無関心な現場で始める業務改善【シーズン2】

第3回得られぬ協力関係

一時期は、経営者や会社を恨んだ佐藤さんですが、我々現場にも責任の一端はあったのではないかと考え始めています。管理職でもない主任の佐藤さんの立場でできることも、たかが知れています。しかし、⁠会社を良くしていこう」という志を持った社員はいるはずと信じ、まずはできることから始めようと、いよいよ活動を始めます。

へらへら笑っている場合か!

佐藤さんは、早期退職で社員が激減した社内を見渡して、⁠こんなに広かったっけ?」と天井を見上げながらため息ばかり漏らします。残った我々が経営者と一丸となって会社を立て直していかなければならないはずなのに、社内にはさほど緊迫した空気が流れているようには感じられません。

自分たちの開発部は全体的には暗い雰囲気ではあるものの、全社を見渡すと何事もなかったかのように時間だけが流れていくことに、佐藤さんは違和感を覚えます。開発部の杉本課長は、海外出張の件で「お土産は何がいい?」とのんきに庶務の女の子と話をしています。もっとも人員が削減された製造部に出向くと、喫煙室から出てきた社員からは、⁠俺達、会社に残れてよかったよなぁ。組立配線にいたAさん、年も年だし、再就職でかなり苦労しているらしいぞ!」⁠そりゃそうさ……、定年までそつなくやることが一番だよな」……という会話が聞こえてきます。

たまたま、先ほどの製造部の年輩社員が口にしたAさんの名前が佐藤さんの耳に入り、新人だったころを思い出していました。製造部のAさんは、⁠回路図は2次元だけど、製造部の俺たちは、この配線を引き回すのだから、頭の中では3次元で考えないとダメだぞ」と言うことが口癖で、怒られもしましたが親父のように佐藤さんをかわいがってくれた人でした。そのAさんが早期退職で会社を去り、今は再就職で苦労をしている。それなのに、残ったこのオジサン連中は、自分の身のことばかり気にしている。

「定年までそつなく……?なぜ優秀な組立工だったAさんが辞めなければいけなかったんだ。お前らが辞めればよかったんだ。ふざけるな!⁠⁠。佐藤さんは口には出さないものの、聞こえきてしまった会話に悔しさを堪えています。

製造部に限らず、他の部門も似たような状況でした。これから会社を立て直すというムードからは程遠いものでした。

事なかれ主義者たち

庶務の女の子との土産話が終わったのでしょうか…。杉本課長から、佐藤さんは呼ばれます。杉本課長は、先週の品質対策会議第1回参照)の場において、⁠立場をわきまえてくれないと僕が困るよ」と発言をした上司です。⁠長いものに巻かれる⁠⁠自分が損をすることはやらない⁠という「事なかれ主義者」です。

  • 杉本開発課長:「佐藤さんさぁ、こないだの品質対策会議のことで話があるんだけど、ちょっといいかな?」

  • 佐藤さん:(なんだよ今さら……と思いながら)⁠何でしょうか?」

  • 杉本開発課長:「君が怒って会議の途中で出てしまうものだから、後が大変だったんだぞ。部長たちに頭を下げる俺の身にもなってくれよ」

  • 佐藤さん:(怒……)⁠それも課長の仕事じゃないですか?(いつもペコペコしているくせに……⁠⁠」

  • 杉本開発課長:「何を言っているんだ、君は!」

  • 佐藤さん:「課長はあの会議に出ていて何も思わないんですか?対策会議って名ばかりで、のんきなもんですね」

杉本課長の「おい、ちょっと待て!」という声を背中に、佐藤さんは実験室に向かってしまいました。

このやり取りを見ながら、村瀬開発部長は、早急に杉本開発課長とじっくりと話をしないといけないと感じていました。

始動……眠れる獅子を探す

常識的に考えれば、このような佐藤さんの言動や態度は組織としては問題があります。しかし、佐藤さんの気持ちもわからないわけではありません。

さて、佐藤さんは実験室であれこれ考えています。もちろん、目の前のデバッグ中のボードの検証もありますが、今はそれどころではありません。⁠このままじゃ、この会社はダメになる。早期退職で固定費は下がり、財務的には良くなったのかもしれない。けど、そんなことは一過的なものだ。根本は何も変わっていないし、変えるのはこれからだ。それなのに、現場には緊迫感がこれっぽっちもなく、何とかしなくちゃという気迫が感じられない。うちの課長なんて、最も当てにならないし、あぁはなりたくない⁠⁠。

部下の一番の相談役でなければいけないはずの直属の課長を当てにすることができず、佐藤さんは志を同じとする仲間を探そうと決意します。

入社以来、仕事をつうじて社内の他部門の人との人脈はできていたものの、早期退職のため、その多くは先月末で退職をしてしまいました。残った社員を見る限り、骨のありそうな奴は少ないのかもしれない。しかし、⁠眠れる獅子⁠はいるはずだと考えます。

得られぬ協力関係

佐藤さんが一人でいきなり、⁠今の会社のままでは問題だ!」と叫んだところで、組織の中ではその声は届きません。佐藤さん自身が経営に携わることもできないので、佐藤さんができることは何か?と真剣に考えます。

品質不良で積み上がった在庫の山が会社のキャッシュを圧迫していることも聞いていたこともあり、不良発生を撲滅しなければならないと佐藤さんは考えました。この時点では不良発生の連続で、顧客がGHテクノロジーズから少しずつ離れていっていることは知る由もありませんでした。

先の品質対策会議において、ことの発端となった品質問題の原因はまだ定かではありません。製造工程、それも海外のEMS工場に原因がありそうだなと予想されても、輸送工程も考えられます。ひょっとしたら、もっと前工程の佐藤さんの開発部の設計工程にあるかもしれません。

いずれにしても、まずは品質管理部だろうということで、対策会議の議長を行った品質管理部長の席に行きますが、あいにく部長は不在でした。その足で製造部長のところに、佐藤さんは向かいます。

  • 佐藤さん:「先日の品質対策会議では失礼をしましたが、原因はわかりましたか?」

  • 製造部長:「君、誰だっけ?」

  • 佐藤さん:「開発部の佐藤です」

  • 製造部長:「あぁ、途中で飛び出していったのが君だったな。まだ何も進んでいないよ」

  • 佐藤さん:「でも、こうしている間も海外EMSでは不良品を作り続けていますよ。倉庫を見てくださいよ。不良品で返品された製品などで在庫だらけです」

  • 製造部長:「そんなことは君が心配しなくていい。なるようにしかならないんだから」

  • 佐藤さん:「はっ?」

これ以上、話をしても無駄だと思った佐藤さんです。⁠まったく、どいつもこいつも、まともな管理職がいない⁠⁠。そう思いながらも、「一人でこのまま改革に着手しても、討ち死にする」ということも感じていました。誰かまともな奴はいないのか……?

佐藤さんは大学の先輩であるマーケティング部の坂本課長を訪ねることにしました。普段はさほど接点はないものの、元開発部にいた坂本課長は、話がよくわかる数少ない人でした。

  • 佐藤さん:(坂本さんなら力になってくれるかもしれない……⁠

動く組織、続く改革を起こすために……

マーケティング部に向かって、最初に坂本課長は次のようなことを口に出しました。

  • 坂本課長:「佐藤、今、うちの会社って無気力な連中ばかりだと思わないかい?」

  • 佐藤さん:「みんな、ひどいもんです。これっぽっちも当事者意識なんてありません。被害者意識の塊です。自分たちの会社でもあるのに……」

  • 坂本課長:「そうだよな。でもなぁ、⁠動きたくても動けない⁠⁠。そういうこともあるんだぞ。わかるか?」

  • 佐藤さん:「さぁ、よくわからないです」

そう言いながら、坂本課長は図1のような絵を描き始めました。

図1 動く組織、続く改革のジレンマ
図1 動く組織、続く改革のジレンマ
  • 坂本課長:⁠動かない⁠のではなく、⁠動きたくない⁠⁠動けない⁠というほうが正しい

  • 佐藤さん:「なるほど……モチベーションが上がらないことや危機感がないことが原因ですね。けど、それだったら、経営者が⁠何をすべきか?⁠⁠、社員にきちんと伝えないとダメですよね?」

  • 坂本課長:「そのとおり!まだ、社長は黙ったままだ。社員に方針やビジョンを示さなければならない」

  • 佐藤さん:「でも、方針やビジョンだけで、あんな腐った職場のモチベーションが上がるようには思えないんですけどね」

  • 坂本課長:「もちろんそうだ。仮に動き出したとしても、先が見えないままでは、改革を続けることは困難だ。続かない改革では意味がない

もう誰も当てにできない:社長への直訴

佐藤さんは、坂本課長からヒントはもらったものの、一緒になって改革をやろうという感じではなかった。まだ、同期の知的財産部の加藤さん、開発部の村瀬開発部長とはきちんと話ができていません。しかし、いてもたってもいられません。

経営責任だけではない第2回参照)とも考えている佐藤さんに、坂本課長から、社長が明確に改革の方針やビジョンを語っていないことが問題だと聞き、佐藤さんは社長にもっと改革を進めるべく、直訴することを考えます。

佐藤さんはGHテクノロジーズの中田社長とは普段は口もきいたことがありません。社長への直訴から、どのように展開をしていくのか、次回をお楽しみに!

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