草花の知恵

第1回 「イバラ餅」

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五月の庭は勢いがいい。木には若葉が燃えるようで,柵も草花に埋もれかげんだ。

ひそかに「時の庭」と呼んでいる。ある詩人の本で知った。四季おりおり,木や草や花によって,時の移ろいを,まのあたりにすることができる。

おおかたは鳥や風が運んできた。それが,いつのまにか大きくなった。あわただしい人の世とちがって,ここはひっそりと,微風のそよぎのように時が流れる。それにつれて,さまざまな記憶が立ちもどってくる。

幼いころ,端午の節句にはカシワ餅をつくった。アズキのあんも自家製だった。うすくのばした皮にくるんで丸め,葉っぱで包む。名はカシワ餅だが,カシワではなく,サルトリイバラの葉で包む。裏庭や山裾あたりで簡単に手に入ったからだ。蔓性の植物で,ほかの草木に巻きひげを巻きつけてのびていく。

不器用な植物もいれば,不運な草花もある。しかし,知恵と工夫に欠けたものは,この地上に一つもいない。草花のそなえた生きる技術ときたら,知れば知るほど驚嘆に値する。

猿がとるので猿捕茨,そんなふうに教えられた。トゲがあるので,猿のように器用にとらないとトゲに刺される,こちらの意味だったかもしれない。

猿捕茨(サルトリイバラ) 画:外山康雄

猿捕茨(サルトリイバラ) 画:外山康雄

ずっとあとで知ったが,省エネの天才である。茎は針金のように堅い。葉っぱの根もとから糸のようなひげをのばす。二本が対になっていて,先端は「?」を逆さまにしたかたち。

まわりの植物に巻きひげをからませて這い上がっていく。二本ずつが巧みにバランスをとって,不思議な網をつくっていく。どんな強風でも,しないだり,たわんだりしてやりすごす。

立つためのエネルギーを極力きりつめ,背を伸ばすのにまわすわけだ。そのために巻きひげとトゲを発明した。サルトリイバラは,きまって繁り合った中に生えているものだ。ひしめいた中のほうが生きやすい。グングン伸びて,受け皿のかたちに葉をひろげ,真っ先に陽光を受けとめる。

巻きひげと葉っぱは上下の方向についている。そこがつけ目であって,葉の先っぽをつまみ,下に引くと,つけ枝からハラリと取れる。下に引きすぎるとトゲにチクリとやられる。慣れるまで何度もかすり傷を負わされた。

下の葉は早くに出たぶん,こわばっていて,茶色がシミ状にちらばっている。なるたけ若い葉を狙うので,ときには背のびするまでになる。うっかりころげこんだら,トゲの集中攻撃を受ける。茎を守るために全身で攻めてくる。

カシワ餅はいかにも五月の食べ物であって,時の庭のお供えに打ってつけ。正確には「イバラ餅」だが。これだと,口の中がイガイガになりそうで,手が出ないだろう。

大きな釜にセイロをのせて蒸した。蒸せぐあいによって匂いがちがってくる。甘いような匂いになったころにセイロを下ろし,蓋をとると,さきほどまでの澄んだ緑が黄金色に変わっていた。

アツアツを頬ばっていて,ふと気がつくと,手の甲に五線譜ができていた。サルトリイバラの仕返しが,赤い線を引いている。「消毒」と称してペロリとなめてから,またアツアツにかぶりついた。

著者プロフィール

池内紀(いけうちおさむ)

1940年兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者。エッセイスト。

主な著書に『ひとり旅は楽し』(中央公論新社)『ぼくのドイツ文学講義』(岩波書店)『町角ものがたり』(白水社)など。『カフカ小説全集(全6巻)』(白水社)など翻訳書も多数。新刊は『森の紳士録』(岩波新書)。


外山康雄(とやまやすお)

1940年東京深川生まれ。新潟県浦佐で育つ。2002年南魚沼郡塩沢町に古民家を再生したギャラリー「野の花館」開設。

画集に『折々の花たち 1~4』(恒文社)『野の花の水彩画』『私の好きな野の花』『野の花 山の花』(日貿出版社)など。

外山康雄の野の花館:

URLhttp://www.toyama-yasuo.jp/

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