だれも教えてくれなかったコンテンツビジネス儲けのしくみ

第6回 ユニークな人間を雇ってはいけない

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裏切られてもいいようにプランを立てて,実務では信用していけばいい

⁠土屋さんは,当社に出資してどんなメリットがあるんでしょうか? 目的がわかると判断しやすくなります」⁠

⁠コンテンツビジネスには昔から興味があったんだが,なかなかチャンスがなくて業界の中をのぞくことができなかった。今回はいいチャンスだと思ってね」⁠

⁠業界の中をのぞく?」⁠

⁠オレは,コンテンツビジネスはこれから成長すると思っている。カンみたいなもんだがな。成長するなら,その尻馬に乗って儲けたいと思うのは当たり前だろ。そのためには情報を集めなきゃいけないし,態勢も作らなきゃいけない。これから始めようとする会社があるんなら,そこに一枚噛んどけば楽に参入できる」⁠

⁠もしかして,土屋さん自身もコンテンツビジネスを始めるかもしれないんですか? だから僕の会社に出資して,業界と市場のくわしい情報を集めて準備しようと思っているとか」⁠

⁠そんな手間なことはしない。だって,出資した会社が成長すれば,それは株主であるオレのメリットにもなるんだからな。わざわざ別の会社を作る必要はない。君の会社が儲かれば,オレも儲かる」⁠

⁠それをうかがって安心しました」⁠

⁠後はなにが気になるんだ? どうせ,アレだろ。オレが信用に足る人物かどうかとか,性格が自分と合うかとか,そういうことを知りたいんだろ?」⁠

⁠……図星です」⁠

⁠そんなこと気にするな。裏切られてもいいようにプランを立てて,実務では信用していけばいい。仕事なんだ。性格が合うとか合わないとか,小学生みたいなことを言うな」⁠

土屋の物言いはきつかったが,米田には心地よかった。わかりやすく要点をついてくる。これだけひどいことを言われれば,普通なら腹が立つがそうはならないのは,土屋の人となりなのだろう。

⁠経営権を僕が維持できるなら,出資していただくことにやぶさかではありません」⁠

米田はしばしの沈黙の後でそう答えた。

⁠よし,じゃあ,君から加藤に会社の数値をオレに開示していいって伝えてくれ。そうしたら加藤から数字を受け取って,出資方法と金額をオレから連絡する」⁠

土屋はにっこり笑うと立ち上がった。

判断は経営者しかできない

翌日,土屋から提案書がメールで送られてきた。米田は,すぐに自分の経営上の権限が守られていることを確認した。問題ありませんと返信すると,土屋からは具体的なスケジュールが折り返し送られてきて,数日のうちに増資の実務的な処理は終わってしまった。

その間にも,人材募集の告知への反応は続いており,1週間で20名を超える応募メールがあった。メールには学歴と職歴,かんたんな自己紹介が書かれていたが,正直ピンと来ない。あまりにもひどいものを除外して,面接するしかないと思った時,土屋に相談してみようと思った。人材の選び方について,ノウハウを持っているかもしれない。米田は経営メンバーではないが,出資者として関心を持っているし,事業が成功するための協力はしてくれそうだ。人材の選び方についてアドバイスを求めるメールを送ってみた。

メールを送信して,すぐに米田の携帯が鳴った。土屋からだ。

⁠はい」⁠

⁠メールは見た。そんなことは,君1人で判断するんだ」⁠

土屋は開口一番,怒鳴るような声で言った。

⁠出資者の方の意見も参考にしたいと思うのですが……」⁠

⁠いや,私は君に出資した。私が自分で考え,判断するのなら,なにも人に出資する必要はないだろう? 私の代わり,あるいは私以上に適任だと思うから出資したんだ。私に頼られても困る」⁠

⁠頼るというわけではなく,出資者の意向の確認も必要だと思っただけです」⁠

⁠決定したことを知らせてくれれば,それだけでいい。反対ならすぐに連絡する。君が事業責任者として全責任を負って事業を遂行するんだ。他人の意見を参考にするのもいいが,他人はなんの責任もとってくれない。すべては君自身に戻ってくる。それを承知しておいてくれ」⁠

⁠は,はい」⁠

⁠君が独断ですべて決めるんだ。ワンマン経営でいい。どうせほかに責任とれるヤツなんかいないんだ。お前が使いやすいヤツが1番だ。いくら仕事ができても,お前と意見の合わないヤツはダメだ」⁠

⁠いや,でも,僕がまちがったことをしようとした時,指摘してくれるかもしれないじゃないですか」⁠

⁠まちがったこと? 経営者が犯したミスを社員が見つけるのか? 単純な知識や計算違いならいい。それ以外はダメだ。経営者には経営者の視点,社員には社員の視点がある。判断は経営者しかできない。社員の意見なんかあてにするな。社員にまちがいを指摘してもらおうなんて考えるな」⁠

⁠わかりました」⁠

言われてみればそのとおりなのだが,相変わらず土屋はずけずけと物を言う。

⁠オレの言い方,キツイか?」⁠

⁠いえ……ちょっと厳しいかもしれません」⁠

⁠当たり前のことを言ってるだけだってのはわかるよな」⁠

⁠はい。説明していただいたので,よくわかりました」⁠

⁠オレは君に金を預けた。失敗してもらったら困る。他人の金だからって気兼ねする必要はないが,失敗は恐れろ」⁠

⁠はい」⁠

⁠ああ,でも心配になってきたじゃないか,ちくしょう。採用するヤツを決めたら,採用通知を送る前にオレに教えろ」⁠

わかりやすくユニークなヤツは使いにくいだけ

電話を切ると,どっと疲れが出た。だが,すぐに気を取り直して,めぼしい応募者との面接日程の調整を始めた。あわせて,付け焼き刃で性格テストや能力テスト,人事関係の本を斜め読みして,人材採用のポイントをチェックしておいた。

結局,翌日から8人を面接し,そのうち1名をアルバイトとして採用することにした。25歳の男性で,他社でニュースサービスの編集をしていたことがあり,会った時の印象は好青年という感じだった。なによりやる気があり,自分のやりたいことが明確でユニークだった。彼もまた,新しいコンテンツサービスを自分で立ち上げたいと考えていたのだ。

その人物のデータに米田が採用しようと思った理由を添えて土屋にメールした。即座に電話がかかってきた。

⁠お前はバカか? 何度言ったらわかるんだ。判断するのは君だけだ。新しいユニークなコンテンツサービス? やる気? そんなものがなんの役に立つ?」⁠

土屋はさっそくがなり立てた。

⁠やる気があって,将来ユニークなサービスをやりたいと思っているのはいいことではないんですか? わが社の事業を広げる時にきっと力になってくれます」⁠

⁠将来の新サービスだって? いったい何年先のことを考えてる? そんな事業計画は見たことないぞ。事業計画もできてもいない未来のために人を雇う意味があるのか?」⁠

⁠人材は未来への投資です」⁠

⁠……お前,うまいこと言ったと思ってるのか? はっきり言っとくけど,個性のあるヤツとか,ユニークなヤツって社会不適応者だ。社会に適応してるヤツは,あからさまに個性とかユニークさとか露出してないで,うまく折り合いをつけながら自分なりのものを出していくんだ。わかりやすくユニークなヤツは使いにくいだけだ」⁠

⁠はあ」⁠

⁠お前の独断ですべて進めろって言ったよな」⁠

⁠はい」⁠

⁠お前のやりたいことを,言われたままに実行してくれる連中を採用しろ。ユニークなことを考えるようなヤツはいらない。はいはいって,言うことを聞いてくれるのが1番だ。今はそういうステージじゃないんだ」⁠

人材にお金をばらまくのも「投資」

⁠……はい」⁠

⁠不服そうだな」⁠

⁠おっしゃることは,わかるんですが,将来を見据えた人材採用も必要じゃないかと思うんです」⁠

土屋の言ってることは佐久間に似ている。土屋は人材の先行投資を否定し,佐久間は事業への先行投資を否定している。

⁠お前,自分で自分を否定してるぞ。投資型の経営は嫌いなんじゃなかったのか? 加藤がそう言ってたから,オレは見所があると思ったんだ。金を事業にばらまくのも投資だが,人材にばらまくのも投資だ。いつかわからない将来のための人材を採用するってのは,投資型経営なんだよ」⁠

⁠あっ……」⁠

ぐうの音も出なかった。米田は土屋に採用を見直すと伝えて電話を切った。思わず長いため息が出る。もう一度応募者のデータを見直そうとした時,携帯から着信メロディが流れた。液晶を見ると,メデューサデザインの経理の鳴瀬だった。なんだろう? と訝しく思いながら電話に出た。

⁠ご無沙汰してます。鳴瀬です。ちょっと折り入って相談したいことがありまして……」⁠

⁠ああ,鳴瀬さん,お久しぶりです。どうしました?」⁠

⁠じつは,メデューサデザインを退職しまして……理由は,まあ聞かないでくださいと言いたいところなんですが,言ったほうがいいですよね。社長とケンカしたんです。もともと経理処理について,いろいろ対立があったんです。社長は,それなりに経理や財務をわかるんで,僕の仕事にも口を出してくるんですが,プロってわけじゃないから,正直面倒くさいんです。社長に反論して,説明して納得してもらうってことを何度も繰り返してきて,何度も口論して……結局,やってらんないって飛び出しちゃったんです」⁠

⁠そうでしたか……」⁠

事情はなんとなくわかった。鳴瀬も弁が立つほうだし,プライドも高そうだ。社長がことあるごとに,しゃしゃり出てくるのに耐えられなかったのだろう。しかし,それにしてもなぜ電話してきたのだろう? 米田は不思議に思った。米田と鳴瀬は,時々話をするくらいの間柄だった。退職後に相談するほど親しくない。

⁠じつは,米田さんの新会社で人材を募集しているという記事を拝見して,僕も応募してみようと思った次第です」⁠

⁠え? だって鳴瀬さん,経理でしょ?」⁠

⁠メデューサデザインではほぼ経理専任でしたけど,別に普通のコンテンツの仕事をやっていたこともありますよ。コンテンツも経理もわかるってんで,メデューサデザインに採用されたんです。両方わかるのは,スタートアップの会社には役に立つと思います。自分で言うのもなんですが……」⁠

⁠言われてみれば,そんな気もします。とりあえず履歴書や職歴署を送ってもらえますか?」⁠

鳴瀬なら,ある程度気心が知れている。願ってもない話のような気がした。

⁠じつはですね。もう御社の近くまで来ているんです」⁠

米田は鳴瀬と会い,ほぼ即決で採用しようと思った。顔見知りというだけで安心感がある。鳴瀬を帰した後で,土屋に資料を送ると,珍しくメールで返信が来た。

⁠反対する理由はない。決めるのも責任を取るのもお前なんだからな」⁠

もってまわった言い方だな,と思ったが,これでようやく1人目のメンバーを確保できた。だが,やがて「顔見知りの安心感」というのが落とし穴であったことを思い知らされることになる。

著者プロフィール

一田和樹(いちだかずき)

11月6日東京生まれ。バンクーバー在住。

シンクタンクにてIT関連市場調査,製品開発を担当,独立後,インターネットプロバイダなどIT企業の役員,社長を歴任。人材育成にも長け,社長を務めた会社の社員の半数が起業した。

2010年島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。サイバーセキュリティミステリを中心に執筆,その他,ファンタジーやマンガ原作などもこなす。筆が速いことと,多彩な芸域が特徴。

@K_Ichida

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