『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第17話 『フランケンウィニー』 総務部が内部告発者を自己開発セ ミナーで洗脳するブラック企業。テイクダウンの解説をネイキッド ロフトで行う、倉橋歪莉のあしたはどっちだ!?

  • 「次に⁠つらい⁠の出現頻度を見てみましょう」

内山のグラフ分析は続いていた。歪莉はすでに放心状態で、横に座っている水野に肩を支えられ、かろうじて倒れずにいる。

  • 「このグラフを見ると、定期的な波と不定期な波があることがわかります。定期的な波は、毎週月曜日と月に1回訪れるなにか……おそらく生理でしょう」

歪莉の顔が真っ赤になった。和田はため息をつく、女性の生理周期を当てて喜ぶのは、この手の人間にありがちな性癖だ。

  • 「不定期的な波は、Twitterのつぶやきからは推定不能ですが、Facebookと連動させることで原因を特定できます。たとえば、ひときわ精神状態が不安定になっているこの日は和田室長代理と長時間会話して非常に感銘を受けたとFacebookに書いてあります。しかし、この感情の揺れはそうではなく、和田室長代理の言葉が倉橋さんの精神を毀損していたことを示しています。倉橋さんは、和田室長代理を嫌っているのでしょう」
  • 「うあああああああ」

歪莉は、両手で耳を覆ってうめいた。和田はこの間見た映画『キャリー』を思い出した。いじめられっ子が超能力ではっちゃけて、人を殺しまくる話だ。これで歪莉が覚醒するようなことがあれば、自分は真っ先に殺されそうだとぼんやり思う。だが、現実には、なにも起こらない。

  • 「倉橋さん、お静かに」

和田は、努めて冷静を装って歪莉をにらむ。歪莉は、はっとして両手をおろし黙った。

  • 「倉橋さんが個人的に抱いている感情に興味ありません。あなたには大事な任務を与えます。次のテーマ、テイクダウンの最初の発表者は倉橋さんです⁠
  • 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あたしからですか?」

よほど驚いたのか、歪莉は勢いよく立ち上がった。

  • 「ネイキッドロフトで、思い切りはっちゃけてください。栄えある『網界辞典』準備室の初の社外発表です」
  • 「ゲロ吐きそうです」
  • 「会場で吐いてください。その方が受けます。ごく一部のマニアにですけど」

会議室がシンと静まった。

  • 「私もそう思ってたところなんです」

茫然とした顔で歪莉がつぶやいた。

  • 「それと暗黒舞踏は禁止です」
  • 「私もそう思ってたところなんです。あんなの怖くて誰も見たくありませんよね。なんであんなことをしたのかわかりません」
  • 「いえ、私は何度でも見たいと思っています。あれはある種のパフォーマンスとして完成されています。皮肉ではなくほめ言葉です。しかし、倉橋さんにはまだまだ可能性があると思います。新しい可能性に挑戦してください」

和田はそう言うと、歪莉の顔を見つめた。不安に怯え、被害妄想に毒されたネット中毒者。和田と目が合ったとたんに目を伏せた。さすがに今度は、私もそう思ってたところなんですとは言わなかった。

  • 「発表は終わりです。では部屋に戻りましょう」

和田の言葉に全員が立ち上がった。その時、内山が手を挙げた。

  • 「前回の僕の発表に問題があったと指摘を受けました。今後、全世界の法律に照らして違法もしくはその可能性のある行為は禁止ということでしょうか? それともNSAだけが問題なのでしょうか?」

内山は和田に質問した。和田が堕姫縷を横目でちらりと見ると、堕姫縷は意味ありげな笑みを返した。

  • 「……ばれなければいいんですよ」

和田はそう言うと、そそくさと演台を降りた。頭の中では『夕暮れジェットソン』が鳴り響いている。倉橋歪莉には、思うさま狂い踊ってほしいと和田は思った。

会議室での発表の後、水野は歪莉を社内のカフェに誘った。成金趣味の社長が社内に作ったカフェは見た目をおしゃれだが、黒字経営するように命じられているため、サービスは最低だ。もちろん社内で運用しているわけではなく、社員食堂などの運用を一手に引き受ける業者にまかせている。だから出てくるものは全部冷凍。注文のたびに、おばちゃんが解凍するだけ。

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  • 「いくらなんでも和田室長代理はやりすぎだ」

水野がイケメンらしく正論を口にすると、歪莉は無言でうなずいた。⁠倉橋さん、ちょっと」と言われてついてきたものの、会社見学に来た大学生とお上りさんをぼったくるしか能のないカフェに連れて来られ、真意を計りかねていた。

  • 「はあ」

それにさきほどのショックからまだ立ち直れない。できることなら、このまま家に帰って自分の世界に引きこもりたい。

  • 「倉橋さんを目の敵にしているとしか思えない」

水野は、そう言うと垂れた前髪を軽くかき上げた。水野はイケメンだが、時々サマにならないことをする、と歪莉は思った。それにしても、和田が自分を攻撃する理由がわからない。和田の携帯に無言電話をかけたり、ブログにスパムっぽいいやがらせの書き込みをTorを使ってしたことはあるが、犯人が自分だとわかるはずはない。ツイッターの鍵付きアカウントでつぶやいた悪口を見られたのだろうか? それとも時々歌っている鼻歌が、和田の乳首についてのものだと知られたのか? いや、それだってばれるはずがない。

  • 「実は、総務に和田さんの横暴についてクレームを送ったことがあるんだ。その時は、しばらく様子を見ますという回答だったけど、またクレームを送ってみようと思う」

そんなことをしていたのか、と歪莉は驚いた。確かにこの会社には内部告発制度があり、総務で受け付けている。だが、内部告発と言えば聞こえがいいが、その目的は社内クレーマーをあぶり出して粛正することだ。さすがに解雇するようなことはしない。社長の肝いりの自己開発セミナーに告発者を送って、人格を改造する。担当は違うが、同じ総務部にいた歪莉は実態を知っている。歪莉は、本当のことを言うべきか否か迷った。

今週登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!

  • 『フランケンウィニー』
  • 『夕暮れジェットソン』
  • 女性の生理周期を当てて喜ぶ人たち
  • 社員食堂のメニューは全部冷凍
  • 内部告発制度の目的は、社内クレーマーのあぶり出しと粛正
  • 自己開発セミナー、人格改造
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1巻 こちら、網界辞典準備室!
和田安里香(わだありか)
網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、自分の趣味のプロジェクトを開始した。
倉橋歪莉(くらはしわいり)
法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、フラストレーションがたまりすぎると、爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では『裸の王様成田くん繁盛記』というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです⁠⁠。
水野ヒロ(みずのひろ)
網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、最近自分の人生に疑問を持つようになり、奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に「そんなことは誰でも思いつきますけどね」などと口走るようになり、打ち合わせに出席できなくなった。
内山計算(うちやまけいさん)
網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
篠田宰(しのだつかさ)
実例担当
年齢44歳、身長165センチ、体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
古里舞夢(ふるさとまいむ)
年齢36歳。身長165センチ、体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。
綴喜堕姫縷(つづきだきる)
容姿は女性、性別は男性。身長172センチ、体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、本社には詳細な人事情報がない。

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