[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第三十一回「聖地巡り」

この記事を読むのに必要な時間:およそ 3 分

画像

「この角度だね」⁠ここからだとふるさと館の屋根が見えるから」⁠ここだここだ」

青年達が車の行き来の激しい道ばたでいっせいにカメラを構える。

「何あれ?」

娘に聞くと駅前に観光案内所で貰ったマップを開いて

「ほら,ここ。○○が××と一緒になんたらするシーンの背景がここなんだよね」

なるほど,マップには市街地の地図と一緒にふるさと館の屋根がビルの向こうに見えているアニメーションの背景画が掲載されており,矢印が現在地を指していた。

秩父札所巡りで訪れた秩父の町は,アニメの聖地でもあったのだ。

「ご当地アニメ」そんな分野が生まれたのはいつ頃からだったのだろう。

埼玉の商店街を舞台にした作品が話題になったあたりではないだろうか。

僕がテレビアニメに夢中になっていた頃は,キャラクター達が動き回る舞台は,富士山の近くの研究所であり,日本のどこかの森の中であり,友引町であったりした。あくまでも架空の舞台上でキャラクター達が息づいていた。

ご当地アニメでは,架空の町ではなく,実際に存在する町,過去や未来ではなく現在と同じ時間の中に存在する場所でキャラクター達が暮らしている,という設定で作られている。

作中でキャラクター達は現実の店名や商品名を口にし,使われる背景も町並みはもちろん,看板までリアルに再現している。

それだけにその場所に行けば,キャラクター達に会うことが出来る,という気持ちが強くなるのだろう。その場に彼らがいないとしても,ついさっきまで,または明日になれば,同じ場所にやってきて,今立っているこの場所で,あの台詞を言い,きびすを返して去っていくはずだ,とリアルに感じることが出来るのだと思う。

テレビや映画に使われた場所に出かけていって,主人公になりきったような気持ちなることはあった。

今はもう無い渋谷ハチ公広場の噴水にザブザブと入っていったことがあるし,江ノ電の極楽寺駅でその気になってみたり,井の頭公園で……って,話しが某青春ドラマシリーズに偏っているけど。

でも,これはわざわざその場所を観に出かけていったわけではない。渋谷や吉祥寺,鎌倉に遊びに行ったら,たまたま見覚えのある景色に出会って,酒の勢いにまかせてその気になってしまっただけのことだ。

アニメーションや特撮もののファンでもあったので(今でもだけど)⁠アニメーションの制作会社に通って放映で使われたセルをもらったり―あの頃はほとんどのセルはゴミとして処分していた。アニメブームが起こっていきなり貴重品になったのだ―絵コンテのコピーを分けてもらったりした。

特撮の撮影所のゴミ捨て場には編集されたフィルムの切れ端やミニチュアの破片らしきものが転がっていて,それらを拾って宝物のように大事にした。

登場するキャラクター達への思い入れもあったが、それよりも作品がどうやって作られているのか,どんな人が作っているのかの方に強い興味を持っていた。

今,アニメの聖地を巡礼する人たちは,作品の中に身をおきたい,作品の中に自分が入り込んでキャラクター達と一体化したいという願望に突き動かされているのだと思う。

ご当地アニメのパワーはすごい。

秩父の町はあの日見た花の名前を僕たちはまだ知らないであふれていた。

駅には作品のポスターが貼られ,商店街の街路灯にはフラッグがはためいている。

オリジナルのグッズ,地酒のラベルも『あのはな』⁠と略すのが正式だそうだ)でいっぱい。

秩父神社の境内の絵馬にも彼らが描かれ,駐車場にもいわゆる"痛車"が並び,全く違う作品のコスプレをしたおねーさんがイベントチラシを配っている。

観光案内所で配布している聖地巡礼用マップはお一人様一枚まで。

札所巡りでウロウロしている僕らの前を,巡礼マップとカメラを持った幸せいっぱいの顔をした少年,青年,中年が通り過ぎていく。

ひとつの作品でこれだけ町が活気づくのであれば,こんな素晴らしいことはない。

四国・松山の町に坊ちゃん列車が走り,坊ちゃん球場が出来,坊ちゃん駐車場に坊ちゃんうどんがあるように,秩父の町もあのはな一色に染まる時がくるかもしれない。

なんてことは絶対にないのだろうな,と思いつつ,札所巡礼を終え駅に戻り土産物を買おうと商店の軒をくぐると,漬け物を入れる段ボールが一個200円で売っていった。ポップには「主人公の部屋に置いてあったのと同じしゃくし菜漬けの段ボール」としてあった。

なんだかなあ……

著者プロフィール

杠聡(ゆずりはさとし)

イラストレーター,ライター。東京都日野市在住。技術評論社刊の単行本カバーなど広告,出版でのお仕事をベースに,自転車旅行で出会った風景や人を題材にした作品づくりを続けています。

URLhttp://www.yuzuriha.com

コメント

コメントの記入