グラフ仕事人六道数人~陥りやすいデータ分析の誤りと効率的なグラフの利用方法

第1回 棒グラフの甘い罠 その1

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弱小コンサルタント会社に勤務する六道様也(りくどう さまなり)は,いささか疲れていた。クライアントに提出する資料制作が山場を迎えているのだ。30代半ばでいまだアシスタントに過ぎない様也には資料制作の仕事ばかりが回ってくる。いまにみていろ,自分だって輝くシニアコンサルタントになってやるという心意気はあるものの,まだまだ先は長い。年齢だけシニアになってしまう。もっともコンサルタントの実力は,押し出しと迫力が半分で,残りの半分は人脈のようなものだ。論理的思考能力が重視されないことは経営ノウハウなどない作詞家や研究者にアドバイスを請う経営者が後を絶たないことからも明らかだ。

様也が東京郊外の我が家に帰ると,すでに食卓に一家全員揃っていた。全員揃って夕食をとるというのが様也のポリシーだ。そのために今の会社も20時で退社する条件で入社した。

  • 「ジジイ,おせーよ」

中学校に進んでからすっかり口と頭の悪くなった長女の鳳晏(ぽあ)がスマホをいじりながら悪態をつき,中指を立てて見せた。様也はげんなりする。

  • 「鳳晏! ちゃんとお父さんって言いなさい」

妻の美希(みき)が鳳晏を諭す。子供のいない所では,伴侶をクズと呼んでいる美希だが,子供には「お父さん」と呼ぶことを義務づけている。

  • 「うるせえ,ババア」

鳳晏が口汚く怒鳴ると,美希は目にもとまらぬすばやさで娘の背後に回り込み,チョークスリーパーを決めた。

  • 「ぐっ」

鳳晏の気管が締め付けられ,みるみるうちに顔が真っ赤になる。大きく開けた口からは,空気を求めるかすかなうめきが漏れる。

  • 「おいおい,乱暴なことはやめなさい。首を絞めるのはやめてくれって言っただろ」

あわてて様也が止めに入って,美希を引き離した。その拍子に美希の着ている黒いTシャツに大書された「患者」という文字が目に入る。

  • 「そのTシャツも止めてくれっていったろう。ライブ会場じゃないんだから」
  • 「あたしが何を着ようと勝手でしょ。だいたいこの家は頭のおかしい子どもしかいない閉鎖病棟みたいなもんじゃない」

美希の反論にさすがの様也も色をなした。

  • 「いい加減にしないか! 鳳晏もスマホを離しなさい」

様也が声を荒らげると,美希は「はいはい」と自分の席に戻り,鳳晏は舌打ちしてスマホを置いた。

様也は安堵の息をもらしながら席につく。今日の夕食はホワイトシチューとサラダだ。

  • 「いただきます」と言ったとき,長男の数人(かずと)がゆっくりと拍手した。
  • 「お父さん,おつかれさまです。疲れてお帰りのところに,姦しい騒ぎになってお気の毒です」

まったく気の毒に思っていなそうな涼しい口調。一瞬,美少女と見まがうばかりの美貌を持つ数人は,凡庸な容姿の様也と美希の子どもには見えないが,それもそのはず,かつてバンギャであった美希が一緒にライブしたイケメンのボーカルと関係してできた子供だ。もちろん様也はそれを知らない。ずっと疑いつつもなかなか言い出すことができないうちに,息子は中学三年生になってしまった。こうなったら今さら家族の秘密を暴いてもしょうがないとあきらめている。

  • 「その様子だと,また資料作りで問題ですね」
  • 「あ,ああ,そうなんだ」

様也は,食事をしながら息子に仕事の相談をするのもどうかと思ったが,背に腹は替えられない。幸いなことに,美希はご機嫌で尾崎豊の『シェリー』の鼻歌を歌いながらシチューをどんぶりで胃に流し込み,鳳晏はヘッドフォンをつけてボカロを聴いている。漏れてくる高音が耳ざわりだ。

様也が出した資料の1枚目を一瞥するなり,数人は眉をひそめた。

  • 「ナーンセンス! なんて醜いんでしょう! 僕の美的感覚と相容れません」
  • 「なにかまずかったかな?」
  • 「なにか? なにかとおっしゃいましたか? お父さん,なにもかもがダメです。これをクライアントに出すつもりなんですか? こんな分析に基づいたWebサイトのプロモーションプランがうまくいくはずがないでしょう。そもそもなぜ棒グラフを使おうと思ったんです?」

画像

  • 「いや,だって複数の項目を比べるには棒グラフを使うだろう?」
  • 「ナーンセンス! 比較になってないでしょう! ご覧なさい。ひとめで比較できますか? できませんね。はい,あなたは三流社会人」

まだ中学生の息子に,⁠三流社会人」と決めつけられては沽券に関わるのだが,そんなことはとうの昔に気にしなくなっていた。コンサルタントに誇りなどない。

  • 「どうすればいいと思う?」

恥を捨てて息子に質問する。

  • 「お父さん,僕の記憶が正しければ,グラフ化するには比率にしてからのほうがいいという説明を21回以上,あなたにしているはずです。記憶にありませんか?」
  • 「あっ,ううっうううう」

あせった様也は,食べかけていたじゃがいもを思わず飲み込んで食道を火傷した。

  • 「データを見せてください」

話しながらも数人はホワイトシチューをせっせと口に運ぶ。少し離れたところから見ると,食卓についている家族4人のひとりは尾崎豊の鼻歌を歌い,ひとりはヘッドフォンでしっかり耳をふさぎ,あとのふたりはデータを見ながら話をしている。消化にも教育にも悪い。ついでに言うと健全な家族関係を醸成するのにも悪い。

様也は息子に言われるまま,愛用のノートパソコンを取り出し,当該データを呼び出した。

表1 Webサイトの分析結果

クリック数1週2週3週4週合計
特集2,3201,8802,0302,1008,330
イベント1,0205,4003,6001,20011,220
ニュース3502202802501,100
連続インタビュー210138176166690
コラム180120140150590
編集後記2041,0807202402,244
合計4,2848,8386,9464,10624,174

著者プロフィール

原隆志(はらたかし)

シンクタンクで7年間市場および新製品開発などの調査研究に従事した後に独立し,大手IT企業のコンピュータ・ネットワーク市場調査,新製品開発調査およびコンサルティングを行う。その後,インターネットプロバイダなどのネット関連企業の役員を歴任。『インディペンデントリサーチャー養成講座』など多数の調査分析セミナーの講師を務めた。2015年9月刊『直感でわかるデータ分析』(技術評論社)

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