ライフハック交差点

第13回GTDの生みの親 David Allenさんインタビュー特別編(1)GTD の深層に迫る:David Allen さんが語る「思考」秘密

「いま」⁠ここで」できることに集中する最速の仕事術「Getting Things Done(GTD⁠⁠」の著者であるDavid Allenさんが先日来日し、滞在先のホテルで独占インタビューを行いました。

GTDはいわばライフハック・ブームの火付け役といえます。GTDの解説本は全世界30カ国に翻訳されており、来年には初となるGTD国際会議の開催が予定されているなど、その勢いはとどまることを知りません。私自身、一人のGTD実践者として、David Allenさんのファンとして、このインタビューは非常に意義深いものとなりました。

90分のインタビューの話題は、GTDの全般の質問に対する答えから、GTDと関係した哲学的なこと、ユビキタス社会におけるGTDの役割、日本への進出についてなど、多岐にわたりました。途中からは奥様のKathryn Allenさんも熱心に参加され、充実したものになりました。

そこで今回、⁠GTDの生みの親 David Allenさんインタビュー特別編」と題して、5回に分けてこのインタビューの様子をお届けしたいと思います。

まず第1回は準備編として、インタビュー冒頭で雑談として始めたクリエイティブな仕事とGTDについて、東洋哲学とGTDについて、そしてDavid Allenさんの考える私たちの「思考法」の秘密についてご紹介したいと思います。

なじみの少ない話題かもしれませんが、GTDに慣れ親しんでいる人にはDavid Allenさんの頭脳の中が垣間見える興味深い話題だと思います。

※GTDについてあまりご存じないという方は、まずgihyo.jpの連載GTDでお仕事カイゼン!⁠、あるいは実践!GTD~一歩先の仕事管理⁠、またはLifehacking.jpの火曜日連載「GTD再入門」をご覧いただけると幸いです。

左から、David Allenさん、Kathryn Allenさん、堀 E. 正岳さん
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「能率」とは比較的新しい概念

(以下、MH⁠⁠:
⁠まずは私自身のことを紹介させてください。私はLifehacking.jpというブログを運営していて、ここではライフハック全般、GTDを含む仕事術や、セルフ・ヘルプを題材にした記事を書いています。扱っているのは主に海外のブログの話題などで、それに自分で考えたことなども加えて読者に提供しています。でも日中は、とある大学でまったく違う仕事をしているんですよ」

David Allen(以下DA⁠⁠:
⁠日中の仕事とブログがまったく違うというのは珍しいね。どのくらいの時間を毎日ブログにあてているんだい?」

MH:
⁠毎日2時間ほどです。今は国内外の130ほどのブログとニュースを中心に情報を集めて、そこからなるべく読者にとってインパクトの大きい記事を一つだけ探すとしたらなにか、というふうにしています」

DA:
⁠それは大変な仕事量だね(笑⁠⁠」

MH:
⁠私がそもそもGTDや、ライフハックに興味をもったのも、自分が大学という特殊な場所で仕事をしていたからなんです。少なくとも日本の大学では、多くの研究者が忙しすぎるか、あるいは時間をもてあましているかのどちらかで、ストラテジーが足りないような気がしています。私はそのことに罪悪感を感じていて、ビジネスマンが日常使っている仕事術が一つの回答にならないかと思ったわけです。あまり同僚には広められていないのですが(笑⁠⁠」

DA:
⁠なるほど。一つ覚えておかなければいけないのは、特にアカデミックな仕事では、仕事を速く仕上げるということは、それが『完璧』であることを求められるということだよ。逆に締め切りのぎりぎりで提出すれば、その気になれば『完璧』にできるけれども、その時間がなかったんだということを装うことができるわけさ」

MH:
⁠クリエイティブな仕事をしている人もそうですよね?『早く出すからには、良いものだという自信があるんだろう?』というプレッシャーがあります」

DA:
⁠その通り。さもないともっと良いものをつくる時間があったのに、なぜそれをしなかったんだい?と怠慢を疑われるからね。だからこの分野ではおかしな心理が働いていて、非効率的な人と思われる方が、見かけ上怠惰な人間だと思われるよりも良いということになってしまうんだ」

MH:
⁠あまり大声でいえませんが、私はそのように受け止められそうなときには、仕事をぎりぎりに仕上げたふりをして、実は1週間もまえに終わらせていたという手を使うことがあります。たぶん、これはライフハックと呼んでもいいですよね」

DA:
⁠それはいい手だと思うよ(笑⁠⁠。私は、こうした人間の癖というのは昔私たちが農耕をしていたころの名残なのなのではないかと思う。そのころは、人々は『今日中にやろう』と自分たちに言い聞かせた全てのことがたいていその日のうちにできていたんだ。だから『やるべき事がすべて片付いていなくてもよい』という安心感はそもそも私たちの文化的な心理には織り込まれていないものなんだ。⁠やらなくてはいけない無数のことから、重要なものを選択をする』といった考え方も、これまでの文化になかった」

「そもそも『優先順位』という考え方自体が比較的新しい概念なんだよ。今では辞書に載っていると思うけれども、50年前には英語のprioritize『優先順位をつける』という単語はまだなかったとはずだよ。それまではset prioritiesというのが正式な言い方だったんだけれども、prioritizeという動詞はまだなかった。こうした文化的なビリーフ・システム(belief system)や、それが私たちをどのように無意識的に変えるのかという問題は、いつも私を魅了するんだ」

GTDと東洋哲学

MH:
⁠GTDに初めて接したとき、それが僕の大好きな『老子』の哲学と調和しているのが驚きでした。たとえば『このコップのような器が有用なのはそれが空だから』といった概念で、それがGTDの『頭を空にすることで力が生み出される』という概念と似ていて気に入ったのです。こうした東洋文化には親しまれていたのですか?」

DA:
⁠もちろん老子も読んだし、⁠禅と日本文化』の)鈴木大拙の本も、アラン・ワッツもあらかた読んだよ。私はいつも『負の空間』という概念には審美的な魅力を感じていて、だからこそ日本が大好きなのさ」

「その後、武道もたしなんだし、スピリチュアルな経験も経て考えるようになったのは、空にした頭は本当に『空』なのではなくて、雑音のレベルを下げることで、思考はもっと面白い別の場所へと向かうことができるということなんだ。溜め込んでいるものが少ないほど、違う次元の思考が可能になるといってもいい」

「あなたはこの場所の雑音や、物質的なことに目を奪われて、それなりにオーガナイズされた形でそれを頭の中に溜め込んでおくこともできるけれども、頭の中が静かで簡単であればあるほど、思考力や認知力、異なるパースペクティブを引き出す力は増すんだ」

MH:
⁠あなたがGTDの手法を通して、⁠頭のなかにいれるものを選択的にすることで、考えはよりクリアーになる』とおっしゃっているのと関係していますね」

DA:
⁠もちろん。個人的な信条になるけれども、私はそれだけ自由を愛しているんだ」

MH:
⁠それは自分自身の脳からも自由でありたいというのも含まれるわけですね」

最速な思考モデルとしてのGTD

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DA:
⁠そういうことになるね。最近アメリカでも日本でも注目されるようになったEQ、エモーショナル・インテリジェンスという考え方があって、自分自身の心の動きをモニターして制御できるようになることは人間関係上の成功を得るのに不可欠だということが広く知られるようになった。けれども、私はこれを思考についてもやらなければいけないと思ってるんだ。」

「⁠⁠考えが変える』ということがあるけど、それは誰の仕業なのかと考えたことはあるかい? 私たちの『思考』『魂』⁠どんな言葉を使うのでもかまわないが、さまざまな決断を下す、私たちの中のより大きな存在だと理解してほしい)はとても近いところにあるので、ふだんは意識することはないけれども、本当に知恵をもっているのはその『魂』のような部分で、⁠思考』はただのコンピュータなんだ。何かをインプットして、何かをアウトプットするだけ。それの役割は基本的に外界から入ってくるもののパターンを識別するだけなんだ」

MH:
⁠なるほど」

DA:
⁠最近ベルギーの二人の学者が行なった認知心理学の論文でこのことが議論されていて、彼らは私たちの脳が外界にどう反応するかという『思考』のプロセスがGTDのそれによく類似していることを説明している」

「脳はコンピュータを遥かにこえるスピードでパターンを認識することはできるけれども、それは「いま」⁠ここで」起こっている限定的なフォーカスの中でのことなんだ。二つの部屋のことを同時に考えようとしてみたり、二つのコンテキストを混ぜた思考をしようとした瞬間、頭は爆発してしまう。フォーカスが問題になるんだ」

「マルチタスクできないという人もいるけれども、それは厳密には間違っていて、車を運転しながら考えたりといったように、私たちはいつもそれをしているんだ。問題は何にフォーカスをしているかということだ。四人の人に同時に襲いかかられた武術の達人は四人と同時に戦っているようにみえるかもしれないけれども、実際は非常に高速にフォーカスを切り替えながら一人ずつ相手にしているんだよ」

「対応しなければいけないたくさんのタスクが飛んできたときに大事なのは、どれだけ精度よくフォーカスをあわせて、頭脳のプロセッサによけいな負荷を与えないようにフリーの領域を作っておけるかなんだ。そのフリーの場所が大きければ大きいほど、私たちのプロセッサは自由に活動ができるんだ」

MH:
⁠それを実現してくれるのが、GTDというわけですね」


なるほど、と言いながらも、私はこの高度に知的な会話についてゆくのに必死で、その重要性に気づいたのはインタビューのあとになってからでした。

David Allenさんがおっしゃっていたのは、私たちの「頭脳」と呼ばれるパターン認識工場はすぐに稼働の限界を迎えてしまうので、たとえば「1週間先まで考えなくてもいいタスクは一週間先のカレンダーに印をいれる」⁠今は職場だからどうすることもできない家庭のタスクはひとまず忘れる」というように、相手をしなければいけないタスクのフォーカスを瞬時に切り替えられることが、まるで武術の達人のように流れるように複数のタスクをこなすことにつながるということだったのです。

GTDのワークフローは、私たちの頭脳にあらかじめプログラミングされている「認知」の道のりをなぞっているので、⁠目の前の一人の敵に集中する」のと同じように「今必要なタスクだけにフォーカスする」という状態を生み出すことが可能になるというわけなのです。

さて、ウォーミングアップもかねて最初から非常に深い部分に話題が及びましたが、次回はもっと一般的な「GTD初心者が身につけるべき習慣」という質問にDavid Allenさんが明快に答えてくれます。

次回もお楽しみに、HappyLifehacking!

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