ライフハック交差点

第19回自分を変える最強の武器を探す、「ライフハック・ダイエット」すすめ

世紀に一度の大不況のニュースが世界を駆け巡っていますが、ライフハックの世界でも大きな「収縮」の時代が始まろうとしているのかもしれません。ライフハックのブームを生み出した生みの親ともいえる存在がライフハックを否定するような発言をして、静かな波紋が広がっているのです。

とはいえ、経済の収縮とは違って、この「収縮」はむしろ私たちに最も大事なことに集中させてくれる良い効果を持っています。

生みの親がライフハックを否定?

先月のことになりますが、アメリカにおけるライフハック・ブームの火付け役の一人であり、Hipster PDA や Inbox Zero といったテクニックを提唱した 43Folders の Merlin Mann が最近、自身のブログの方針転換を発表しました記事1記事2⁠。

彼はいわゆるライフハックという「生産性」にばかり注目したブログにはもう嫌気がさしたとして、これからは「クリエイティブに生きるために、時間と集中力を守る」というテーマに移行するとしています。しかも彼は次のような辛口のコメントさえ書いています。

At this juncture, I wish to apologize and formally atone for any role 43 Folders or I have had in popularizing ⁠hack⁠⁠ as the preferred nomenclature for unmedicated knowledge workers dicking around with their ⁠productivity system⁠⁠ all day. 43 Folders regrets the error.

(この場をお借りして、耐性のできていないナレッジワーカーが1日中「生産性のシステム」をつつき回すことを指す言葉として「ハック」を押し進めことにつきまして、43Folders の果たした役割について謝罪したいと思います。今は反省してます。)

ライフハックの生みの親がライフハックを否定(?)したのですから、この発言は多くの人にちょっとした衝撃をもたらしました。

Merlin がこれほどまで「ハック」という言葉を攻撃しているのは、今のアメリカのライフハック・ブログの現状があります。ライフハックを扱う数多くのブログやニュースサイトが存在するのはいいのですが、それらが読み切れないほどの記事を毎日提供することで、結局はあまり読者の生産性に貢献していないのではないかという心配がベースにあるのです。

彼は小手先の「ハック」や、手続き的なものを追うよりも「どうやったら時間を節約し、集中力を節約し、クリエイティブになれるか」という方向性に集中することがより大事だとして、究極的にはハックなるものが消えてなくなってしまえばよいという風に説明しています。

I also realized from the beginning that the real life hacks were about making your way from a place that’s chaotic and depressing toward someplace where you feel more competent, stable, and alive. A place where you eventually may not need the life hack any more.

(僕が最初から気づいていたのは、⁠本当のライフハック」というのは混沌として気鬱になる現状から、自分の力を信じて、気持ちを落ち着けて、生き生きとできる場所へと移行するためのものだということだ。そこまでいけば、もはやライフハックなるもの自体が必要なくなる、そんな場所のことなんだ。)

これを読むと、Merlin の方針転換はライフハックの否定というよりは、そのルーツに立ち返ったのだということがわかると思います。

これを読んでいるみなさんも、同じように感じたことはないでしょうか? Firefox のアドオンをいくらインストールしても、便利なツールをいくらアップデートしてみても、自己啓発に役に立ちそうなビジネス書を何百冊と読んだとしても、⁠なんだかちっとも状況が改善できた気がしない」と感じる瞬間がないでしょうか?

もしそうなら、ライフハックそのものをダイエットする瞬間がやってきたといってもいいでしょう。ツールに振り回されず、周囲の意見に流されず、自分の人生を変えてしまう最良のハックを一つだけ探してみる「ライフハック・ダイエット」を紹介したいと思います。

今すぐ始められるライフハック・ダイエット

「ビジネス書はよく読むんだけど、なかなか実践できない」

「GTD や、仕事の上でのツールについては知っているけれども、どうも満足に使えている気がしない」

こうしたときは、さらにたくさんの情報を集めるのはかえって逆効果です。

新しいツールやビジネス書に目を奪われてばかりでは、本来の仕事から私たちの目をそむける「先送りの心理状態」に陥りかねません。しかも「仕事をするための『準備』をしているんだからいいじゃないか」という言い訳が成り立つだけに、このワナにはまると容易には抜け出すことができません(私も何度となくこの落とし穴に落ち込んでいます⁠⁠。

まずは自信をもちましょう。いくつかのツールを手に入れて、何冊か重要な本を読んだあなたは、現実に立ち向かう武器をすでにそろえているはずです。「今もっている知識とテクニックで現状を変えることは可能だ」と自分にまず言い聞かせましょう。

次に、仕事の効率化であれ、意識改革であれ、自分が変えたいと思っている部分を1つだけ取り出して、それに対してどんなライフハックを、ツールを適用すればいいのかを考えます。ここで次の3つのポイントが助けになるでしょう。

1.たった一つの、自分の人生を最も変えるハックだけに集中すること

これまでに耳にしたことがあるライフハックや、ビジネス書で読んだテクニックは数多くあると思いますが、それらを整理して「今の自分に最大の変化を与えてくれるハック」を一つだけ選ぶようにします。

そのたった一つのハックを決めたなら、それを紙に書き出して、手帳のなか、仕事場の机、家の玄関に貼っておきましょう。

例えば私は数年前、仕事が非常に危機的な状況にあったときに「1日に1つだけ自分と約束を決めて、それを守る。これを30日間続ける」という習慣を作ったことがあります。私はこの標語を机に張り出し、声に出して唱えながら仕事をしていました。そのときは無我夢中で他のテクニックや、ハックに気を遣う余裕がありませんでしたが、このたった一つの習慣を守ったことが、そのときの危機を乗り切る力を与えてくれただけでなく、その他の生産性の向上にも雨だれ式に効果を持ったのは驚きでした。大きな変化をもたらす小さな習慣を一つもっていれば、その波及効果は絶大なものがあるのです。

あなたにとっての「唯一のハック」が十分に繰り返せるようになり、もはや意識する必要さえもなくなったら、そのときこそ、新しいハックにとりかかるべき時がやってきたということになります。

2.それは「時間」「注意力」を節約してくれるか?

新しいツールや、ガジェットを導入する際には、それを使う前に比べて少しでも時間がセーブできるか、あるいは貴重な「やる気」⁠集中力」をより持続させるために役立つかを厳密に問いかけなければいけません。

たとえば私は先日、話題をさらった Firefox の拡張機能Ubiquityを試してみるかどうか悩んでいました。なるほどすごい機能と先進的なインターフェースに魅力を感じはしましたが、まだバグが多く、慣れるのにも多くの時間がかかりそうでしたので本格的に触れるのはあきらめました。⁠今の自分」を助けてくれるものではなかったからです。

新しいツールが良いのではなくて、時間と集中力をセーブして、再短時間・最小の努力で同じ仕事を片付けてくれるものが良いツールです。新しい話題の本が良い本なのではなくて、自分を引き上げてくれる本が良い本です。常にこの「自分にとって」を見失わないようにしていなければいけません。

3.徹底してタスクをダイエットする

私たちは「より多くの仕事を、より多くの成果を」と足し算の心理でしか成長を実感することがなかなかできませんが、「やらなくてもいいことを削除すること」もポジティブな成果だと常に自分に言い聞かせなければいけません。

ツールを駆使してそれまで1時間に10しかできなかった仕事を12まで増やすのも一つの生産性向上の方法ですが、そもそもやるべきことを8まで減らしてしまえれば、何の努力も新しいツールを導入せずとも、同等の効果が得られます。

  • そのプレゼンはスライドが20も必要なのか? 10枚で同じメッセージを伝えられないか?
  • その報告書は本当に10ページも必要なのか? 4ページで同様のメッセージを伝える方法はないか?
  • メールを書くのに1時間もかけるよりも、電話やチャットで要点を周知しておいて、メールは10分で書いた箇条書きで済ませられないか?
  • その会議は60分も必要か? 同様の効果を10分で得られないか? どこが最も無駄になっているのか?

こうした徹底した無駄省きで、仕事を減らすことができれば、それは実質的に仕事を片付けたことと同等になります。

ただし、現実のダイエットと同じで、大事な筋肉や内蔵を疲弊させるのではなく、不要な脂肪だけを落としてプロポーションを維持することが大切です。日本ではどうしても歯を食いしばって努力をすること、辛抱することが尊いと思っている人が多いのですが、こうしたパワーは本当の緊急事態のために温存しておいて、普段は「最少の努力で最もおいしいところをもってゆく」という考え方に馴染んでおきましょう

こうしたポイントを通して、今までの自分を良い方向に変えてくれる「小さな習慣」を見つけ、それを「てこ」のように使って大きな変化をもたらすことができるなら、何も多くのライフハックや、ツールを使う必要はありません。それがあなたにとって最良のライフハックなのですから。

ライフハック・ブログばかり読んだり、成功を約束してくれるビジネス書ばかりを何百冊も読むよりも、こうした最も大きな変化をもたらすたった一つの習慣を追い求める方が時間も、効率も、そして効果も大きいのです。

あなたは、どんな「一つのライフハック」に集中しますか? ぜひ私のブログの方でもコメントに書き込んでいただけると幸いです。

それでは次回まで、Happy Lifehacking!

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