Lifelog~毎日保存したログから見えてくる個性

第11回未処理を「今日」置く

日付のフォルダのなかに未処理のフォルダを置く

日付のフォルダのなかに未処理のフォルダを置く。これは、日付のフォルダを毎日開いているために思いついたことです。未処理のフォルダを日付のフォルダの外においてしまうと、注目すべきフォルダがふたつに分かれてしまいます。だいたい、ふたつのものごとに注目すると集中力を欠くことになります。ものごとをうまくいかなくする最短の道だと思います。

ランナーを背負ったピッチャーはバッターに集中できなくなり、電話をかけているドライバーは運転に集中しなくなります。人間が一度に処理できる「ワーキングメモリ」は限られているので、未処理のことを「別の場所」に置くべきではないのです。

だいたい未処理のことというのは、時間や能力やタイミングがそろえば処理すべきものごとになるわけですから、邪魔にならない程度に注目すべき場所に置いておくに限ります。忘れてしまっては元も子もない。

今日のフォルダ
今日のフォルダ
おいてあるものは結構乱雑です。$calendar.cidxはSmartCalendarのインデックスファイル。2008_0718.lnkは昨日のフォルダへのショートカット。getuptime.txtは起床時刻と就寝時刻のファイル、ipaddress.txtは今日のIPアドレス(DHCPでときどき変わるので記録している⁠⁠。
weather_forecast.txt, weather_forecast2008_0719_0541.txt, komae_weather2008_0719_0541.htmlは天気予報情報。.sentmailは送信したメール、ReceivedMailフォルダは、受信メールのフォルダ。autolinktestは開発中のプログラムのフォルダ、Lifelog第11回はこの原稿のフォルダ、photoは写真フォルダ、temporary_workがなにより重要な「未処理」のフォルダです。

デスクトップはウィンドウが隠す

未処理の事柄をどこに置くかというと、いつも注目している場所に、ということになるわけです。指に赤い糸を巻いておくのがベストです。視野の中央にある必要はないけど、視界のどこかに入っている必要があります。フォルダの構造でいえば、いつも使っているそのフォルダの内部ということです。

デスクトップに置けばいいじゃないかといわれるかもしれませんが、デスクトップに置くと、ウィンドウを開いただけで視野から消えるじゃないですか。それはちょっと避けたいというか、視野から消えたものはないのとおなじだと思うのです。

今日することをリストする

この方式は、じつは筆者にとってはとてもなじみ深いものでした。1984~1987年に使っていた情報カードが残っているのでご覧いただくことができます。

この毎日その日のフォルダというか、その日にすべきことリストを書くという方法は、その日というのが今日であることや、一覧のなかにすべての事柄が書いてあるということで、とてもわかりやすい方法のひとつだと考えられます。これだけ見ればよいので、頭のなかがすっきりします。最近はこういうのを、GTD(2002)とかいうらしいですね。デジャビュ(Déjà-vu)です。ま馬齢ともいう。

情報カード
1984~1987年に使っていた情報カード
ライフログの原点、1日1枚、という方法のルーツは、このあたりにあるらしいです。かれこれ20年以上になります。たいていこのテの紙の情報は、書くのに手抜きをしたくなるものです。たとえばこのカード、日付に年が書いてありません。使っているときは、毎日おなじ年で、それは今年に決まっているので、わざわざ年を書くのが苦痛なんですね。このあたりの問題意識は、2000年問題に通じるものがあります。この場合、なかのアイテムが日付情報をもっている(たとえば『ジョセフへの追想』は、別冊少女コミック1985年12月号~1986年1月号に掲載された渡辺多恵子の作品で、単行本は1986年刊行、1992年に軽装版、のちに文庫版。イメージアルバムも1986年発売)ことや、曜日が書いてあることで特定できますけれど、書類やログに年を入れて日付を書くのは、書類作成の基本中の基本です。

リストの評価がたいへん

1日1枚方式の悪いところは、評価がたいへんなことです。その日一日で終わらなかったことは翌日に持ち越すわけですけど、持ち越すためには、毎日評価しなければならないのです。翌日は2枚もてばよいとなると、1枚の手軽さが急速になくなってしまうためです。

特に手書きの場合、翌日できなかったことをリストして書くのは、大変苦痛です。書き写すだけでもいやなのです。⁠赤毛連盟』にはとうてい加盟できそうにありません。

できなかった理由はさまざまですが、要するにできないことに毎日直面して、それが累積的に増えていくというのは、あまり気分がよろしくはない。あまりどころかぜんぜん気分は良くない。

ある日突然その未処理の累積に耐えかねて、爆発的にリストを処理したりすることもあり、チェックが増えると、それだけでなんだか快感を感じたりすることもあるのですが、やっぱりそれはどこか間違ってる感じがします。毎日地道にチェックを増やす人生に、どれほどの魅力があるかはさておき、地道なのはよいものです。打率は上がったり下がったりするけど、ヒットの数は増えるだけだとイチローもいってます。積み重ねが重要なのです。

まあ、20年以上も間違って人生送ってきているのですから、いまさら取り返しが効くはずもないです。仕事がなにもかもうまくいくような、そういう幸福な日はめったにやってこなかったりする、ということもあります。めったにやってこないから幸福なのかもしれません。

未処理を昨日から今日へ移動する

そんなわけで手書きでなくなって、ToDoのリストを容易に編集しコピーできるようになったコンピュータは、筆者にとっては手抜きをできる道具としてきわめて満足いくものとなったわけですけど、しかしながらそれですべてが解決かというと、このように、日付のフォルダのなかに未処理のフォルダをぜんぶ入れておくなんてことを考えると、その移動を毎朝するのに、けっこうそれだけでうんざりする。そんなことありませんか?

そもそも、処理できる以上のことをしようとしているのじゃないか、という本質的な問題もあります。本質論はちょろっと解決するわけではないのでひとまず措くとしてフォルダの移動に戻りますけれど、毎朝未処理のフォルダを今日に移動するというのは、単調で不毛なだけに、耐えがたいものがあります。ロボットのプラモデルは右手を作るともう飽きて左手を作るときにはほうり出しているタイプです。単調なことには耐えがたい。

そういうことは、みなコンピュータ任せにすればよい、というのがコンピュータのよいところでもあります。

毎朝、スタートアップかタスクスケジューラかcronかなにかで、

mv yesterday/未処理 today/

とかなんとかやればいいわけです。

文字ファイルと画像/音楽/動画ファイル

今日のフォルダを使う場合、従来は扱いの違っていた文字ファイルと画像/音楽/動画ファイルとを、ぜんぶ混在させてもよい、ということでもあります。プログラムのプロトタイプとか、ダウンロードしたプログラムとか、ファイルとか、今日のフォルダにはなにを入れてもよいのです。

Webのクリップ、メモ、手書きメモ、写真、メールなど、ぜんぶをごちゃ混ぜにしておいてかまいません。どうせあとで検索したりするわけですから、なんだっていいんです。

筆者の場合、たいてい1日に100前後のファイルと触れ合っているようだ、ということがわかりました。

一望できる数=100

100前後というのは、あまり多くはなく、一望できる範囲の数です。PileDesktopは一度に100個のモノを扱うことを目標に開発しましたけれど、それはじっさいに筆者自身が、1日に100個のものを扱えればまあ満足だ、ということから導かれたものです。

1日ごとに、毎日新しい今日のフォルダで仕事を始めるので、昨日がどんなにめちゃくちゃでも、それを忘れてすっきりした状態からスタートできます。もちろん、昨日に戻れば、ちゃんと昨日の混乱のままの状態が残っています。ちょうど机の上に置いた書類が、そっくりそのまま残っているようなもので、その日のものがその日のままに残っているようにするには、なるほど時間軸に沿ったフォルダ構造を使うのがベストだ、と思うわけです。

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