草花の知恵

第6回「河原のキリンたち」

スタイルから名づけられたのだろう。茎が細く長くのびて、秋になると、小さな吊り鐘状の黄色い花をつける。キリンが首をのばして、大空を見上げているのにそっくりだ。

そんな姿でおなじみだが、むろん、はじめからそうではない。幼いときはキリンどころか、青虫のように地面を這っている。ロゼット葉のかたちで冬を越し、緑のかたまりとしてちらばっている。春から夏にかけて、グングン茎をのばして、槍のように突っ立っている。開花期を迎えると茎の成長がとまり、先っぽ゚に芽が出て、九月下旬から十月下旬にかけて花をつける。キリンの時代は、ほんのひと月のこと。

秋の麒麟草(アキノキリンソウ)
画:外山康雄
秋の麒麟草(アキノキリンソウ) 画:外山康雄

開花を待ちかねていたようにシマハナアブやイチモンジセセリがやってくる。花が穂のようについているので、順にめぐっていける。アキノキリンソウは山や川辺や海岸など、いたるところで見かけるものだ。それだけ効率よく結実できるせいだろう。

 秋の終わりに、いま一度の変身をする。気がつくと黄色の花が白い綿毛、あるいは銀色の帽子になっている。種子をつけたわけだが、こまかく見ると、小さな白い果実から放射状に極細の糸のような冠毛がのびている。ロケットがとび出すときの噴射煙といったぐあいで、それが親株のまわりにとびちっていく。

 花一つから、どれほどの種子ができるのだろう? 花盛りのころはキリンの大集団が群がっているように見える。キリンの親子や兄弟にも似て、大小の花が、ひしと寄りそっている。それがいっせいに銀色に輝く冠毛をつくる。途方もない数の種子をまきちらすのは、冬の寒さに死にたえるのが多いからだ。仲間が多ければ、それだけ無事越冬するものも多い。数でもって、たくましく地上にひろがっていく。

黄色の群生は、とりわけ河原で見かけた気がする。河原はたいてい石や砂で白っぽく、そこに黄色のかたまりが秋風にゆれている。目に印象深いせいだが、アキノキリンソウにとって、河原が絶好の生育の場所であることも事実なのだ。ためしに秋の川堤を歩いていくと、河原のいたるところ、なかでも中州を一人占めしたかのように花をつけている。まるで黄色の毛氈(もうせん)をひろげたぐあいだ。

おもえば劣悪な土地である。中州とくると、大雨や雪どけのころ水につかる。土砂が押し流されてくる。石や砂の礫地であって、乾燥すると干上がる。そんなとことろに、どうして群生するのだろう?

劣悪な条件を逆手にとったぐあいなのだ。大雨や雪どけは、ほんの一時のこと。ロゼット葉の低姿勢でしのいでいく。それさえ過ぎれば、冠水などはめったにない。川の砂利採取業者も中州まではやってこない。水に守られた別天地である。

ところが何年ぶりかに同じ川堤を歩いてみると、中州の黄色がまばらになっている。以前の黄色の毛氈がウソのように、ちらほらとある程度。かわりにススキやチガヤが勢いよくのびている。アキノキリンソウも負けじと首をのばしているが、どれも大型で枝分かれをしたのが多い。トシでいうと中高年であって、いかにも高齢化している。

いっぽう、たびたび水につかる川っペリに若いのが多い。ロゼッタ葉がモコモコしていたり、はじめて花をつけた若々しいのが、いせいよく吊り鐘型をつらねている。

河原を観察していると、よくわかる。アキノキリンソウは多年草であって、ひとたび安全地帯に根を下ろすと、そのまま根を張って、あとは枝分かれするだけ、若い固体を再生しない。そのため年ごとに高齢化して、そのうちススキやカヤに取って代わられる。老舗の会社に年寄りたちが居すわっていて、しだいに左前になっていくのとよく似ている。

秋の麒麟草(アキノキリンソウ) 画:外山康雄

秋の麒麟草(アキノキリンソウ) 画:外山康雄

花データ

キク科の多年草/花期:9~10月。ベンケイソウ科のキリンソウに似ている。日当たりのよい秋の野山を彩る花のひとつ。

外山康雄「野の花館」だより

3センチ! 山から届いた吊花(つりばな)の実が開いた姿です。以前、軽井沢の大きな木の枝からいただいて描いた吊花の実は1センチ程度でした。それに比べてあまりにも大きく、違う名があるのか調べたのですが、吊花でよさそうです。

春に咲く花々と違い、木の実は変化が遅く、有難いモデルです。それでも葉の色は刻々と変ります。4枚の葉は、それぞれ微妙に違っていて、彩色は楽しい作業です。是非、野の花館においでいただき、ご覧になってください。

梅鉢草(うめばちそう⁠⁠、白鬚草(しらひげそう⁠⁠、南蛮煙管(なんばんぎせる⁠⁠、彼岸花、秋明菊(しゅうめいぎく⁠⁠、野菊、丁字菊、茗荷(みょうが⁠⁠、杜鵑草(ほととぎす⁠⁠、唐花草(からはなそう⁠⁠、青葛藤(あおつづらふじ⁠⁠、黄花秋桐(きばなあきぎり⁠⁠、蔓梅擬(つるうめもどき)…。今、野の花館に飾ってある作品です。

ほとんどの絵の下には、描いたモデルの花々も飾ってあり、ご好評いただいております。これも、届けてくださる皆さんのお陰です。でも、油断大敵、水やりを怠けてしまうとアッという間にしおれます。花さんにゴメンナサイ、です。

(10月3日)

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