『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第15話 『ゴジラ対へドラ』 BitcoinマイナーがNSAと内山を邪魔し、歪莉が「テイクダウンって、野良犬を棒で叩き殺すアレですか?」とつぶやくの

  • 「準備室の和田です。綴喜 堕姫縷(つづき だきる)さん、おきれいですね。拝顔の栄に浴せて光栄です。間近に見ると見とれてしまいます」

和田はそう言うと、自分の名刺を堕姫縷に渡した。堕姫縷はそれを大事そうに受け取ると、シャツの胸ポケットに入れた。それを目にした和田の脳内に『ジャスティファイドジェノサイド』が響き渡る。

  • 「お前ら、社内でなに社交儀礼やってるんだ」

宮内がいらいらした声を出した。

  • 「宮内さんも隅に置けないですね。こんな美しい方がいらっしゃるなんて」

和田がそう言うと堕姫縷がくすくす笑い、宮内は真っ赤になった。

  • 「冗談でもそんなことは言うな」

低い声で絞り出すように言う。怒りではなく羞恥の赤面だ。

  • 「私は宮内専務のお目付役に抜擢されたんです。専務は普段は冷静な方ですが、お酒を召し上がっている時は危険なので……」

  • 「オレはまったく記憶がないんだが、前の秘書がレイプされたと騒ぎ出したんだ。だいたいそれまで何度も合意の上でやってたんだ。今さらレイプとかおかしいだろ。まあ、結局金だよ。どっかの野郎と婚約して結婚資金が足りないから手っ取り早くせしめようとしたんだろ。それでお目付役をつけるんだとさ」

宮内は、よほど腹に据えかねたと見えて腕組みして眉間にしわを寄せた。

  • 「ふだん秘書の方を見かけなかったのは、宮内さんの肉便器が主要業務だったからなんですね」

和田は淡々とつぶやき、それを聞いた堕姫縷は噴き出した。

  • 「宮内専務が手切れ金を渋ったから意趣返しをかねての狂言なのでしょう。他の役員の方も事情はわかっていても、いちおう形だけなにかしないといけないということになって、私に白羽の矢がたったと言うわけです。半月前にバンクーバー支店から呼びつけられて、社内研修を受けていました」

堕姫縷が艶然と微笑み、宮内は拗ねたようにそっぽを向いた。

  • 「しかし、お目付役と言っても、秘書レイパーの宮内さんに美人秘書をつけてしまっては、単に新しい犠牲者が増えるだけなのでは?」

和田は素朴な疑問を堕姫縷にぶつけた。すると宮内が長いため息をついた。

  • 「私は、生物学的には男なんです。玉なし竿アリ、ホルモン服用中です」

さすがの和田も絶句した。女装男子はたくさん見てきたが、ここまで妖艶な人物に会ったのは初めてだ。どこからどう見ても女性。それもとびきりの美人だ。

結局、堕姫縷の取りなしで歪莉と内山のプレゼンは、ネイキッドロフトで継続できることになった。毎月1回開催される『網界ナイト⁠⁠。堕姫縷が進行と総合プロデュースを買って出た。どんどんわけのわからないことになっていく……と思いながら和田は準備室に戻った。道すがら、たくさんの社員から「歪莉ちゃん応援してます。次回も参加しますから」と声をかけられて、あらためて歪莉のプレゼンの破壊力を実感した。

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準備室に戻った和田は、詳しい理由は説明せずに「大人の配慮」により、歪莉と内山のプレゼンはネイキッドロフトで行うことになったと説明した。さらに内山には、NSAの設備を使わないようにと諭し、今後はフェイスブックを使うようにと釘を刺す。内山は、⁠僕のせいじゃない。Bitcoinマイナーの連中が押し寄せたせいだ」とぶつぶつ言っていたが無視した。

  • 「そんな……そこって普通のお客さんも来るんですよね。そんなところで、この間みたいなことできません」

歪莉が泣きそうな声を出した。今日もいい味出してる、と和田は少しうれしくなったが、表情は変えずに冷たい視線を歪莉に向けた。

  • 「じゃあ、普通のお客さまに見せてもいいものをやるだけの話です」

和田の言葉に、歪莉は一瞬唇を噛んでうつむいたが、すぐに顔を上げ、

  • 「私もそう持ってたところなんです」

と答えた。和田の顔にしてやったりという笑みが浮かぶ。

  • 「ネイキッドロフトというと、新井エリーさんの登場する⁠下-1グランプリ⁠⁠ をやっているライブ会場ですね」

内山が頬を赤らめながら言うと、歪莉が、なぜ内山がそれを知っているという顔をした。

和田には、なんの話かわからない。すぐにパソコンで検索し、AV女優だということを知った。同時に、なんでこのふたりは知っているのかという疑問が湧く。

  • 「倉橋さんと内山さんは、新井エリーさんという女優さんをご存じみたいですね。どんな方か教えていただけますか?」

  • 「……宮内専務は彼女の個人撮影会が行われるたびに、1日10枠、1枠45分5万円を全枠買い占めようとしています。僕はそれに対抗して毎回1枠以上買うようにしています」

相変わらず赤い頬の内山が言った。和田の質問の答えにはなっていないが、社内のAV汚染がかなり進行していることはわかった。それにしても個人撮影会とはなんだろう?

  • 「個人撮影会って、1対1でやる撮影会ですよね。他に誰もいないんですか?」

  • 「他に誰もいません。ふたりきりです」

  • 「5万円も払うんですよね」

和田のしつような質問に、内山は、はいと悪びれずに答える。

  • 「ソープより高いじゃないか」

篠田がため息まじりにつぶやいた。それを耳にした内山の顔に汗が浮かび、たらたらと垂れ始める。

  • 「ふたりきりで、なにをするんですか?」

和田は核心に触れる質問をした。内山は、大福のような顔を真っ赤にした。熟したトマトのようだ。長い沈黙。

  • 「……写真を撮っています」

長い長い沈黙と緊張の果てに内山はつぶやいたが、⁠写真以外のことをやってるんだ」と全員が信じた。

  • 「内山さんが完全童貞ではなく、素人童貞ということはわかりました。いささか幻滅しました。でも、まあいいです。⁠網界ナイト』を楽しいものにしてくださればなんでもいいです」

  • 「ち、違います」

内山が抗議の声を上げようとしたが、和田はひときわ大きな声でそれを封じた。

  • 「次回のテーマは、⁠テイクダウン⁠⁠。何を意味する言葉なのかはご自身で調べてください。前回のテーマの評価は来週に行います」

和田は、そう言うと席に座った。これ以上、誰の質問を受け付けないという意思表示だ。

  • 「テイクダウンって、野良犬を棒で叩き殺すアレですか?」

歪莉がうつろに意味不明なことをつぶやくと、水野が顔色を変えて傍らに駆け寄った。

  • 「倉橋さん、なに言ってるの? しっかりして⁠

  • 「ネット関連でテイクダウンと言えば、ボットネット撲滅作戦の一環で行われる実力行使のことですな」

篠田が腕組みしてつぶやいた。内山が眉をひそめる。

  • 「日本では行われていませんが、アメリカではFBIとMicrosoftのMicrosoft Digital Crime Unit(DCU)との共同作戦が有名です。直近では2013年6月に行われた⁠Operation B54⁠(ターゲットはCitadel)や、3月に行われた⁠Operation B71⁠(ターゲットはZeus)があります。いずれのケースも、全世界で1,000万台以上が感染し、銀行口座などの情報が盗まれ数百億円に上る被害があったとされています。MITB攻撃も行われていたため、二要素認証も役立たないケースがありました。アメリカでテイクダウンがよく行われることには理由があります。どこの国よりも早く相手に気づかれることなく裁判所から一歩的な仮処分をとることができる仕組みがアメリカにはあります」

篠田は、流れるような弁舌で説明した。

  • 「そんなこと、私にプレゼンできるわけないじゃないですか!」

歪莉は一声叫んで水野の腕の中に倒れ込んだ。

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  • 『ゴジラ対へドラ』
  • 『ジャスティファイドジェノサイド』
  • 玉なし竿アリ
  • 新井エリー ⁠下-1グランプリ⁠
  • 完全童貞 素人童貞
  • テイクダウン
  • Microsoft Digital Crime Unit(DCU)
  • Citadel
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1巻 こちら、網界辞典準備室!
和田安里香(わだありか)
網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、自分の趣味のプロジェクトを開始した。
倉橋歪莉(くらはしわいり)
法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、フラストレーションがたまりすぎると、爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では『裸の王様成田くん繁盛記』というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです⁠⁠。
水野ヒロ(みずのひろ)
網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、最近自分の人生に疑問を持つようになり、奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に「そんなことは誰でも思いつきますけどね」などと口走るようになり、打ち合わせに出席できなくなった。
内山計算(うちやまけいさん)
網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
篠田宰(しのだつかさ)
実例担当
年齢44歳、身長165センチ、体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
古里舞夢(ふるさとまいむ)
年齢36歳。身長165センチ、体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。
綴喜堕姫縷(つづきだきる)
容姿は女性、性別は男性。身長172センチ、体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、本社には詳細な人事情報がない。

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