草花の知恵

第15回 「薬用と食用」

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夏から秋にかけての楽しみは,リンドウとヤマノイモ。なんだかヘンな取り合わせである。リンドウは紫の花の女王のように愛されてきた。句や歌に詠まれ,「県花」などにもされている。いっぽうのヤマノイモは,名前からしてヤボったい。花が咲くなんて初耳,という人も多いだろう。

ちゃんと花をつける。これ以上ないほどの純白で,小さな玉が総状につく。リンドウの紫はとびきり深い色合いで,いかにもホレボレと見とれるが,ヤマノイモの白い花も負けず劣らず美しい。ただこちらには,人が足をとめないだけ。

御山竜胆(オヤマリンドウ)
画:外山康雄

御山竜胆(オヤマリンドウ) 画:外山康雄

オヤマリンドウ,ホソバリンドウ,エゾリンドウ。花の形は少しずつちがうが,出くわすところはほぼきまっている。山の中腹から上の湿ったところ。信州の霧が峰のような高層湿原では,霧の中から鮮やかな紫が目にとびこんでくる。どういうわけか群生せず,一つ,二つがひっそりと咲いている。その点でも清らかな花の印象を与えるわけだ。

立ちどまり,つぎにはしゃがみこんでながめている。そんなとき気がつくのだが,とっくに先客がいた。マルハナバチの仲間だろう,アブに似たのが飛び交っている。リンドウの蜜は花の一番奥の「腺体」といわれるところにたまり,それが五つもあるそうだから,ハチやアブにはこたえられない。モゾモゾともぐりこみ,花粉まみれで這い出てくる。女王様はなんとも上手に,種の仲介役を働かせている。

リンドウやヤマノイモという不似合いなコンビをとりあげたのは,実のところ,花のせいではない。根がおめあてだ。正確にいうと地下茎にあたるのだろうが,どちらも立派な一物をそなえている。リンドウは薬用,ヤマノイモは食用。役目はちがっても人間のために,ずいぶん貢献してきた。

リンドウは「龍胆」と書く。花の優雅さからは想像もつかないが,ニョキリと太い地下茎をもち,昔の人は龍の胆(きも)になぞらえた。煎じて飲むと,とびきり苦いが,胃がスッキリする。それで思い出したが,薬用植物の多くは胃のクスリである。昔の人もけっこうストレスがあって,胃を痛めていたのだろうか。

竜胆(リンドウ) 画:外山康雄

竜胆(リンドウ) 画:外山康雄

ヤマノイモの白い花にも先客がいる。こちらは甲虫のようなのが,白い玉を抱きかかえてムシャムシャやっている。実になるとセンベイのように平べたいのがくっついた形で,中に種が入っているとは,とても思えない。

植物学の初心者には,ヤモノイモがいい教材になるらしい。種子と,むかごと,芋と,繁殖の方法を三つもそなえており,それぞれで発育の仕方がちがうからだ。どうちがうのかまでは知らないが,たしかに不思議な植物である。センベイ状の果実も変わっているが,むかごというまん丸な玉をつくって,これにも栄養を貯える。人間のオスの生殖器とそっくりで,じっと見つめるのは多少とも気恥かしい。

ただし,おイモ狙いの人は,玉などには目もくれまい。植物学では「塊茎(こんけい)」というそうだが,深々と地中にのびて雄大だ。ナガイモは丸まって長く,ヤマイモはコブコブしていて長い。ミミズのようにウネウネとのびたものもある。

何であれとり立てが一番旨いもので,山の宿でヤマイモ料理にありつくと,ふだんの三倍くらい食がすすむ。食べすぎても腹にもたれず,翌朝は壮快に空腹感を覚えるから,いかにこれが優れた食べ物であるかがわかるのだ。

食べ手には理想的だが,収穫はタイヘンだ。つる性植物の特性で,たいてい斜面に生えており,危なっかしい姿勢でまわりを丹念に掘っていく。大物ほど深く掘らなくてはならないので,まるまる一日がかり。せっかく目をつけていたのに,もうよかろうと出かけてみると,イノシシに先まわりされていたりする。

「どうしてわかるんでしょうかネ」

山宿の主人によると,同じ日の早朝に先まわりされている。地中の実りぐあいを正確に判断している。

人間が道具を使って一日がかりなのに,イノシシはあっというまに掘り出すらしい。前脚で掘りすすみ,後脚で土を掻き出す。穴が深くなると全身が隠れて,お尻の尻尾だけがリボンのように揺れているそうだ。

著者プロフィール

池内紀(いけうちおさむ)

1940年兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者。エッセイスト。

主な著書に『ひとり旅は楽し』(中央公論新社)『ぼくのドイツ文学講義』(岩波書店)『町角ものがたり』(白水社)など。『カフカ小説全集(全6巻)』(白水社)など翻訳書も多数。新刊は『森の紳士録』(岩波新書)。


外山康雄(とやまやすお)

1940年東京深川生まれ。新潟県浦佐で育つ。2002年南魚沼郡塩沢町に古民家を再生したギャラリー「野の花館」開設。

画集に『折々の花たち 1~4』(恒文社)『野の花の水彩画』『私の好きな野の花』『野の花 山の花』(日貿出版社)など。

外山康雄の野の花館:

URLhttp://www.toyama-yasuo.jp/

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