元オリコン編集長☆イノマーの『叫訓』

第1回 イメージし,強く願い,そして見極めろ

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イメージすること

人には必ず,今この瞬間が人生最大のチャンスだ!というときがある。それを絶対に見逃さないことが大切だ。

そのビッグ・ウェーブが来るのは経験上,人生で1回しかないと言い切れる。もちろん,小さな波は数年に1度訪れるかもしれない。でも,最大級の波というのは1回だけだ。

その波をスルーしてしまうと,後悔だけが残る人生が待っている。でも,約束する。どんな人間にも必ずチャンスはやって来るのだ。

そいつはある日突然,コンコンと静かにドアをノックする。その音を聞き逃さないことだ。それも運と才能のひとつ。

人生最大のチャンス。それはさまざまに姿形を変えてふいにやって来る。よく見た風景,光景と思いきや,それがそいつだったりもする。

一見,不幸に思えることもあれば,実は人生最大のチャンスであったりもする。ややこしいのだ。

チャンスはいろんな形でやってくるの。待って,待って,待って,訪れないこともある。諦めきって疲れ果てたときに何の前ぶれもなくやってくることもある。

ただ,⁠棚からぼた餅⁠という言葉は嘘だということだけはハッキリと言っておく。

大切なことはイメージするということ。こうなりたい,こうしたい!というイメージができない人間は当然,そこにたどり着くことができない。

夢(ヴィジョン)が無い人間には夢をかなえることはできない。

いや,夢なんて,そんな大きなものじゃなくていい。回転寿司を好きなだけ食べたい,と頭の中で考えなければ食べることはできない程度の話だ。だって,何も考えていなければ,目についたファミレスでハンバーグ定食を食べてしまうだろう。

こうなりたいんだと強く願えば,自然とそちらの方向に向かっている。無意識に自分の思う道を歩いているもんだ。

パティシエになりたいと思ってる人間が大工さんになってるケースなんてないと思うからね。いや,あるか?世の中に⁠絶対⁠なんてないから。

まずは妄想することから

って,しみません。話がくどくなってしまいました。そう,オイラが言いたかったことは,強く念ずることが大切だということ。そして,補足するとしたら,チャンスがやって来たときに,その波と戦える体力を常にキープし続けるということ。

せっかく人生最大のチャンス,ビッグ・ウェーブがやって来たのに気力,体力ともにボロボロだったりしたらどうにもならない。

イメージトレーニングを欠かさず,いつ何時でもチャンスを有効に使える状態に自分を仕上げておくことである。まあ,これがとても難しいんだけど。

なんて,オイラごときピエロが偉そうなことは言って申し訳ないッス。だけど,44年間ムチャクチャに生きてきて,振り返ってみるとそんな風に思ったりもするのも事実。

ボンクラ大学生が学校を卒業して,何も考えずオリコンに入社して,気づけば編集長になっていたのは運もあったけど,常に妄想していたからだと思う。

編集長になりたい,と。

なぜ編集長になりたかったか?お金でも名声でもない。それは……

好きなことができるから。

自分のやりたいことをやるには偉くなるしかないと入社してすぐに思った。すごくいやらしい言い方かもしれないが,会社で好きなことをするには偉くなるしかない。

仕事の愚痴ばかり言っている同僚や上司を見て吐き気がした。バカじゃねーの?だったらヤメろよ!と。

もちろん言えなかったけどね。っちゅーか,そういった連中と話をするのも嫌だった。会社の悪口,人のあげ足しか取らない社員。

仕事終わりの居酒屋が彼らのステージだ。そんなステージには上がりたくないと思った。

オイラは入社して数ヵ月後には自分が編集長になるシナリオを描いていた。もちろん,それは無謀な展開で,映画でもあり得ない本ではあった。

でも,妄想するのは自由だ。布団にもぐりこんで,寝る寸前まで描き続けた。

描き続ければ,行動はついていく。あの気になる女のコとつきあいたいと妄想するのと一緒。そのコの好きな音楽を聴いてみたり,住んでいる街に行ってみたり……って,ストーカーじゃねーか!(笑)⁠

いや,そうじゃない。結局,仕事も恋愛もストーカー行為からはじまるものなのだ。思い,描き,執着すること。

それが大事。

人生最大の仕事

さて,オイラにとって人生最大のチャンスは何だったんだろう?と考えてみる。

もちろん,それは初めてオリコンの編集長に任命された瞬間だったかもしれない。でも,それはいきなりの話ではない。

そのキッカケを作ってくれたのはザ・ブルーハーツのベスト盤『EAST WEST SIDE STORY』のライナーノーツを手がけたことだったと思う。

ザ・ブルーハーツが解散するタイミングで〈イーストウエスト・ジャパン〉からリリースされたベスト盤。レコード会社からオファーがあった。1995年夏の話だ。

オイラの人生にとって大きな存在のバンド,ザ・ブルーハーツのベスト盤。しかも,解散タイミングでのブックレット。震えた。ドッキリかと思った。だって,そんな,まさか……あり得ない。

そのときオイラは平社員。役職のない現場の編集部員であった。ではなぜ,そんな大きな話が舞い込んできたか?

オリコン編集部は基本的に編集に徹する。なので編集部員はライターさんに発注をして,自分が原稿を書くということはほっとんどない。週刊誌なので,そんな時間はないのだ。

でも,オイラはライターさんに仕事をお願いすることなく,自分で取材して自分で原稿を書くというやり方をしていた。だから,1週間で家に帰れるのは2日が限度。それ以外は会社で寝起きした。

ザ・ブルーハーツが解散するのを知ったオイラは編集会議でプレゼンをして,ページをもらうことに成功した。そして,自分なりのザ・ブルーハーツへの熱い思いを込めた文章を書いた。

そのページをレコード会社のプロモーターとメンバーが読んでくれた。そして,このライターさんにベスト盤のライナーを書いてもらおう,という話になったらしい。

著者プロフィール

イノマー

昭和41年東京生まれ。駒澤大学卒業後,(株)オリコンに入社。10年間勤務し編集長2回,副編集長を3回務める。退職後,フリーの編集・ライターとなる。同時にバンド活動もスタート。メジャーデビューも経験し,現在はインディーズでの活動へ。過去に10枚のアルバムと2枚のシングルをリリースしている。

http://www.onamashi.com/

Twitter:@inomar_onamashi

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