モヤモヤ議論にグラフィックファシリテーション!

第7回 グラフィックを「もう一度,読み解く」 その効能

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触媒だゾウ

さて,私の描き方はクライアントの皆さんから見るとこんな感じなのだそうです。

  • 「即興で映像化されている」
  • 「アメリカはキーワードを拾っていく。アメリカでは参加していない人とも共有することを重視しているのに比べると,やまざきさんは話している人たちから⁠感じ取ったイメージ⁠を絵にしている」
  • 「アメリカのグラフィックは大きな流れを見せているが,ゆにさんの絵は1つ1つのシーンを切り取る。それを連続してそれを並べたときにストーリーが見えてくる」
  • 「⁠⁠感じ取ったもの⁠が拾われて描かれている。それでOK」
  • 「描かれた絵が⁠正しい⁠ことに意味はない」

みなさんのおっしゃるとおり,自分の⁠感じ取ったままに⁠描いています。しかし同時に,感覚的なため,ふと「私の絵が無くてもその場の議論に大きな違いはないのかも」とか「私が描く明らかな効果ってなんだろう」とか,そんな不安を感じることもあるんですよね…と漏らしたところ,兼清さんからこんな言葉を頂きました。

「ファシリテーションはあくまで触媒。ファシリテーターが『あなたのファシリテーションのおかげでいいものが生まれました』といわれたらそれはNG。主役は参加者。グラフィックはシャドーウィングであって触媒でいいんだよ⁠⁠。

この言葉を聞いてものすごく安堵しました。議論の立ち位置として間違ってはいないんだな,と。ただそんな心に響いた「グラフィックはあくまでも触媒」という言葉をうまく絵にできずにいました。⁠触媒って…なんだろう?」と。

でも,最後の1枚で,このダンボを描いたときに,鼻息で潮の流れを起こしているところに「グラフィックはあくまでも触媒」という文字を書き足しました。ダンボは直接船を動かすのではなく,あくまでも⁠潮の流れ⁠を生むようにぷーっと吹いています。⁠潮の流れ⁠をつくるという距離感が兼清さんのいう⁠触媒⁠と言えるかもしれません。時には⁠潮の流れ⁠を使って船の進む方向をつくったり,走りすぎた船の進みを遅らせたり。私自身の立ち位置が具体的にイメージできた感じです。

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同時に気付かされたことは,ただ絵を描いて終わり,記録に残すだけの役割ではこの⁠潮の流れ⁠を生む力は本当に弱いんだなと思いました。グラフィックが教えてくれることをきちんと現場にフィードバックしていくこと,そうすることで初めて船が力強く漕ぎ出せる⁠潮の流れ⁠になるんだろうなと。その中で,1つでも2つでも,みんなが「これが目標だ」と思える1枚,⁠方向性を決断できる」1枚を生んでいく。早く力強く漕ぎ出したいと思いあぐねている船を,迷わず走り出せるように,私自身もっともっと磨かなければいけないこともイメージできてきました。

再びバイエル

ふりかえって,やはりバイエルの絵が目につきます。

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日々,会議や研修の場をデザインしている人たちの口から,⁠何か価値あるものを生み出したい」⁠そんな議論の場や個人の発想力を世の中が摸索している」という話を聞いて,私が描いた大海に漕ぎ出そうとする船の列にも,そんな世の中の大きなうねりを感じてきました。

「個人と組織,その両輪が社会を変えていく。コミュニケーションが高まるきざしを感じるし,楽しみですよね」という川口さんの言葉も印象的でした。

今は⁠組織⁠の議論に立ちあうのが私のスタイル。私の中ではまだ⁠個人⁠のための方法論は未開拓な領域です。それゆえ思わずバイエルを練習する女の子を大きく描いてしまったのかもしれません。船を漕ぎ出すのはあくまでも本人。⁠潮の流れ⁠を生む以外にも,一人一人の漕ぎ手の力を底上げできる何かがあれば,もっと船は力強く進みますよね。だれもが一歩を踏み出せる,ちょっとトライしてみたくなるような「赤バイエル」があったらいいなあと心から思えてきました。

自己研鑽のためにも個人的にはモーツアルトを目指します。でもやっぱりバイエルも素敵です。必要としてくれる人がいるなら「赤バイエル」を開発したいと思いました。ただ,⁠描き方をみんな知りたがっている」と言われたのですが,サッカーが得意な人に無理に絵筆を持たせてもどうかなあ,とか。私も絵描きというより,ただの耳のでか~いダンボだしなあ,とか。今はこの絵を見ながらよい方法論がないかと,アイデアがぐるぐる頭の中で走り回ってます。

グラフィックを「もう一度,読み解く」という作業

今回は議論のテーマが「グラフィックファシリテーション」に関する意見交換という場だっただけに,グラフィックファシリテーターとして私自身の立ち位置を再確認したと同時に,世の中の声に対して次に何をすべきか,具体的なイメージがこの最後の一枚の絵から見えてきました。

グラフィックを「もう一度,読み解く」という作業は本当にあなどれません。参加した当事者も,描いた私ですら⁠リアルタイム⁠には気付かなかったことが,もう一度絵を見直すことで必ず見つかるからです。

最初に戻って,前回の絵を見ただけで「よくわからない」と感じられるのは無理もないと思います。テキストのみの議事録に比べると,完全な⁠レコード(記録)⁠機能は果たしていないからです。つまり,⁠レコード(記録)⁠としての機能を期待すると,グラフィック⁠だけ⁠では(特に第三者の方から見ると)不完全なんです。でも,グラフィックの⁠持ち帰り方⁠にはいろんな方法があり,⁠次回以降にそれはまたご紹介していきたいと思いますが)その中で「もう一度,読み解く」という作業をすることに,議事録以上の価値を見出せると思っています。

ちなみに,この「もう一度,読み解く」作業の報告を私は毎回,後日クライアントには「グラフィックレポート」というA4パワーポイントファイルで納品しているのですが,次回は今回の座談会を実際に「グラフィックレポート」にまとめたものをご紹介して,全体を簡単に振り返り座談会報告を終えたいと思います。

ということで,今日のところはここまで。次回も楽しみにしていてください。グラフィックファシリテーターのゆにでした(^-^)

著者プロフィール

やまざきゆにこ

様々な議論の現場で,グラフィックファシリテーション(=グラフィックレコード+グラフィックフィードバック+グラフィックダイアログ)を実施する。300人超のシンポジウムから,企業も国籍も違う参加者の集まる研究会,組織を横断したプロジェクト,経営者・リーダークラスのビジョン研修,組織研修,顧客との協働プロジェクトなど多岐に渡る。企業・組織の事業判断・意思決定,プロジェクトや個人の意識・行動変革の一助になればと"絵筆を持って"活動中。

グラフィックファシリテーター(graphicfacilitator)は,やまざきゆにこの商標登録です。

グラフィックファシリテーション.jp:http://www.graphic-facilitation.jp/

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