草花の知恵

第11回 「ピンク仲間」

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どうしてショウジョウバカマといった突飛な名前がついたのだろう? 猩猩はサルのこと,おサルさんの袴ときた。

たしかに連想しないでもない。雪溶けとともに飛び出してきて,花はあざやかな朱色。サルの赤い顔とそっくり。お尻の赤とも似ているが,こちらは上品に袴になぞらえた。

そうかもしれない。この花には群生する特性があって,この点でもサルの群れを思わせる。こちらと見ればあちら,ここと思えばあそこと,転々とするところなど,まるでサルのグループと瓜二つ。

むろん,根をもった草花が,あちこちほっつき歩いたりしない。そんなふうに見えるだけである。海辺に生えているかと思えば里にもいる。木洩れ陽の林間にいるし,広々とした草地にもいる。かなりの標高の高原にもいる。雪溶けのころ里で出くわし,数ヵ月のち,初夏の山で再会となると,朱色の花の軍団が,気ままに移動しているような気がするのだ。

おサルではなく,お能の「猩猩」が命名の本筋らしい。ハデな朱色の羽織に大きな袴をつける。そしてショウジョウバカマは花にもまして葉に特徴がある。大きくひろがって,四方にふくらみをつくる。海辺であれ高山であれ,いたるところに現われて仲間をつくるのは,このたくましい袴のせいらしいのだ。

猩々袴(ショウジョウバカマ)
画:外山康雄

猩々袴(ショウジョウバカマ) 画:外山康雄

ツボミのころは背が低い。花粉が出だすころから茎がのびて,虫を誘い寄せる。ほっそりとした茎の上に,赤玉のような花がのっている。つぎには花火がパッと散ったように八方へひろがるのだから,マルハナバチにはこたえられない。モゾモゾとまとわりつき,全身花粉だらけになって飛び立っていく。

しかし,学者の研究によるとショウジョバカマは,けっこう自家受粉で結実させるらしいのだ。結実率でいっても,他家受粉に劣らない。花のつくりは甘い誘いの手管そのものだが,仲介屋のお世話にならなくてもやっていける。

生殖のプロセスの終了後が見ものである。みるまに朱色が消え,褐色に変わり,つぎには緑がかってくる。花弁が下に垂れて,ザンバラ髪といったところだ。結婚したての初々しい妻が,子をやどすやいなや化粧っけがなくなり,髪の手入れも放りっぱなし ── 世におなじみの変身のプロセスとよく似ている。

その一方で茎がさらにのびる。どんどんのびて,ところによっては1メートルにもなる。はり金のように細いのが林立して,その上に種子をつけたのがのっている。茎はほっそりと長いが,いたって強靭で,風に吹かれてもやわらかくたわむだけ。実が裂けると,細い糸の切れはしのような種が顔を出す。それが風になびいて,まさしくザンバラ髪そのものだ。

子孫繁栄の戦略であって,高々とのびた茎が跳躍台,糸の切れはしが落下傘の役まわり。より多く,より遠くへ飛ばすシステムを完成させている。

そのかぎりでは珍しくないが,ショウジョウバカマは,さらに秘密兵器をもっている。葉っぱでもってふえていく。植物学では「不定芽の栄養繁殖」というらしいが,葉の先っぽが地面に接していると,そこから芽を出し,根を下ろして栄養を取る。二つの効率的な繁殖法をそなえており,だからこそ海岸でも山中でも,のべつ対面するわけだ。

そんなに強い花なのに,九州の南部と知床半島の一帯では,ほとんど見られない。そこだけ生育の環境が大きくちがうわけでもないのに,なぜか寄りつかない。サルの生態を研究すると,どうにも不可解な行動があるそうだが,植物界のサル族にもあい似た習性があるのだろうか。それとも,その地で不義理をしでかして,ピンク仲間は遠慮を申し渡されているのだろうか。

著者プロフィール

池内紀(いけうちおさむ)

1940年兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者。エッセイスト。

主な著書に『ひとり旅は楽し』(中央公論新社)『ぼくのドイツ文学講義』(岩波書店)『町角ものがたり』(白水社)など。『カフカ小説全集(全6巻)』(白水社)など翻訳書も多数。新刊は『森の紳士録』(岩波新書)。


外山康雄(とやまやすお)

1940年東京深川生まれ。新潟県浦佐で育つ。2002年南魚沼郡塩沢町に古民家を再生したギャラリー「野の花館」開設。

画集に『折々の花たち 1~4』(恒文社)『野の花の水彩画』『私の好きな野の花』『野の花 山の花』(日貿出版社)など。

外山康雄の野の花館:

URLhttp://www.toyama-yasuo.jp/

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