐車場のすぐ脇に3つほどテントを立てている大家族は東南アジア系のようだ。その斜め奧,新品のキャンプ道具で固めている集団はくっきりとした目鼻立ちからして中近東に属する方々ではないかと思われる。

立ち木の間に最新のハンモック型テントを設営しているのは真っ白い肌を日焼けで真っ赤にただれさせている白人系(後ほど彼らはロシア人であることが判明した)の若者達。あちこちから怒号のように響き渡っているのはお馴染みの中国の方々だろう。

なぜに富山の外れ,能登半島の付け根の市営キャンプ場が国際家族交流の場と化しているのか(グループ間でまったく交流はしていないけど)⁠その謎は夕餉の楽しい場をぶちこわしに現れた地元のおじさんによって明らかになる。

今は我々のテントを立ち上げなくてはいけない。奧に行くに従ってテント密度はまばらになり,やがて空き地だらけになった。

結局,駐車場から一番離れた場所にテントを設営することに決めた。ここならば数日滞在しても,近くにテントを立てようとする物好きもいないだろう。

なにせ駐車場からテントサイトまでの3~400mを手で荷物運びしなくてはいけないのである。

炎天下の遊歩道をえっちらおっちらと往復すること4度。テント設営前にふらふらになってしまった。この苦行を乗り越えるアホが他に現れるとは思われない。

アッパレハウスの大浴場で汗と砂を流す。思った通り,大浴場からはテントを設営した海側の景色を展望することが出来た。空気が冷えて遠望がきく季節になれば富山湾の向こうに立山連峰を望める事ができるとのこと。雨晴海岸から撮した写真が展示してあったが見事なものだった。

スーパーで新鮮な魚介類をしこたま買い込み(フクラギと呼ばれるブリのちっこいやつがべらぼうに美味かった)⁠冷えたビールと富山の酒もしこたま買い込み,薄暗くなったサイトへと戻る。

夕食は刺身と具だくさんの味噌汁。刺身で酒を飲み,海鮮丼で締める。

酒を飲んでいる間に何切れかの刺身を酒と醤油の中に漬けこんでおくのがポイント。締めに漬け丼や漬け茶漬けを楽しむことが出来るのだ。

離れたところから各国の喧噪が流れてくるものの,概ね静かな晩餐を迎えて幸せな気分に浸る。ゆらゆらと月を映してうねる海面,打ち寄せる波の音を聞きながら,日が暮れても暑いままの空気の中で冷えたビールを流し込む。

これほどの贅沢な時間がかつてあっただろうか。あったのだろうが今は忘れた。忘れて贅沢な時間にどっぷりとつかろう。

この後は,日本酒に切り替えて刺身を楽しもう。

生に飽きたらたき火ですこし炙ってやるのもいいかもしれない。

よし,たき火をおこすとしようか。

たき火台をセットして,拾い集めておいた流木に火をつける。

よく乾いた流木はパッと燃え上がる。松林がオレンジ色にふんわりと浮かんだ。

  • 「あのね。ここはたき火禁止なんだよ」

いきなり懐中電灯を充てられ,同時に地元の言葉で上記のような意味ことを叫びながら男が駆け寄ってきた。

静謐な時間をぶち破る第一の訪問者であった。

  • 「松の根がやられるからたき火はダメなんだよ」
  • 「いえ,これはたき火台なので直火と違って地面を熱することはないのです。ほら」

と,たき火台と地面の下に手を入れて熱くないことをアピールする。

  • 「そうなのか?」

やりとりをしていると,もめていると思ったのか,男の仲間と思われる集団が駆けつけてきた。

彼らは地元の有志で,ボランティアで夜の海岸をパトロールしているのだとのこと。その労をねぎらいつつ,たき火台についてさらに解説を加え,上部の松の枝に影響を与えない程度の炎に納めることを約束し,やっとお引き取り願った。

パトロールは毎晩行われ,交代制になっているらしい。つまり明日の晩にはまた別の男がたき火をみつけて駆け寄ってくることになる。そしてまたたき火台について一通りの解説を加えなくてはいけないことになる。

はるばる能登までたき火台を売り込みにきているわけではないので,このサイトでのたき火はあきらめることにした。

たき火を消化し,再びくつろぎの時間に戻る……間もなく,

  • 「こんなところでキャンプするのは危ないぜ」

背後から土地の言葉で上記のような意味のこといいながら男が近づいてきた。

このキャンプ場は様々な夜の訪問者がやってくる決まりになっているのだろうか。

この男もボランティアで夜の海岸をパトロールしているとのこと。

しかし先ほどの方々とはまったく違う空気をまとっている。

丸坊主で,作務衣のような着物をまとい,白い鼻緒の雪駄履き。目を泳がせ,肩を揺すりながら野太く低い声で

「こんなところでキャンプをしちゃダメだ」⁠ここいらは工場や港が多いから外人がたくさんいるんだ」⁠それで国際色豊かなサイトになっているのね)⁠あいつらはみんな危ない」⁠夜中になると中国人がやってきて,女はみんな犯され,男は殴られて,持ち物を全部奪われる」⁠この間もそいつらと暴走族が血だらけの喧嘩をした」⁠俺はそういうのを止めたり,お客さん達を守るために毎晩パトロールしているのだ」⁠誰からも一銭も貰っていない」⁠ボランティアという奴なんだ」⁠どこからも金を貰っている訳じゃない」云々

どうやらどこからか「お金」をいただきたいらしい。しかしここには我々しかおらず,ここには支払うお金はない。

一通り講釈を終えても,ニコニコうなずきながら杯を干しているだけの面々にあきらめがついたのか,男は次のテントの灯りを目指してふらふらと去っていった。

男の向かった先には「中国人」の一団がおり,そこでもあの話しをするのだろうかと,少し気になった。

やっと静かな夜が戻った。

と思いきや,この後,最大の迷惑"バカップル"が登場する。

その全てを書こうとすると,怒りがよみがえり,ここまでの倍以上の紙数を使用してもとどまらぬであろう罵詈雑言が沸き上がってくる。

予想もつかない場所に車を駐車しての来襲。水場への通り道にテントを張ってしまう暴挙。同行してきた犬をサイトに残し,食事にでかけてしまう無神経(その間,置いて行かれた犬は泣きわめき続ける)⁠深夜にいきなりロケット花火を打ち上げ始める。漏れ聞こえる夜の営み。

などなど,数多くの生態を観察できたことを報告するにとどめ,能登初上陸記の筆を置くことにする。

著者プロフィール

杠聡(ゆずりはさとし)

イラストレーター,ライター。東京都日野市在住。技術評論社刊の単行本カバーなど広告,出版でのお仕事をベースに,自転車旅行で出会った風景や人を題材にした作品づくりを続けています。

URLhttp://www.yuzuriha.com

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