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第14回 経営者の明確なビジョンが社員のモチベーションを高める

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Zuckerbergのメッセージ

Facebookの上場に際して,創業者であるMark Zuckerbergが投資家に向けた手紙を公表した。その文章の前半には,Facebookのミッションは「人と人」⁠人と企業」そして「人と政治」との関わりをより強く,より良いものに変えることにあると,彼のビジョンが明確に書かれている。

2010~2011年に中近東の国々で続けて起こった「アラブの春」と呼ばれる民主化運動にFacebookが活用されたことはよく知られているが,そこまでを視野に置いた「ソーシャルミッション」をFacebookは持っているのだ,とZuckerbergは主張する。

注目すべきは,そのあとの「Our Mission and Our Business」というセクションである。Zuckerbergは,そのミッションのためには,優秀な人材とパートナーが不可欠で,そのためには会社を強くし,お金を生み出すしくみ(economic engine)を作ることが重要であると言っている。

「ぶっちゃけて言えば,僕らはお金儲けをするためにサービスを提供しているんじゃなくて,サービスを提供するためにお金儲けをするんだ」

Simply put: we don't build services to make money; we make money to build better services.

この言葉には,お金儲けのためだけにFacebookに近寄ってこようとする投資家を排除し,Facebookのミッションを理解してくれる人たちだけにFacebookの株を持ってほしいという思いが込められている。

会社は何のために存在するのか?

Zuckerbergのメッセージに強い共感を覚えた人も少なくないはずだ。上場企業の中にも「何のために存在しているのか」が明確でない企業が多い中,ここまではっきりと会社のミッションを打ち出し,それもこれから上場しようというその瞬間に,⁠お金儲けはこの会社にとって一義的な目標ではない」と言い切るZuckerbergの潔さは新鮮である。

特に日本には,高度成長期以後,行き先を見失ってしまった大企業がたくさんある。パナソニックとソニーが良い例だ。⁠会社が何のために存在するのか,何を成し遂げようとしているのか」という会社の根底になる部分があいまいになり,経営者が明確なビジョンもなしに,単に「今までの売り上げを維持するため,従業員を養うため」会社を経営している,というのが実態である。

パナソニックもソニーも,創業当初は明確なビジョンを持っていた注1)⁠

たとえばパナソニックを創業した松下幸之助が,創業まもなくの1932年に表明したビジョンは次のようなものである。

産業人の使命は貧乏の克服である。そのためには,物資の生産に次ぐ生産をもって,富を増大しなければならない。水道の水は価(あたい)あるものであるが,通行人がこれを飲んでもとがめられない。それは量が多く,価格があまりにも安いからである。産業人の使命も,水道の水のごとく,物資を無尽蔵たらしめ,無代に等しい価格で提供することにある。それによって,人生に幸福をもたらし,この世に楽土を建設することができるのである。松下電器の真使命もまたその点にある

─⁠─松下幸之助の生涯 - パナソニック

「水道哲学」とも呼ばれるものだが,上に引用したZuckerbergの「株主への手紙」に相当する,⁠世の中はこうあるべき」というビジョンと,⁠松下電器の使命はこれである」というミッションを明確に語ったすばらしい哲学である。

注1)
ソニーの持っていたビジョンについては,本連載第11回を参照してほしい。⁠Appleのビジョンと日本のハードウェアメーカーの将来」⁠WEB+DB PRESS Vol.66』⁠技術評論社,2011年。gihyo.jpでも公開している

失われたビジョンとサラリーマン経営者

パナソニックの問題は,この水道哲学が先進国においてはすでに時代遅れなことにある。日本のような先進国にはものは溢れているし,⁠貧困」はもはや大きな社会問題ではなくなっている。

パナソニックがこの創業時のビジョンを保ったままビジネスを続けたいのであれば,先進国での不必要な消耗戦は避け,アフリカやアジアの開発途上国で生きる人々の生活を向上させることに力を注ぐべきである。電気や水道などのインフラが欠如している場所の人々が,安全かつ健康に暮らせるようにするためには何が必要なのか,パナソニックという会社には何ができるのか。それを必死になって考え,解決してこそパナソニックという会社の存在意義があるのである。

パナソニックのWebサイトには,今でも創業時の綱領が会社の使命として掲げられている。

生産・販売活動を通じて社会生活の改善と向上を図り,世界文化の進展に寄与すること

─⁠─経営理念 - パナソニック

しかし,最近の「大半のユーザがネットにもつなごうとしないブラウザ内蔵テレビ」「ほかのメーカーも出してくるから出さざるをえないAndroidタブレット」などは,その使命からは遠くかけ離れたものである。

こんな状態を作り出しているのは,創業者から会社を引き継いだ「サラリーマン経営者」たちである。彼らは,⁠今までうまくやってきたもの」を続けてやるというスタイルに囚われ,冒険することができない。社会全体が伸び盛りのときはそれでもよいが,今のように時代が大きく変わろうとしているときには,企業戦略の大きな変更が必要である。

パナソニックの場合は,

  1. 創業時のビジョンを大切にし,先進国から開発途上国へとフォーカスを移す
  2. 創業時とはまったく異なる新しいビジョンを打ち出し,パナソニックをまったく別の企業として再生する

の2つに1つの選択肢しかないが,どちらにしても痛みを伴う大冒険である。これほどの大冒険を,⁠失敗しないことが出世につながる」文化を持つ日本企業で行うには,経営者に明確なビジョンとリーダーシップがなければ難しい。

Druckerの言う「ボランティア」とは?

現代のビジネスの多くは,知識労働者によって支えられている。生産性の個人差が高々2~3倍である肉体労働者と違って,知識労働者の生産性の個人差はとてつもなく大きい。それに加えて,知識労働者の生産性にはモチベーションが大きな影響を与える。

つまり,知識集約型のビジネスを成功させようとするのであれば,優秀な知識労働者を集め,かつ,彼らのモチベーションを高く維持し続ける必要があるのだ。

そのためにはもちろん,報酬や待遇も大切だが,最も大切なことはビジョンの共有である。

Peter Druckerは,知的労働者を使う難しさを次のように表現している。

つまるところ,フルタイムの従業員さえ,これからはボランティアのようにマネジメントしなければならない。彼らは有給ではあるが,彼らには組織を移る力がある。実際に辞められる。知識という生産手段を持っている。

無償で働くボランティアを集め,彼らのモチベーションを上げるには,そのボランティア活動を通して成し遂げようとしている「何か」を共通の目標として共有してくれる人を見つける必要がある。

─⁠─Peter Ferdinand Drucker著/上田惇生訳
『明日を支配するもの─⁠─21世紀のマネジメント革命』ダイヤモンド社,1999年,p.23

Druckerは,優秀な知識労働者を雇い,彼らのモチベーションを上げて高い生産効率を達成してもらうには,報酬や待遇だけでなく,⁠何のためにその会社が存在するのか」⁠何のためにその仕事をする必要があるのか」という部分を共有することが大切だと言っているのだ。

ビジョンがあいまいになってしまった企業からは優秀な人たちは離れていくし,残っている人たちも「何のためにこの仕事をしているのか」を見失ってしまう。これではモチベーションも上がらず,生産効率が上がらないのである。

私のところにも「上司にうちのテレビにAndroidを載せるようにと言われたが,上司も含めて,誰も何のために載せるべきなのかがちゃんと説明できない」などの話がしばしば聞こえてくる。これではエンジニアたちのモチベーションも上がらない。良い商品を作ることができるはずがない。

これからの企業のあるべき姿

では,これからの企業はどうあるべきなのだろうか。ヒントは,先に紹介したZuckerbergの手紙にあるし,松下幸之助の水道哲学にもある。

まず第一に,経営者は「サラリーマン」であってはいけない。自分が社長をしている間だけでもなんとか業績を保つことができれば,そのあとは天下り先での気楽な引退生活が待っているなどという「逃げ切りメンタリティ」を持った経営者には,人を引っ張っていく力も魅力もない。

経営者は,たとえ大企業の経営者であろうと,Zuckerbergや松下幸之助のように,オーナー経営者として会社と運命を共にする覚悟を持てる人でなければいけない。そのためには,会社の株のありかた,経営者に対する報酬の与え方を大きく変える必要があるだろう。過去のしがらみを捨てるためにも,新しい会社をゼロから作り直す必要があるケースも少なくないだろう。

経営者の一番の役目は,会社が実現しようとしている世界を描いたビジョンと,それを実現するうえでその会社が何をしなければならないかを明確に描いたミッションを定め,かつ,それを株主や顧客や社員全員に伝え,啓蒙することである。ビジョンを共有できる人たちに株主になってもらい,ビジョンを共有できない社員には辞めてもらい,社員とビジョンを共有することにより彼らのモチベーションを高め,生産効率を高める。それが経営者の役割である。

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ビジョンを共有し,全社員が共通のゴールに向かって突き進むからこそ,部門間の足の引っ張り合いや,つまらない勢力争いを避けることができるのだ。社員一人一人にとって「自分が出世すること」よりも「会社のビジョンを実現する」ことがより重要になったときに,本当の意味でのチームワークが生まれる。

著者プロフィール

中島聡(なかじまさとし)

米国シアトル在住の自称「永遠のパソコン少年」。学生時代にGame80コンパイラ,CANDYなどの作品をアスキー(現アスキー・メディアワークス)から発表し,MicrosoftではWindows 95,Internet Explorer 3.0/4.0のアーキテクトとして,Internet ExplorerとWindows Explorerの統合を実現。設立企業「UIEvolution, Inc.」「Big Canvas Inc.」。ブログ「Life is beautiful」。現在はGoogle App Engine上でのサービス作りに夢中。iPadアプリ「CloudReaders」開発中。

近著『おもてなしの経営学―アップルがソニーを超えた理由』(アスキー)

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コメント

  • 日米のソフトウェア産業の違い

    すばらしい記事を幾つも書かれていらっしゃる事を今晩初めて、しりました。 日米のソフトウェア産業の違いで御指摘どおりだと思います。又私は、自分の専門から、日本には、ソフトウェア工学の基礎からきっちりと知っている技術者が居ない、つまり日本には、SEが存在しないと30年前から言って、嘆いていた者です。私の視点からすれば、Agileは、日本式Bottom-upでシステムにより、Topdown ですべきシステムもあり、其の区別の仕方を誰も提案してない事に問題があると思います。又夫々の方法に長所短所がありそれを充分理解した上で、システムは開発すべきだと思います。ソフトウェアの品質は、どのようにして判断されてますか。1982年に既に要求定義段階で品質測定する技術が開発されたのですが、日本では誰も知りませんね。種々のソフトウェア技術が日本には、知られてこずにここ40年が過ごされた事が一番の日本ソフトウェア産業をだめにした理由でもあると思います。つまり知らなくても充分金儲けになる環境であった事に原因が存在します。それ以外にも幾つもありますが、ここでは省略いたします。
    Seattleはとってもすばらしいところだと思います。少し雨が降りすぎることと冬は、交通渋滞で悩まされる事でしょうか。巣払いしい将来の日本の事を考え、気にしていらっしゃる若者が居る事に少し安心致しました。御活躍の事をお祈りいたします。

    Commented : #1  Hiro Ochi (2013/09/06, 16:24)

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