Lifelog~毎日保存したログから見えてくる個性

第15回 忘却の川

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定型化

そこで愚考するわけです。

ある種の知識に対してある種の反応が続くというのが定型化しているのであれば,そのある種の反応,感想を抱くとか,メモを取るとか,というところまでを,情報をゲットする部分からつなげてシステムとして自動化したら,人間はもう一段上のメタシステムとして機能するようになる可能性があるのではないでしょうか?

メタシステムの構築は,複数の世界を創出することであり,ひとつの世界を作ることでさえ困難であるのに,複数の世界をうまく作れることは稀であるわけですから,むずかしいのに決まっているのです。

もちろん人間はつねに学習しているので,この種の定型化は陳腐化しやすく,そういう枠組みをやすやすと乗り越えていく可能性もあるのですが,それを超える方法がふたつ考えられます。

ひとつは,もちろん,独自の学習機能を組み込むことで,それは将来の人工知能への第一歩だろうと思います。

ふたつめは,⁠定番」でとどめておくことです。たとえばココアを飲むとか,スポーツの(規定の)結果を見て楽しむ,というような,それ自体でなにか新しいことを目的としないような場合には,その一連の流れをシステム化することで純粋に楽しみだけに埋没することもできるような気がします。洋服や流行でいう「定番」の部分です。

定番+α

この種の定型化は,じっさいに運用のテストをしている限りでは,広がりに欠けるところがあり,新しい情報をどう追加していくか,というところが肝となりそうです。自律的な学習というほどでないとしても,流動的活動的に新しい情報を加えることができることが重要で,そうでないと,どんどん情報が古びてしまい,飽きてしまうためです。

人間は学習し,飽きていくけれど,コンピュータは「飽きない」のです。これは決定的に違うところで,コンピュータに,いかにして「飽きる」ことを教えるかが重要になります。先のギリシャ神話の例でいえば,忘却を教えるということです。

システムの定型化には意味があるのですが,そこに流れる情報には,つねに新しいものが流れている必要があります。もちろんすべてを新しいものにする必要はなく,ある程度のパーセントをということです。

コンピュータのなかにとどまるべきなのか,リアルに向かうべきなのか,という軸も考えられます。LifeLogというからには,リアルに向かうべきと直感的には思いますが,どうやって画面から外に出るか,というところが問題になります。

すこし話題が抽象的になっているかもしれません。次回はもうすこし具体的に,どのように情報を自動化して取得しているか,ということに触れてみましょう。

著者プロフィール

美崎薫(みさきかおる)

夢想家,未来生活デザイナー,『記憶する住宅』プロデューサー,記憶アーティスト。住宅,書斎,机をはじめ,ハードウェア,ソフトウェアの開発をプロデュース。著書『デジタルカメラ2.0』(技術評論社)など多数。

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