数ある花のなかでも,とびきり豪華な名をもっている。冬のイロどりとして,しばしばコンビでいわれるが,千両はセンリョウ科,万両はモクセイ科,親戚筋のご両人といったところだ。
景気のいい名前を受けたのは,華やかな実のせいだろう。常緑種なので,冬でも緑を失わないところにもって,まっ赤な実をつける。千両は葉のシンにかたまったかたち,万両は小さな房となって垂れるかたち。
どちらも小つぶで,ふだんだとめだたないが,ものみな霜枯れの冬場には,赤い点々が無数の瞳のように見える。ものさびしげな庭にチビっこが集まって,つぶらな瞳でこちらを一心に見つめているようで,つい芝居の要領で「千両!」「万両!」などと声をかけたくなる。
「仙蓼」といった字があてられるのは,中国から入ってきたのではあるまいか。インドやマレーシアや台湾でも見かけるが,姿がややちがう。もともと暖かいところの植物であって,わが国では関東以西,それも太平洋側に多いようだ。東北や北海道ではお目にかからない。
原産地より寒いところで適応するため,少しずつ進化をとげたのだろう。葉はやや厚みをもち,ツバキのような光沢がある。革のようになめらかなので,それだけ寒冷に堪えやすい。波状の小さなギザギザをそなえている。
高さはせいぜい大人の胸ぐらい。木陰などに生えると五十センチばかり。群生状に葉をつけ,夏に黄色っぽい小花をつける。花自体はごく地味で,ほとんど目にとまらない。晩秋になって,がぜん存在を示しはじめる。小さな実が色づき,華麗なブローチのように変わるからだ。人間でいうと,若いころはその他大勢だったが,定年ちかくなって,にわかにのしてきたといったタイプである。人間の場合,その手のタイプはアクが強かったり,策謀好きだったりもするものだが,植物にはまるで縁のないこと。空気が凍りついたような朝など,千両・万両の赤い実が,せい一杯のいのちのありかを教えてくれる。
私の育った関西では,庭の隅などでよく見かけた。その名前から,縁起物としても好まれたのではあるまいか。シャレた家では,枝先をチョイと切って一輪差しにした。お花の世界では「いささかくつろげて,ゆるゆるとたつる」の要領で扱うそうだが,そんなにモッタイぶらなくても,一輪あるだけで,部屋を一点に集約したような力がある。千両には赤い実のほかに黄色の実もあった。お花の本でたしかめたところ,黄熟のものを「黄実千両(きみのせんりょう)」といって珍重するらしい。
子供のころのことで,珍重などせず,実をむしりとって仲間とぶつけ合ったりした。いま思えば,千両,万両を投げっこしていたわけで,なんとも豪勢な遊びだった。
千両はよくあるが,万両はあまり見かけないような気がする。「千両に勝る」ということで万両と名づけられたのだろうが,たしかに縁起物にせよ,万両だと欲張っているように思われかねない。赤くなる万両のほか,黄色や白い実をつけるのもあって,それぞれ黄実(きのみ)万両,白実(しろのみ)万両というそうだ。玄関の生け花に,万両と福寿草があしらってあると,少々ムシがよすぎる気がしないでもない。
あるとき愛知県の豊橋へ取材に行くことになり,車中で地図をながめていて,「千両」という地名を見つけた。ただしセンリョウではなく「チギリ」と訓む。近くに男川(おとがわ)が流れていて,山の名が炮烙(ほうろく)山。
ついでに近辺を見ていくと,蘭があった。これで「アララギ」と訓む。保久と書いて「ホッキュウ」,大柳は「オウガイ」。「御内蔵連」などもある。「ミウケソウレ」というらしいが,人間の命名術には,千両の花もたまげるのではなかろうか。

