エンジニアのためのSoulHacks

SoulHack #5 本物のリアリストである経営者の言動をウォッチしよう

2008年9月16日

この記事を読むのに必要な時間:およそ 3 分

創造に定型は無いが解体はシステマティックに進めることができる

このような突出したおかしな会社のことを書いた本は他にも多くありますが,⁠経営の未来』がユニークな所は,単なる事例の紹介に終わらず,そこから理論と手順を導き出して整理していることです。

創造性は教えられるものではありませんが,創造性の障害となるものを取り除く方法はマニュアル化することができます。革新的な新事業の割合を劇的に増やすことに成功したIBMの事例が,そういう観点から詳しく分析されています。

IBMは,大企業としていちはやくLinuxやApache等のオープンソースプロジェクトに積極的に関与し,コミュニティ側からの拒否反応もなく,それらの成果物を自社の製品体系に組み込むことに成功しました。オープンソースコミュニティは,内部にいる人間から見るとあたりまえで筋の通った世界ですが,営利企業の立場から見ると理解し難く気難しい面が多々あり,両者のギャップは小さくありません。IBMによるかなり早期の試みがうまくいったことは非常に不思議に思っていましたが,それは決して偶然ではなく,意識的でよく考えられた新規事業をサポートする体制があったことがわかります。

IBMのように利益率が高く資金的に余裕があり優秀な人材を多く抱える企業では,新規事業に進出することも容易であると思えるかもしれません。しかし,実際にはIBMは過去に多くの失敗をしています。結果的に成長産業となった技術を自社で開発していながら,それを事業として開花させることができなかったケース(パソコン,RDB,ルータ等)が多くあるのです。

つまり,IBMのような優良企業が新しい分野で失敗するのは,誰か個人のミスではなく構造的な問題点があるとして,次のような項目をリストアップしています。

  • 上級幹部に,まだ実証されていないが大きな潜在力を持つ機会に取り組ませるのは難しい
  • 新規事業プロジェクトが予算危機を無傷で乗り切ることはめったにない
  • 新規事業を蓄積される学習によってではなく生み出される利益によって測定することほど,新規事業を邪魔する確実な方法はない

このように問題をしっかり定義してから対策(教訓)を論じる所がいかにもMBA風なのですが,緻密かつ具体的にこの問題への対応策が書かれています。詳細は省略しますが「あなたがトップレベルの幹部でも会長の息子でもないなら政治的リスクに配慮せよ」というような注意点があったりする所が面白いと思います。

このような問題の定義→分析→対策→実行の手順は,従来の経営管理の技術の延長線上にあるのだと思います。

しかし,⁠経営の未来』では,そのノウハウを「会社の価値を生む方法を作る」為に使うのではなく,⁠会社から価値が自然に生まれることを阻む原因を取り除く」ことに使っている所がユニークなのです。

ネットを組織の目標として見る

そして,呪縛をシステマティックに取り除いた組織は,どこへ向かうのか,それについてハメル氏は,Webこそが多くの人が共同作業をする為のお手本であると言っています。

何千年もの間,人間の活動を結集させる手段は市場と階層構造しかなかったが,今では第三の選択肢がある。リアルタイムの分散型ネットワークである。インターネットが階層構造によって生み出されたものでもなければ,階層構造によって管理運営されているものでもないことは象徴的だ。

(⁠⁠経営の未来』p.325から引用)

Webにおいて,多くの人が自然発生的に共同作業を行い多くの価値を生み出しています。これが,これからの企業が目指すべき方向だと言うのです。

また,ハメル氏は,これにチャレンジする意義として,次のようなことを言っています。

工業化時代の幕開け以来初めて,未来に適した企業を築く唯一の方法が,人間にも適した企業を築くことになっているのである。

(⁠⁠経営の未来』p.329から引用)

つまり,これまで「上の人」の利益と「我々」の利益は相反するものでした。⁠上の人」「我々」からいかに絞り上げたかを評価され,自己の職務に忠実な真面目な経営幹部ほど,⁠我々」にとっては敵になります。

「我々」から見ると,⁠働きやすい会社」⁠働きやすい職場」などいったスローガンは,その搾取をスムーズに行う為の口実に過ぎないもので,騙されないようにして利用すべきものでした。

しかし,⁠上の人」の親玉であるハメル氏は,⁠そういう時代はもう終わった」⁠そういう会社はつぶれる」と言っています。疑い深い人は「それは搾取の為のより洗練された口実だろう」と思うかもしれません。そう思う方にこそ,この本を読んでじっくり考えていただきたいと思います。

少なくとも,ネットの中には違う原理があるということは,皆さんが毎日実感できることだと思います。それをお手本にすべきであるとハメル氏が強調しているのは確かです。

著者プロフィール

中島拓(なかじまたく)

株式会社ブレーン研究部にて,Windows用ソフトウエアルーター 「PROXY-2000シリーズ」を開発する。 オープンソースソフトウエアとしては,Ruby用HTMLテンプレートエンジン Amrita/Amrita2,個人用GTD支援ソフト「レビュアブルマインド」の開発に携わる。

アンカテのブロガーとして,2006年アルファブロガーに選出される。

URLhttp://d.hatena.ne.jp/essa/

ピックアップ

ヒューマンリソシアのGITサービスが目指す,時代にアジャストするエンジニアチームの作り方

アフターコロナにおけるエンジニアチームの作り方,グローバルな視点でのエンジニア獲得と開発とコミュニケーションの在り方について取り上げます。

LINE テクノロジー&エンジニアリング大全

「LINE DEVELOPER DAY 2020」より,注目すべきテクノロジー,エンジニアリングをピックアップし,詳説インタビューを実施しました。

プロダクト思考で開発が進む「みてね」の今とこれから~みてねの生みの親笠原健治氏,開発マネージャ酒井篤氏が考える,プロダクトとエンジニアリングの素敵な関係

「家族アルバム みてね」を支えるエンジニアリングについて,開発体制やプロダクトの開発・運用,これからのビジョンについて伺いました。

自分の証明と持続的な学びがこれからのDX人材の鍵を握る ~A-BANKが考えるDX人材バンクの在り方とは?

2020年11月にスタートしたA-BANKの人材バンク。評価・育成・紹介の一体型人材紹介から見える,これからの人材エコシステムに迫ります。

APIゲートウェイとサービスメッシュの違い

APIゲートウェイとサービスメッシュの,それぞれの概要とユースケースを紹介し,いずれを使用するかの判断の指針となるチートシートを提供しています。

バックナンバー

No12(2009.04)

今回のSoulHackで主に取りあげるのは,梅田望夫の「ウェブ時代をゆく」という本です。

No11(2009.03)

今回のSoulHackで取りあげるのは,阿部謹也の「世間学への招待」と他1冊の本です。

No10(2009.02)

今回のSoulHackで取りあげるのは,山本七平の「空気の研究」という本です。

No9(2009.01)

今回のSoulHackで取りあげるのは,アーノルド・ミンデルの「紛争の心理学」という本です。

No8(2008.12)

今回のSoulHackで取りあげるのは,河合隼雄氏の「カウンセリングを語る」という本です。

No7(2008.11)

特集:2008年度日本OSS貢献者賞受賞者インタビュー

No6(2008.10)

特集:エンジニアの実践的キャリアアップ思考法

No5(2008.09)

特集:事例でわかる,プロジェクトを失敗させない業務分析のコツ

No4(2008.08)

特集:ゼロからはじめるPSP

No3(2008.07)

特集:今こそ使える! プロトタイピング

No2(2008.06)

特集:「開発スタイル」開発法

No1(2008.05)

特集:エンジニアが身につけたい基本スキル 2008

-->