[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第三十五回「願い事」

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北海道・礼文島の西海岸に「地蔵岩」という高さ50mもある巨岩が立っている。

海側からだとまるで手のひらを合わせているように見えることからこの名前がついたらしい。横から見ると観音様の立ち姿にもにていて、いずれにしてもなにやらありがたい雰囲気がいっぱいだ。

大岩の根元あたりの岩の隙間にはびっしりと小銭が挟み込んである。小銭の上からさらに小銭を押し込むので深々と入り込んでしまっているものもたくさんあった。

丸太の立て札というか棒杭があり「小銭を差し込むのはご遠慮ください。ひび割れが進行して岩が倒壊する危険があります」という趣旨の言葉が書いてあった(この棒杭のひび割れにも小銭が差し込んであった⁠⁠。

打ち寄せる波が気が遠くなるような時間をかけても倒せなかった岩を、人々の願いがこもった小銭で倒すことができるらしい[1]⁠。

日本人はお賽銭をあげて願い事をするのが好きだ。

山の中の小さな祠にも必ずと言っていいくらい小銭が供えてある。

以前、寄居の円良田湖から長瀞方面に抜ける陣見山林道を走ったとき、尾根道のガードレールの下にぽつんと置かれた小さな石仏に1円玉や五円玉が何枚も供えてあった。車にも人にも出会わなかった行程を振り返って、いったい誰が供えていくのか不思議に思った。

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デパートのちょっとした憩いのスペースに噴水や水の流れが設えてあれば、そこにも小銭が放り込まれている。

郊外のデパートの7階のレストラン街に流れる水道水に、どういう思いを込めて小銭を投げ込んでいくのだろうか。最初に投げ込んだ輩は「こうやって1~2枚投げ込んでおけば、あとから真似する奴が絶対いるから。賭けようか?」みたいなノリかも知れないし、⁠初めて二人で食事したこのレストラン街にまた二人で来ることができますように」といったプチ・ローマ的な願いを込めて投げ込んだということも考えられる。

いずれにしても投げ込まれた方は迷惑なようで「ここにコインを投げ込まないでください。水質の悪化で配管が傷んでしまいます」と記した張り紙がしてあった[2]⁠。

お賽銭が堂々と大活躍するのは神社仏閣、それもお正月だ。

うちの地元に高幡不動という関東三大不動に入ったり入らなかったりの名刹がある。

ご多分に漏れずお正月は駅前から参道、本堂の前までびっしりと続く初詣客でごった返す。

善男善女の願いのこもったお賽銭を1円たりとも取り逃すまいと準備された巨大なお賽銭箱の周りには、更なる補強のために白い幕が張り巡らされている。

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あまりの人波に最前列まで辿り着くことをあきらめた参拝客は、山門を入ったあたりで賽銭箱めがけて小銭を放り投げる。

フードのついたコートなんぞを着て、前の方の列にいると、いつの間にやらフードの中に小銭が入っていることがある。お正月は皆さん奮発するのか銀色のコインが多い(アルマイトの奴じゃないよ。あれは軽くて遠くまで飛ばない⁠⁠。

子供の頃なら天からのお年玉としてありがたく頂戴するところだけど、物のわかった歳になるとそうはいかない。それぞれの小銭に込められた願い事を引き受けるわけにはいかないからだ。それらは境内にいくつもある小さなお堂の賽銭箱に納めて帰る。

お賽銭だけでは飽き足らず、その願い事が叶うかどうかを確かめるため更にお賽銭をあげておみくじを引く[3]⁠。

引いたおみくじでいい運が出たときは持ち帰れば良さそうなものなのに、なぜだか多くの人がそこいらに結びつけていく。

かくして「おみくじを枝に結びつけるのは止めてください。木が枯れてしまいます」という立て札が立てられる。

人々の願いは、木を枯らし、配管を腐らせ、大岩を倒す。

人は自分自身のこと、家族や身近な人のことを願う。僕だってそうだ。

願いを受ける側の人は、それらの願いを叶えるために業を行う。

僧侶や神官、修験者が神仏に祈り、難行、苦行、荒行を修めるのは、自分自身のためではなく人々の願いを叶えるためだ。

「悟りを開く」ための修行は自分自身のためじゃないのかと言いたいかもしれない。でもそれは違う、より多くの人々の願いを叶えるステージに昇るため"悟り"を開くのだ。

"願い"には、願う側とかなえる側の二つの面がある。

お賽銭を供え、手を合わせるとき、その両方に思いをはせ、立て札や張り紙とは縁のない"願い"をかなえていきたい。

秩父の札所も、人のために修行を重ねた修験者の「抜苦代受」⁠苦しみを抜き取り、代わりに受ける)精神の中で生まれ育まれてきた。

札所を巡るとき、34回の願い事の中に、ひとつくらい「皆の願い事が叶いますように」という"願い事"をいれてもいいんじゃないかな。

秩父札所巡り23番~25番

地図:国土地理院二万五千図 ⁠皆野』⁠秩父』

西武秩父駅~秩父神社~秩父公園橋~23番札所・音楽寺~旅立ちの丘・展望滑り台~秩父ミューズパーク~酒づくりの森~24番札所・法泉寺~25番札所・久昌寺~西武秩父駅

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秩父札所巡り第三弾です第一弾第二弾⁠。

荒川の北側の尾根を辿る絶景コース。

林道を押し上げたり、山のてっぺんに滑り台があったり、尾根がずっと公園だったり、酒造があったりと遊びどころ満載です。

音楽寺へのアプローチに江戸巡礼古道を選ばなければ家族連れでも楽しめるコースです。

西武秩父駅前の駐車場に車をデポジットしてスタート

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まずは秩父の鎮守様・秩父神社に1日の無事をお願いしに行きます。

左甚五郎作の彫刻がぐるりと本殿を囲んでいるほか、何度いっても飽きない神社です。

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神社の塀に沿うようにして秩父駅入り口交差点に出ます。

ここを左折し、荒川に向かって下れば、これから登っていく尾根と青空を背景に秩父公園橋・通称秩父ハープ橋の白い支柱がドーン。ぐんぐん近づいてきます。

本日一発目のビューポイント。

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ハープ橋を渡って右折、しばらくいくと右手に前回訪れた札所22番・童子堂の入口が見えてきます。

童子堂はその昔、水田城というお城だったとのこと。城址は好きなのでもっとじっくりと痕跡を探してみればよかったのですが、次回への宿題です(参考図書:『秩父歴史散歩1』山田英二著 有峰書店新社刊)

22番入口前の路地を入ります。

こだわるのなら、もう少し先にある薬師堂の脇を入って琴平神社の前から江戸巡礼道古道・長尾根道を辿れば、移築される前の童子堂跡を通ることができます。

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路地を入ってすぐに登山道の入口に突き当たります。

入口には巡礼道の道標があるからすぐにわかります。

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入口のあたりはこんな感じで「いいのか?」と躊躇しますが大丈夫。

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えっちらおっちら、頑張って木々の間の急勾配を押し担いでいけば……

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23番札所・音楽寺です。

「おんがくの みこえなりけり おが坂の しらべにかよう 峰の松風」

秩父札所を開いた13人の権者がこの地で松風の音を「菩薩の音楽」として聴き、松風山音楽寺と名付けたそうです。音楽関係の方々のお参りも多いとのこと。

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さらに尾根へとあがれば、13人の権者たちの姿とされる十三体地蔵が秩父の町を見守っています。

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尾根の道を南へと辿ります。

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林を抜けると、おお、なんと大きな滑り台があるではないですか!

山のてっぺんの大きな滑り台。

名付けて「展望滑り台」

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滑り台の上からは秩父の町が一望に見下ろせます。

まさに展望。

無料なので心ゆくまで滑っていきましょう。

写真左手の橋のようなものは「旅立ちの丘・展望台」です。

旅立ちの丘は卒業式でよく歌われる『旅立ちの日に』発祥の地を記念して作られました。

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展望台の柵には南京錠がいっぱい。

友情の証か愛情の証か、どうやってつけんたんだ?という先の方にも鍵が……この柵は五線譜をモチーフにしているそうで、本来は売店で売っている音符形の鈴をぶら下げて誓い合うのが本筋。鍵をぶら下げるのは止めていただきたいらしいです。

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ここから尾根上につくられた秩父ミューズパークに入っていきます。

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どういうわけだかギリシャ・ローマ風の建物が点在する人工遊園。

季節のせいもあるけど暖かみを感じることができないのが残念。

もっと自然と溶け込む設計にして欲しかった。

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ミューズパークの野外ステージ。

特撮番組好きの方なら見覚えがあるはず。

平成版ウルトラマンや仮面ライダーシリーズによく登場します。

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お昼はパーク中程にあるパルテノン神殿を模した建物にある軽食堂のカレー。

見た目通りの味です。トホホです。昼食は持参した方が良いかもしれません。

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なんだかんだと文句をいってきたものの、駐車場は無料だし、尾根を歩くスカイロードは爽快、機関車形のスカイトレインが走っていたり、変わり種自転車の貸し出しもしていたり、日帰り温泉もあるし、子供を連れて遊びに来れば1日楽しめます。

お手軽価格でランチを楽しめる森のレストランもあるとのこと。ネットで調べた限りではよさげです。

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公園の端っこには農産物直売所がありました。

「長尾根」というのが本来の地名なのでしょうね。

自転車だというのに野菜や特産品をしこたま買い込んでしまいました。

秩父ミューズパークの南口を出て荒川へと下ります。

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ゆるめのヘアピンカーブにあるのが秩父錦・酒づくりの森です。

実際に秩父錦が醸造されています資料館と直売所も併設。

ここでも酒瓶の荷物が増えました。

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酒づくりの森の正面左手に「巡礼道」の道標が出ていました。

林の中の細めの道を入っていくと、急に展望が開けて道はガッと下ります。

かなりの急勾配と見晴らしの良さの相乗効果で乗ったまま下るのが怖いくらいです。

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24番札所・法泉寺

酒づくりの森からの小道は寺の裏道でした。

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表玄関はこの石段の下にあります。

石段の数は117段ですが、一番上の段は境内なので数に入れないから正確には116段。

法泉寺から荒川沿いの道に降りて右折。23番の表玄関を通過して久那小学校の横の路地へ入ります。

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突き当たりにあるのが25番札所・久昌寺。

崖下の古いお堂は無人です。

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本堂の横をさらに奥へと登っていくと弁天池があります。

池に映り込む風景が美しい。

池の向こうに見えているのが納経所です。

25番で山の向こうに日が沈んでいきました。

次回は対岸の丘陵沿いに点在する20番台後半の札所を巡ります。

鍾乳洞やダムがあり、またまた見所満載で先に進まないのだろうなあ。

結願はいつのことやら。

道中で見かけた気になるモノ

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道中……といっても、まだドライブ中の狭山PAの武蔵野うどん。

朝飯は即エネルギーの炭水化物が一番。

ゴリゴリのうどんとごっついかき揚げがボリューミーです。

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巡礼道古道の道しるべ石

この道標は元禄・宝永の頃にたてられたもの。

「つぎ二十五ばん」と彫られています。

道標を見過ごさない速度で走りたいものです。

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25番・久昌寺・納経所の境内にあった蔵。

ちょっと欧風な意匠がおしゃれです。

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アーチ形の飾りの上には龍の鏝絵がありました。

正面から見た龍はなんともひょうきんな顔をしております。

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