無関心な現場で始める業務改善

第17回業務改善で手に負えないことをどこまでやるか(前編)

前回"改善文化の定着"を「ワークアウト」「学習する組織」を例にお話しましたが、皆さんの中には、⁠改善文化を作るなど、業務改善の枠を超えているのでは?」とか「それって経営者の仕事でないのか?」と思われた方もいるかもしれません。

今回は次回と2回にわたって、業務改善でできる改善の範囲はどこまでとするか?また、業務改善で解決できない課題とは何か?についてお話します。

誰が・どこまでやるか?

「誰が・何を・いつまでに⁠⁠。具体的な計画、責任の所在を明確にし、期日を決めるときにはよく言われることですが、同じことをもっとシンプルに業務改善で考えてみましょう。

本連載に限らず昔から、⁠改善にはゴールがない、たゆまない改善を継続していくことが大事だ!」と言われています。まさしく、そのとおりであり、先の「いつまでに」「いつまでも」⁠永遠に」と置き換えてみるとわかることです。すでにこれまで本連載をご覧の皆さんは「いつまでも」ということは「エンドレスではなく、節目節目で目標やゴールを設定し、達成をしていく繰り返しが継続的な改善」とおわかりかと思います。

もう1つが、冒頭書いた業務改善の枠で考えると「どこまで」となります。では、⁠どこまで」「どこまでも」となるかと言うと、こちらはきちんと守備範囲があります。

あれもこれも出てくる

これまでに、⁠現状の業務を可視化し、問題点を洗い出し、原因を深掘りして、改善計画を作り、実行する」という"業務改善の流れ"と一緒に、改善を阻害する要因やモチベーション、"環境構築"の重要さをお伝えしてきました。特に、本連載のテーマでもある「無関心な現場」においては、あの手この手を考え、仕掛けていかないと現場の主体性や当事者意識は発揮されず、⁠無関心なままのやらされる改善」にとどまり、なかなか効果は出ません。

第8回おいて、⁠原因の深掘り」の話をしましたが、原因を突き詰めていくと「あれもこれも出てくる」ことは珍しくありません。⁠あれもこれも」じゃ、さっぱりわからないので、具体的にはどのようなことかを一緒にを考えてみましょう。

原因分析、因果関係をひも解いてみる

まず、表をご覧ください。これは、実際に当社がお手伝いをしたいくつかの企業事例から抜粋したものです。まだ、業務を詳細に調査・分析は行う前の段階で、現場や社員から出てきた声を拾い集めたものです。程度の差こそあれ、どこの会社も「うちでもあるある」と思い当たるところもあるでしょう。

 企業・組織が抱える問題
表 企業・組織が抱える問題

「具体的には」の列は、実際に現場の社員から出た声です。

「こんなことが起こっている」の列は、現実に起こっている現象をくくって、現場の声を振り分けたものです。第8回で行った問題の深掘り的に見ると、⁠求心力、帰属意識の低下」が見られる(=現象⁠⁠、それはなぜか?「会社の将来性、方向性が見えないから」⁠=原因)という構造です。⁠それはなぜか?」を繰り返すことが問題の深掘りであることは言うまでもありません。

一番右の列の「切り口」は、現象のくくりに名前を付けてカテゴリ分けしたものです。この分類についての詳細は上流モデリングによる業務改善手法の第二部で書いていますので、ご覧ください。

さて、このようなカテゴリで表1を見てみると、⁠ビジョン」⁠戦略」⁠ブランド」のカテゴリは業務改善として取り組みができるでしょうか?「プロセス」のカテゴリについては業務改善の対象になりそうな気がしますよね。そして「人と組織」「仕組み」のカテゴリでは、分業や組織の役割や責任は業務改善との関連性は深いものですが、業務改善で組織構造を変える、役割責任を設計できるかと言うと、⁠もっと上の話や人事部門の仕事」と思われることでしょう。規程や制度の変更は通常は役員会議相当で、制定や改廃がなされるものです。

ここで関心を持っていただきたいことは、最初から経営者や経営幹部を対象に問題を掘り下げなくとも、現場レベルの業務改善のプロセスの中で、このような経営課題、組織課題が出てくるということです。とくに問題の掘り下げ、原因の深掘りがよくできる業務改善チームほど、現場にも問題はあるけど、根っこは経営課題であったということは珍しいことではありません。表の課題も現場の若手や中堅の担当者から出てきた内容を抜粋したいくつかの会社の実例です。

ただし、先の"環境構築"や無関心がはびこる要因、部門を超えての改善活動は、組織風土や企業体質から目を背けるわけにはいかないので、本連載においては「ソフト」を同時に行わないといけないと何回か本連載でお話しているとおりです。

業務改善から経営・組織課題が出てくることは珍しくない

では、業務改善ではとてもじゃないけど解決できそうにない課題が出てきた場合に、どうすればよいのかを考えてみましょう。

素直に考えれば、現場がメインの業務改善では、経営戦略や製品戦略、経営計画などの問題を解決することができません。また、人や組織、仕組みなどで人事評価制度や規程に関する問題は、人事部門や管理系部門でないと着手できません。

ここで解決できない、着手できないと言っている意味は、"業務改善の範囲を超えている"ということと、"越権行為"と受け止められることがあるからです。

望ましいことは、原因のありかがわかったら、経営や他の部門を問わず、⁠良くしていこうよ」の巻き込みですが、改善メンバーは自分たちの範疇を超えていると感じ二の足を踏むこともあるわけです。また、相当のリーダーシップや影響力を持った人が、調整・折衝役の動きも求められるので、⁠ここから先へは立ち入りできない」となります。

具体的に2つの例を見てみましょう。

SFAが使われない原因は経営計画にあった

A社では、営業からバックオフィスまでの業務効率化を目指して業務改善に取り組み、営業支援ツールとしてSFA(Sales Force Automation)も導入しましたが、さっぱり改善効果が出なかったという実例です。

結論から言えば、A社では導入したSFAがほとんど活かされることがありませんでした。毎週の営業会議ではSFAに入力された案件、見込み情報からデータを抽出するのではなく、別途、表計算ソフトを用いて膨大な会議資料をプリントアウトしていました。営業会議では、期はじめの営業計画との乖離情報を報告し合い、達成していなかったら会議の場で営業マンがボロクソに言われる「吊し上げ会議」ばかりです。

SFA導入にともない、"営業プロセス"は"SFAを用いた営業プロセス"に変更されていたものの、蓄積された情報やデータが活かされず、さてどうしたものかということです。

よくよく話を聞き、業務分析や原因分析を深く進めたところ、プロセス以外に真因があることが見えてきました。年度ごと経営計画が策定され、営業統括部門では営業計画・販売計画を作成し、経営企画部門が取りまとめを行います。営業・販売計画は上から落ちてきた数字もあれば、現場からの積み重ねの数字の両方です。

上からの数字は高い目標値でちょっと背伸びをすれば届く目標もあれば、どうあがいてもこれは無理だろうという非現実的な目標もあるでしょう。現場の営業担当者からすれば、できもしない目標を背負わされたらかなわないので、そこそこ達成できそうなそつのない数字を積むのもわかります。しかし、そこは組織の理屈で大きい目標値のほうが現場に落ちてくるほうがほとんどでしょう。また、SFAからの出力データはそのままでは営業会議で用いている報告書式とは異なり、二次加工が必要で、そのために膨大な資料作成を強いられていて、その作成時間すらもったいないというのが営業現場の本音です。

もうおわかりのとおり、A社としてはSFAを入れるより前にやるべきことがあり、そもそもの予算の立て方がおかしいわけです。⁠予算」はさかのぼると「営業計画」で決まったもので、さらにさかのぼると「経営計画」で策定されたものと、より上位にたどり着きます。

仮にSFAの出力をそのまま営業会議で使えるようにカスタマイズすれば、少しは営業マンの負担が減り、楽になるかもしれません。逆に、SFAの出力形式に合わせて、営業会議の書式を変更すればよいのかもしれません。ただし、営業会議の上には経営会議があることがほとんどで、経営会議の書式から変えないといけなくなるなどキリがありません。

このようにプロセスを直してもシステムを入れても、経営レベルの仕組みを根底から見直さないと改善効果はちっとも出ずに、使われないSFAだけ残るわけです。そして、このような構造になっていることが、営業現場の業務分析で見えてきたことなのです。

規程を改訂しないと改善効果が出ない?

第5回で、業務改善は業務プロセスの変更を伴うことが多く、業務プロセスは「組織」⁠規程」⁠制度」と密接な関係があるとお話しました。少しおさらいをすると、プロセスが変わることで、ヨコ軸としては組織の役割・機能が変わること、タテ軸としては決裁・承認等の権限が変わることを考えると、ごく当たり前のことです。

たとえば、一人ひとりの業務分担が変わる小さなことから、組織の業務分掌や組織規程が変わるということです。規程だけではなく、仕事の内容や範囲が変わる場合は、人事評価制度も変更しないと改善前と改善後で不公平感を生むこともあります。すなわち、ここでは「変わる」と書いていますが、業務プロセス変更と連動して「変える」ことをしないと、現場のモチベーションにも影響し改善効果は期待できなくなります。そして、この当たり前のことが当たり前のようにできないのが組織の理屈でもあります。

B社では、部門全員が一丸となって業務改善に取り組み、様々な角度から業務分析と改善のための原因分析を行ってきました。その結果、改善プロセスのとおりに業務を動かすためには、現状定められている運用ルールよりも上位の社内規程を改訂が避けて通れないことがわかりました。

規程を変更せずに、プロセス変更だけでやろうと思えばできなくもありません。しかし、上場会社のB社はJ-SOXの適用もあり、いい加減なことはできません。したがって、規程の改訂を関連部門へ依頼することが発生します。規程の改訂は経営会議マターなので、しかるべき責任者がきちんと手続きをとらないといけないのですが、この責任者は業務改善のことは全く関与していないので、改定の必要性を感じておらず、改善メンバーの要望にはほとんど耳を貸しませんでした。

せっかく業務改善に弾みのついた現場も、規程の変更が予想以上に困難で時間もかかりそうなことを知り、以降、改善活動がシュリンクしていったことは言うまでもありません。

第7回でお話したように、トップの改善に対する本気度が強いと、スピーディーに規程の変更がなされていたかもしれないので、残念なことです。

業務改善でできない課題を放置するか?

このように、業務改善で解決できない課題として、原因が経営計画にある場合や、手続きが必要で時間も要する規程、その他制度改廃などがネックとなり、業務改善活動そのものが停滞してしまう場合があります。今回、冒頭に書いたように「業務改善の範囲を超えている」⁠経営者の仕事」という声も改善メンバーの中から出てくることも少なくありません。

これらの課題をそのまま放置しても良くならないことはわかっているはずです。問題は「誰がやるか?」だけです。くれぐれも、業務改善が進まない・できない理由として「経営者や会社が動かないからだ」ということにしないためにも、「なぜ、この課題に取り組まなければいけないのか?」のロジックを組み立てて、経営側と話をすることはあっていいはずです。

第3回で、改善実行前までの「業務改善の流れ」を示しています。業務改善の対象範囲を超えている、経営者の仕事ではという議論は、⑦原因分析から⑨タスクへの落し込みの段階でおおよそ明らかになります。

 業務改善で解決できない経営課題・組織課題
図 業務改善で解決できない経営課題・組織課題

したがって、業務改善着手前の計画段階で、業務オペレーション・業務プロセスに影響を与えている経営課題や組織課題は見えていることになるので、まずはこの段階で改善リーダーや責任者から打診をすることがよいでしょう。

現場からの業務改善をきっかけに、経営改革・改善まで広げていくことで、より高い改善効果を狙う、改善風土を根付かせることも水平展開として十分ありでしょう。

次回は、この続きとして最初は小さな現場の業務改善として自部門から開始し、前工程の部門や超上流工程まで入り込みます。現場の改善だけではなく、経営も改善・改革に向き合い頑張ることを実事例と合わせてお話します。

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