『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第6話 Antichrist 裸のソーシャル王子

寓話を読み終えた水野は、ほうっと軽くため息をつき、優雅な仕草で周囲を見回した。和田の使命を受けた水野は、その1週間後、己の異能力を注ぎ込んだ寓話調のソーシャルネットワークの解説を作ってきて発表した。

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水野の発表を聞いたメンバーは、一様に微妙な表情を浮かべている。水野と目が合うと、すっとそらす。和田にいたっては、背中を向けている。

  • 「あの……和田さん、終わりましたけど」

水野が声をかけると和田はおっくうそうに振り向いた。

  • 「はい、ごくろうさま」

和田はまったく感情のこもっていない口調で言った。そしてまた背中を向ける。あまりの素っ気なさに、さすがの水野も色をなした。

  • 「和田さん、室長代理として成果物に対してちゃんと評価を下すべきでしょう。なにか問題があったなら、言ってください。まあ、あなたには理解できなかったかもしれませんけど」
  • 「水野さん。あなた、つまらないです。顔はイケメンですが、オーラがないのでその効果も半減いえ、むしろマイナスかも。そのことを自覚して新しい人生を歩んでください」

和田は背中を向けたままで、冷たい言葉を投げつけた。そもそも和田はナルシストという人種があまり好きではない。さらに和田の神経を逆撫でしたのは、⁠適度におもしろそうなことをやってお茶を濁す⁠ような発表内容だ。網界辞典準備室に来たからには、そんなぬるい人生観は捨ててもらわねばならない。そうでなければ、和田はおもしろくない。

  • 「な……」

想定外の厳しい言葉に、水野は絶句した。不思議ちゃんは、時として辛辣な言葉を発することを知らなかったようだ。

  • 「あなたは社会人なんです。与えられたことをそつなくこなしたって、誰も評価しません。評価されるのは大失敗と大成功だけです。そのことを肝に銘じてハンパなイケメン人生を自省してください。そもそも私にはレバーがありません。下ネタをやるなら、元気いいぞう先生くらい吹っ切ってください」

和田は淡々と冷たい言葉を浴びせた。イケメン水野の顔から血の気が引いた。代わりに和田の唇が血に濡れたように赤くぬめり、歪んだ形で笑みを作った。隣に座っていた歪莉が、はっとしたような表情を浮かべて和田を見た。

  • 「ソーシャルネットワークは、下ネタではなく政治ネタとして扱われるべきだと思います」

篠田がすっくと立ち上がった。全員の視線が篠田に集まる。

  • 「防衛企業大手レイセオンのRiotという行動監視システムは、公開されているソーシャルネットワークのデータだけで個人の特定から行動予測まで可能です。Googleが2012年下半期に受け取った情報開示請求は2万1,389件。もちろんGmailやスケジュールなどのデータの開示も含まれています。こうしたデータは、すべてアメリカ政府によって把握されているのです」

和田は、篠田の言葉を聞きながら妙に関心した。なにを言っているかわからないが、数字を並べられるともっともらしく聞こえる。

  • 「ザッカーバーグは言いました。我々のライバルは政府である、と」

篠田は続けてそう言うと、言葉を切った。他のメンバーの反応を確認するように、ゆっくりと視線を巡らす。一瞬、歪莉と目が合った。

  • 「なんだかよくわかりませんが、私もそう思ってたところなんです」

歪莉は、とっさに口にした。

和田の脳内で、⁠プロパガンダ』が鳴り響いた。

今週登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!

  • 『Antichrist』
  • 元気いいぞう先生
  • 『レイセオン Riot』
  • 『Googleのトランスペアレンシーレポート』
  • 『プロパガンダ』
和田安里香(わだありか)
網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、自分の趣味のプロジェクトを開始した。
倉橋歪莉(くらはしわいり)
法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、フラストレーションがたまりすぎると、爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では『裸の王様成田くん繁盛記』というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです⁠⁠。
水野ヒロ(みずのひろ)
網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、最近自分の人生に疑問を持つようになり、奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に「そんなことは誰でも思いつきますけどね」などと口走るようになり、打ち合わせに出席できなくなった。
内山計算(うちやまけいさん)
網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
篠田宰(しのだつかさ)
実例担当
年齢44歳、身長165センチ、体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。

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