IT Cutting Edge ─世界を変えるテクノロジの最前線

第2回 パーキンソン病患者を救え! Intelがマイケル・J・フォックス財団に提供したビッグデータ基盤の可能性

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現在,医療の世界では蓄積されたビッグデータを分析することで治療や予防に役立てようとする動きが世界規模で進みつつあります。前回紹介した遺伝子データ解析技術もそうしたトレンドのひとつであり,難病に苦しむ患者やその家族にとっては,ITの進化がもたらす新しい医療の可能性こそが,暗闇に差し込んだ一条の光そのものなのです。

この光を長く強く輝かせるために,ITベンダはどんな貢献をすべきなのか。そのひとつの解となりそうな提携が8月13日(米国時間)に発表されました。今回はその提携 ─Intelがマイケル・J・フォックス財団(Michael J. Fox Foundation for Perkinson's Research: MJFF)に提供したビッグデータ基盤について紹介していきます。

患者が身につけたデバイスのデータをHadoopで収集/分析

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」など数々の映画に主演した人気俳優のマイケル・J・フォックス氏が,パーキンソン病の発症により俳優業から身を引き,パーキンソン病の研究助成活動のためにMJFFを設立したのは2000年のことです。以来,世界最大のパーキンソン病関連NPOとして,同財団はさまざまな啓蒙活動や支援活動を行ってきました。

パーキンソン病は1817年に英国の医師パーキンソンによって発見されましたが,発見から200年近く経ったにもかかわらず,根本的な治療法はいまだ確立していません。病気に伴う身体の痙攣や低血圧,うつ症状などへの対症療法は数多く発表されているものの,なぜこの病気が発症するのか,病気の進行を止める,あるいは遅らせるには何が有効なのか,そういったことはほとんど解明されてきませんでした。そのため,パーキンソン病を宣告された患者は,これまでと同じ生活をすることをあきらめ,長くつらい治療に身を投じるしかなかったのです。

もちろん医療の現場でもこの病気に対する根本的治療法の研究は長年に渡って進められています。その一方で,より先進的な治療法をより速く見つけ出すことを使命とするMJFFは,従来の医療機関とは異なる,リスクを取ることもいとわないアプローチを選択してきました。そのひとつが今回のIntelとの提携です。

発表によれば,すでにIntelとMJFFは今年のはじめから16名のパーキンソン病患者と9名のボランティアに体温や血圧などをトラッキングするウェアラブルデバイスを身につけてもらい,デバイスが発信する患者の体温や血圧などのデータをIntelが構築するクラウド上のHadoop基盤に収集/蓄積しています。

現在,Intelのデータサイエンティストたちがこれらのデータを専用に開発されたアプリケーションで分析しており,治療に有効なアルゴリズムを見つけ出す作業を行っています。さらに今年の終わりには,両者が共同で開発したモバイルアプリケーションを活用して,患者が摂取した薬剤が患者の精神にどのような影響を与えるのかを調査する予定だそうです。

これらの研究がさらに進めば,リアルタイムに患者の症状の変化,とくに運動症状(ふるえや筋肉のこわばり,顔面痙攣など)の変化を捉えて分析し,容態の急変に備えたり,より効果的な治療法を発見することにつなげることが可能になるとしています。

IntelとClouderaによるHadoop開発の強み

Intelは8月19,20日の2日間に渡り,同社の今後1年におけるエンタープライズ戦略をアジア太平洋地域(APJ)のメディア/顧客向けに発表する「Intel Enterprise Summit, Bali」をインドネシア・バリ島で開催しました。その席上でMJFFとのプロジェクトで活用するHadoop基盤についても紹介が行われました。

Intelは今年3月,自前で開発していたHadoopパッケージの開発をやめ,Hadoopディストリビュータ最大手のClouderaに7億4000万ドルの出資を行うことを発表しました。この投資によりIntelはClouderaの筆頭株主となり,Clouderaがリリースするエンタープライズ向けHadoopパッケージ「Cloudera's Distribution including Apache Hadoop(CDH)⁠はIntelプロセッサを搭載したハードウェアに最適化されたバージョンが最優先で開発されることになります。そしてMJFFとの共同プロジェクトでもIntelアーキテクチャに最適化されたCDHがビッグデータ基盤としてデプロイされています。

今回のプロジェクトでは,1秒間で300件以上ものさまざまなデータがウェアラブルデバイスから送信されてきます。当然ながらデータの収集/分析を行うプラットフォームには,データのボリュームや多様性に対応できる柔軟性や拡張性に加え,高速で安定した処理能力,そしてパーキンソン病の症状というセンシティブなデータを扱うに欠かせない高度なセキュリティが求められます。

Intelプラットフォームに最適化したCDHベースのHadoop基盤でIoTデータを収集し,分析アプリケーションをデプロイしていくことがIntelのビッグデータ戦略の基本。MJFFとのプロジェクトもこれに倣う

Intelプラットフォームに最適化したCDHベースのHadoop基盤でIoTデータを収集し,分析アプリケーションをデプロイしていくことがIntelのビッグデータ戦略の基本。MJFFとのプロジェクトもこれに倣う

「IntelとClouderaが共同で開発するHadoop基盤は,エンタープライズ系,とくに今回のような医療系のプロジェクトにはことのほか適している」と強調するのはClouderaでAPJ担当のテクニカルサービスディレクターを務めるガブ・ジェナイ(Gab Genai)氏です。同氏はイベントの席上で,両者によるビッグデータ基盤の優位性として以下を挙げています。

  • CDHはHadoopディストリビューションの中でも安定性,互換性,成熟度の面で最高の評価を市場から得ている
  • Clouderaは高速なSQLクエリを実現するエンジン「Impala」をオープンソースで開発しており,ニーズが高まっている"SQL on Hadoop"への対応も進んでいる
  • CDHはエンタープライズでの導入に多くの実績があり,マネジメントやガバナンスにおけるケイパビリティも高く評価されている
  • Claudera社内には150名のHadoop開発者がおり,Apache Hadoopのコミッターも80名を超える。また,IntelもLinux,KVM,Java,OpenStackといった数多くのオープンソースプロダクトに貢献してきた歴史をもち,1000名以上のオープンソース開発者を抱えている(うちHadoop開発者は50名,Apache Hadoopのコミッターは12名)
  • Intelはセキュリティのトップ企業であるMcAfeeを傘下にもつため,暗号化,アクセスコントロール,監視といった高度なセキュリティ機能をネイティブにプラットフォームに実装できる
  • シリコンレベルからセキュリティとパフォーマンスを折り込んだビッグデータプラットフォームのデザインを可能にする唯一の共同開発ディストリビューションである

ジェナイ氏が挙げているポイントからもわかるように,両者がHadoop開発で協業する最大の強みは,どちらも業界のトップシェアを誇る存在であること,そしていまや世界中のITインフラのスタンダードとなったオープンソースの開発に深くコミットしている点です。

標準的で汎用の技術をベースにしたオープンな基盤であれば,より多くの人々が開発に参加することが可能になり,プラットフォームそのものが洗練されていくだけでなく,その上で動く分析アプリケーションの数も質も向上します。データの収集や分析に要する時間やコストも大幅に削減されることになるはずです。

また,両者が開発するHadoopディストリビューションにはセキュリティエンハンスメントのRhinoやSentry,MapReduceを置き換えると言われるデータプロセッシングフレームワークのSpark,リソースマネジメントツールのYARNなどのオープンソースエコシステムが含まれていますが,こうしたソフトウェアを取り入れることでより多くのワークロードに対応することが可能になります。

ガブ・ジェナイ氏

ガブ・ジェナイ氏

「医療データプラットフォーム」が変える世界

医療のようにクリティカルでセンシティブなデータを扱う業界では,どうしても閉じた世界にデータが固まりがちで,データの統合や連携などはほとんど顧みられることがありませんでした。新たな治療法を模索するためにデータ分析を行おうにも,ばらばらに存在するデータをあつめ,クレンジングし,マイニングするという作業のために何週間,場合によっては何ヵ月も要することも少なくありません。

また,医療データは医師ごと,オペレーションごとに別々のストレージに格納されることが多く,そのコストも莫大なものになり,必然的にデータ統合は後回しになりがちです。そしてパーキンソン病のような難病に苦しむ患者にとってそうした時間やコストのロスはそのまま治療の遅れにつながり,非常につらく耐え難い重荷となって彼らにのしかかってくるのです。

MJFFは同財団の理念の中で「スピードトリートメント(speed treatments)⁠の重要性を謳っていますが,それは迅速な治療,迅速な研究こそが患者の痛みをやわらげ,病気の進行を遅らせ,回復に至らせるという患者側の視点に基づく姿勢から来ています。従来の医療とは異なるこうした新しいニーズを受けとめるにはやはり新しい基盤が必要であり,その基盤は時代に則したもの,つまり標準的でありながら将来の発展性を見据えたアーキテクチャであるべきです。

どんなタイプのデータでも大量に蓄積でき,世界中に数多くの開発者を抱え,高いレベルのセキュリティが担保されたIntel+ClouderaのHadoop基盤はMJFFのニーズ,というよりも新たな時代の医療ニーズに適したソリューションだと言えるでしょう。パーキンソン病の患者と家族に今まで見えなかった光を与える ─ITで世界が変わるとはこういうことを指すのだと思います。

今回のプロジェクトのプロモーション動画。マイケル・J・フォックスと同様に30代でパーキンソン病を発症した患者が,データ分析による治療法の模索に新たな希望を見出している

著者プロフィール

五味明子(ごみあきこ)

IT系の出版社で編集者としてキャリアを積んだ後,2011年からフリーランスライターに。フィールドワークはオープンソースやクラウドコンピューティング,データアナリティクスなどエンタープライズITが中心。海外カンファレンス取材多め。Twitter(@g3akk)やFacebookで日々IT情報を発信中。

北海道札幌市出身/東京都立大学経済学部卒。

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